第21巡 茅ヶ谷巡の遮蔽灯り
主人公が己が罪を自覚し、舌を噛みちぎり静かに絶命してしまうラストシーン。死亡した原因は他にも、受け身が取れなかった際の脳挫傷も含まれるけど、前者の方が死のインパクト強くなるから細かな描写はしてない。
アンダーソンによる悲痛の叫びが
綺麗でみんな幸福な大団円じゃない、主人公であり犯人でもあるバレットが自殺してしまう後味の悪いラストだ。自分が書いた脚本の爪の甘さのせいもあるかもしれないけど、どちらにせよすぐに手放しで賞賛されるストーリーではないと思う。このなんとも言えないしこりも、ミステリー作品の醍醐味だから……いや、そんなことよりも……。
「あれ……血糊じゃないよね——」
「——ヤバイな……茅ヶ谷。俺、馬場園の様子を見て来るっ!」
「赤阪さん……はい、自分も行きます」
いつの間にか隣に居た赤阪さんが、焦燥に駆られるように控え室や舞台裏へと続く関係者専用の小路へと向かい、自分もその背中を追い掛ける。
理由はバレットを演じていた馬場園さんのラストシーン。確かに脚本には気を失っているから、なるべく受け身を取らないようにと注釈を記していた。
だけどまさか、馬場園さんが本当に受け身を取らず顔面から倒れ込むとは予想だにしてない。口周りの血は作り物、しかしあの鼻血は多分本物の流血だ。役者人生を懸けるって言っても、ここまで身を削るなんて……もしかすると鼻骨を骨折しているかもしれないし、脳や他の部位への影響も考えられる。
もしものことがあったらどうしよう……。
自分はこの舞台を、馬場園さんのラストシーンにするつもりは無いのに……。
「馬場園っ!」
「馬場園さん……」
赤阪さんが舞台裏に着くと、勢い任せに馬場園さんを心配するように呼び掛け、自分も
馬場園さんがどこに居るのかと見回る。
ちょうどこのとき、舞台ではカーテンコールが行われていて、さきほどの動揺を隠し切れないまばらな拍手とは異なる観客席からの喝采が、舞台袖に居ても聴こえて来る。
「はっ……なんだよ盛り上がってんじゃん。全くビビらせんなよ、ボクの感性が鈍っちまったのかと思うだろうが」
「居た! 馬場園、大丈夫か!」
そんな役者さんたちの晴れ舞台。
なのに主人公役である馬場園さんはそこに加わらず、パイプ椅子に座らされ、音響の方に渡されたらしきタオルを鼻に当て、この日1番の盛況をシニカルに聴き入っていた。
「馬場園さん、あの——」
「——おお茅ヶ谷……どうだった? ボクたち、お前の描いたように演じてたか?」
「それは……はい、想像以上でした」
「ははっ、そりゃあ良かった。いやー……被害者にも加害者にも、その周囲のヤツにも人情がある、綺麗事ばかりじゃない悲運のミステリー……か。うん、最高の脚本だったぜ」
他でもない主演からの絶賛。
シンプルだけど、脚本担当として最高の誉れだ。
「馬場園……容態は?」
「なんだよ赤阪。そんな神妙になってよ、お前らしくもねぇ……」
「ちゃんと答えてくれ。まあ答えなくても、無理やりにでも、病院で精密検査を受けさせるがな……無茶し過ぎだ、バカ」
「何がバカだ……今日無茶しなくていつするんだよ。これはなあ赤阪、お前が提案してくれなければ、実現すらしない舞台だったんだ。あのままダラダラ大学院生になるしかなかったボクの、役者としての最後の望みだ……ここには昔からの戦友や、お前が認めた茅ヶ谷もガッツリ加わっている……この好待遇を逸するわけにはいかねぇだろ? 半端なラストにするつもりは、やっぱなかったわ。ははっ」
「ふっ……笑ってる場合じゃねぇだろうが。ほんとしょうがない奴だな、馬場園は」
未だに鼻部からの流血は止まっていなくて、タオルはもう洗濯しても洗い落とせないくらい血まみれだ。明らかに平気なわけないし、見てるだけでも痛ましい。
なのに馬場園さんは、清々しい表情で微笑んで、とびっきりの良心に溢れる。まるで演じていたバレットの本当の性格を憑依させたかのように。
やがてカーテンコールを終えた他の役者さんたちが舞台袖に集結し、馬場園さんの容態を推し量りつつ、みんなで舞台の成功を祝して歓喜の輪を描く……そこには柄にもなく、自分も受け入れて貰って、大学3年間の総会話を超える感想や雑談を交わす。なんというか、独りで舞台の終了を噛み締める暇もなかったけれど、みんなでこういうのも、たまには悪くない。
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