第20巡 バレットの法則転り

 アンダーソンは淡々と語り出す。

 それは同じ警察のデービス、そしてバレットに向けた彼の考察の終着点を。


『——最初のアーノルドの殺害……これが全ての始まりだ。このときの犯人は……バレットくんじゃない。アーノルドの死因は刃物で刺されたことではなく、紐状の物を使った絞首による窒息死だ。後々のバレット夫人、チャールズとは別の殺害方法だ。おそらくは怨恨があったチャールズの仕業だろう。もちろんこれでバレットの殺害ではない証明はしかねるが、最愛の人物を訊ねたとき、バレットくんは長い付き合いを否定されることにやや憤慨した……ここで言う最愛の人物はバレット夫人だと思われるだろうが、バレットくんとその夫人の結婚は、出逢ってからもいささか急なことだったようだな。つまり、政略的な婚姻だったと予想出来る。となればバレットが誰を最愛の人物に挙げたのか……それはアーノルドということになる——』


 最愛という言葉は多種多様。多くは男女関係を示唆しがちだけど、同性異性問わず尊い友人関係にも当て嵌まる言葉だ。双方で解釈の違うことだってあるだろう。


『——そんなアーノルドの死体を最初に発見してしまった。バレットくんは酷く心を傷ませ、咽び泣いたことだろう……そんな彼の身体に刃物で刺したのは、その痛みを紛らわすためか、弔いのためか……いや、それもあるだろうが1番は、アーノルドを殺した犯人が我ら警察に逮捕されてしまうことだ。だから刃物で刺し、直接的な原因となる殺害手段の偽装を行なった……そうすれば我々警察は、第一発見者のバレットくんを含め、複数犯の場合の容疑者までも洗わなくてはならなくなり、犯人の特定を遅れてしまうからね。それともしアーノルド殺害の犯人が逮捕されてしまえば、バレットくん自身で復讐することが叶わないから……ではないか? まあ……どれだけ警察の勘を働かせても、他人の感情は推し量るのが精一杯だ。その内幕はバレットくんだけしか分かり得ないからね——』


 それはあくまでアンダーソンの憶測に過ぎない。けれど途端にバレットが、苦し紛れの高笑いをやめて俯く。この体裁からも、彼の身にも何か思うところがあると、知らしめられる表情となる。


『——そこからの経緯は心苦しいモノで。バレットくん視点で、アーノルドの殺人を実行可能かつ、直接手を加えやすい人物……その両方に該当する夫人の殺害にまず及ぶ。彼女に関しては犯人であるかどうかより、あまり望まれた結婚ではない苦心も、バレットくんを突き動かしたのかな? しかしこれが負の連鎖の引き金になる。夫人の殺害現場に不意にデービスが発した……アルファベット順の殺人ではないかという推測要素の1つにヒントを得てしまったことだ。このとき既にバレットくんは、アーノルドへの復讐心で、当てずっぽうでも良いから犯人を殺せばいい思考に陥っていたのではないか? 夫人が犯人である確信があったわけがなかろうし、アルファベット順に殺害するならば都合が良いことに、チャールズ、デービスという絶好の人材が揃っている。君が言う通り魔や愉快犯だった場合は目的を達成出来ないが、知人による犯行ならば夫人を含め、チャールズ、デービスを殺せば復讐を高確率で果たせる。そうしてチャールズを殺害し、それとなく発見者になることで犯行可能現場に居た疑惑を拭おうともした。そして今日、デービスを殺して終わらせるつもり……いや、更なるアルファベットのこじ付けをして、不毛な罪を重ねていたかもしれないな……——』


 この事件の真相は同一人物による連続殺人じゃなくて、ましてや最初からアルファベット順で殺して回る法則性を採用したわけでもない。全ては長年の友人を突然失った喪失感と、無念を晴らそうとする復讐心。それらが非情にも折り重なり、バレットという友人思いの好青年の性根をぶち壊した。憎しみの刃先をひた隠し、平然を偽装した仮面を被りながら。


『——もうここまでにしようバレットくん、警察と自警団で敵対し合っていたとはいえ、君たちとのいちゃもんの付け合いは、迷惑極まりないと日々と思っていたのだが、いざ無くなってしまうと侘しさを覚えるものだ。実は少しだけ、楽しくもあったのかもしれんな』

『……っ』

『どんな理由あれ殺人を犯した。やり直すのは困難だろう。けれどそんなバレットくんにも良心はあるはずだ……世界中の人々が否定しても、このアンダーソンは信じる。全知全能の神に誓おう』

『……っ』

『聴いているかいバレット……くん? おい、バレットくん!? バレ……バレット! なんてことだ!? おい聴こえてくれ、死んではダメだ……バレットっ!』


 アンダーソンがバレットへの拘束を外すと、受け身を全く取らず……いや取れずに地面へと顔面から倒れ込む。あわやバレットに殺され掛けていたデービスはこれも報いだと、天命だと、アンダーソンの必死の呼び掛けを他所にかぶりを振るだけだ。

 口元には鼻血とも合わさり大量の血液が溢れ出し、舌先の一部が塵芥と混ざる。バレットの目的はとうに果たされた。そしてアンダーソンが言うように、バレットに少しでも良心があるのならば、殺人は赦されない行為だと嫌でも解る……他者を殺害しておいて、生き延びるわけにはいかないと。復讐心を建前にした、ただの殺人鬼であると、残滓程度でも彼の良心が知覚してしまうから。

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