第19巡 バレットの見解承り
寝静まる深夜。
助けを乞う少年の惨めな叫声と、障害物に引っ掛かったらしき響音が街中に轟く。
何事だと、巡回していたアンダーソンはその少年の声が聴こえた方角へと急ぐ。
それから声だけでは正確な位置が掴めず、剰え途絶えてもしまったため、アンダーソンがその少年を発見するまでに、少なくとも10分ほどは掛かってしまう。いや、掛かってしまったという自責の念に苛まれる。
『そんな……なんということだ』
『なんでお前が……?』
『バレットくん……君は無茶をするでない。まだ心の傷が癒えていないだろう』
『それより、これは……』
その場で立ち尽くすアンダーソン。
遅れてバレットもやって来て、目下の惨状を示唆する演出で夜シーンを終える。
早朝。3人目の犠牲者であるチャールズの惨殺死体の一報は、アンダーソン、デービスの管轄地帯でも大きく、その危険性も兼ねて喧伝された。今回もまた、上半身を複数回刃物で刺された跡が残る。
『やはり、チャールズ殺害も同一人物の犯行ということですね。そして今回はC……これが偶然なのか、必然なのか……』
チャールズ殺害は状況的に考えてもアーノルド、バレット夫人の殺害と同一人物であるとするのがデービスの結論だ。
『……バレットくん、居るか?』
『ああ。癪だがアンダーソン、アンタとほぼ同時にチャールズの死体を発見したからな。アーノルドや、妻のこともある……家に引き篭もるわけにはいかないだろ』
『自警団である君なら、そうするだろうな。では参考までに、この連日の殺人事件について、君の見解を聴かせてくれ。奇しくも全員がバレットくんの知人ばかりだ……何かトラブルでも、あれば——』
バレットの知人ばかりの殺人事件。
これを偶然で処理する警察はいない。
同情と犯人捜索は別問題。
デービスが提唱する、アルファベット順に殺害する愉快犯の線もあるが、なんにせよバレットがキーになるのは確かだ。
『——アンタに言う義理は本来ならないが……アーノルドと妻の関係は良好といえる。事件の当日だってウチに泊まることになっていたんだからな。まあ、アーノルドとチャールズは逢うたび、アーノルドがチャールズを叱ることが多々あり、諍いがあった……あの日もそうだった。だからボクは、アーノルドの事件はチャールズが殺したんじゃないかと予想していたんだが……そんな彼まで死んでしまっては。この連続殺人の犯人は、生前チャールズが言っていた通り魔ということもあり得そうで、デービスが言っていたアルファベット順の殺害とも合致しそうだ……これで満足か、アンダーソン?』
バレットの推理は犯人の特定こそ出来ていないが、法則性のある連続殺人だと提言する。アンダーソンは意味深に頷き、唸り、口角を不敵に上げる。
『ああ、ありがとう。それが君の推理か……バレットくんのことが少し分かったような気がするよ』
『そうかい。てっきりボクが犯人だと疑っての質問だと思ったのだが?』
『何を言っているんだ。君は最愛ともいえる人物を失っている……そうまでするメリットが見当たらないではないか?』
『……そう言ってもらえて光栄だよアンダーソン。長年の付き合いを否定されては、ボクもアンタが警察とはいえ黙ってはいないからね』
『……君は、素直なようだね』
そうして舞台が暗転し、バレット夫人が殺害されたシーンと同様の青白い光線が降り注ぐ夜パートに切り替わる。すると街中で棒立ちしているデービスと思しき背格好と装いの人物が、今まさに仮面の殺人鬼から刃物で襲撃される。その仮面の殺人鬼が高笑い、初めて声が判明する……ここで察しがつく人も居るんじゃないだろうか。
『こうなることを予期して防具を忍ばせていたんだ……色んな意味でしくじったな。法則性を装った殺人鬼』
『……な、クソ、クソっっっ!』
そんな喫驚を発した刹那。刃物で刺されたはずの、デービスの格好をしていた……囮役を部下にかわり買って出ていたアンダーソンが平然と起き上がり、仮面の殺人鬼を羽交締めにして、2人の形成が逆転。あとからデービス本人も駆け付けて来て加勢する。
そのまま仮面に手を掛けながら、もう正体は見切っていると言わんばかりに、物憂げに犯行履歴の罪状と犯人の名前を告げる。
『バレット夫人、チャールズの殺害及びデービス殺人未遂……そしてアーノルドの殺人幇助。以上の罪状で現行犯逮捕だ、バレット』
仮面が外され、素顔が晒される。
そこには好青年が見る影もなく、視点も定まらず、歯軋りが止まらない狂人バレット。
そう……この物語は、犯人で黒幕が主人公のバレットだ。
『ぎ……違う、違う! 違うっ! ボクじゃないぞぉ! ボクじゃないっ! この事件はアルファベット順に殺して回る愉快犯の仕業だっ! ボクは嵌められたんだ……そうだアンダーソン、この犯人はアンタなんだろ? はははっ! 警察の敵である自警団に属するボクに嫉妬でもしたかい? ならば哀れだ憐れだぁっはっはっはっはっはっはぁっ——』
『——あわれ、なのは君だよバレットくん。本当であれば、君の手が暗赤色に染まることなんて、きっとなかっただろうに……』
アンダーソンによる憐憫を含有した痛心。
彼はこの事件の真実を知っている。だからこそ、バレットの不憫を共に呪うしかない。
そんなバレットは未だ聞く耳を持たず、酸素が持たないくらい笑い続け、とうに掠れて、咽頭から血の味がするくらいネジが飛んでしまっているのに、歪な笑顔だけは絶やさない。
『アンダーソンさん。バレットは……すみません』
『……君が謝ることじゃないよデービス。彼が勝手に影響されたに過ぎないのだからな——』
影響されるのは人の常だ。
それ自体は何も悪くない。
けれどひとたび、今回の事件の真相に辿り着いてしまえば、バレットという青年もまた悲劇の渦中に投げ込まれてしまったと判る。
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