第18巡 バレットの会話起り

『只今より。劇団紫赤の小園による演目〈孤独のバレットを満たす暗赤色〉を上演致します』


 そのナレーションと合図に、ダークレッドが基調の幕が開いていく。いよいよ馬場園さんたちの勇姿、自分の脚本演出がどのようにして展開されていくのか……自分は舞台袖じゃなく最遠方から観客の1人として見守る。ちなみにさっきのナレーションは録音音声で、実は自分の声だったりする。ちょっと緊張で声が震えているけど、違和感を抱いた人は居ないみたいで、辺りを回し見ながらホッとした。


 幕が開き切ると2人の登場人物が並び立つ。

 馬場園さんと男性の役者さん……確か、鷹田さんだったかな? 彼のセリフからスタートする。


『いやはや、改めておめでとうバレット。ついに君まで一家の大黒柱となったんだね。まさかここまでとんとん拍子の結婚になるなんて思いもしなかったよ。友人としてはこの上なく嬉しいことだが、酒を酌み交わす回数が減ってしまうのだけは少々寂しいぞ』

『はははっ、何を言っているんだいアーノルド。もうかれこれ10年の付き合いじゃないか。お酒なんて無くとも、君との友情は崩れないだろう? 時間ならいくらでも作るさ……君のためなら』

『ほう? ならばバレット。例えばワタクシと夫人、それぞれの約束事の時間が被ってしまったとする、君はどちらの約束を優先するのかい? 答えてみたまえ』

『そんなの決まっている……妻だ』

『なんと!? よもや即決とは……して、その理由を訊いても?』

『君が質問者だからさアーノルド。もしこれが妻による問い掛けなら、ボクは逆の解答をしていたよ……ボクは君との10年で、どうにもアーノルドのイジワルな性格まで感染ってしまったようだからさ。いやはや愉快だ』


 冒頭。昼間の西洋都市郊外の通路で他愛のない会話を交わす主人公のバレットと、その友人のアーノルド。ここでは世界観の説明とキャラクターの立場をそれとなく描写しつつ、比較的平穏そのものの日常が繰り広げられる……謂わば物語の前振りといったところだ。

 新婚のバレットは製造業を営む傍ら、地元の自警団にも所属している。中性的な容姿な声音からは想像しにくいが、勇猛で正義感に溢れる好青年だ。一方のアーノルドはそんなバレットの良き理解者で、我が道を行くバレットを注意するストッパー役でもある。お互いの性分は正反対といえるけど、だからこそ過不足で補え合える良好な関係を築いている。


 このあとに後輩のチャールズと逢い仕事についてアーノルドが叱咤し、自警団と対立関係にある地元警察のアンダーソンとデービスと苛立ちそのままに口論となり、バレット宅に向かう途中で夫人とバッタリ遭遇。アーノルドが両手を叩いて結婚を祝福したところで舞台は暗転……何気ない白昼が終わる。


『……っ』

『む? な、なぜワタクシはこんなところで……君は……! なにを……や……はなせ……ぐああっ……ぐ、ああっっっ……!』


 そんなセリフだけが舞台から聴こえ、再びスポットライトが点されると……友人アーノルドが無惨な死体となって発見される。第一発見者は皮肉なことにバレット……心臓部を鋭利な刃物で何度も執拗に刺された痕跡があり、既に窒息していて、発見した時点でもう手の施し用はなかった。


『アーノルド……』


 目の周りを赤くしたバレットはそう呟く。

 虚勢でなんとか、精神を保っている。

 ここから地元警察であるアンダーソンの捜査が始まると同時に、真っ先に犯人ではないかと疑いが掛かったことで、バレットは対立する自警団の一員として、またアーノルドの友人として、独自の犯人捜索を行い出す。バレットが探偵役として奔走する。そうしていざこざの件もあって辿り着いた、容疑者のチャールズに詰問し始める。


『……アーノルドは、ボクと妻の家から夜間に外出したらしい。どうやらそこで襲撃を受けてしまったみたいだ。犯人候補にボクや妻まだ含まれたのは心外だよ。とくにあのアンダーソンとかいう警察が、ボクこそが犯人じゃないかと疑ってきたことにはイラつきこそしたが、本音を言うと経緯を含めて犯人候補に挙がってしまうのは致し方ないと思っている……チャールズ、君はどう考える?』

『いや! こ、これはどうみても通り魔による無差別殺人じゃないのかい? ならば犯人なんて特定のしようがない』

『……もちろんその線も無くはないだろう。しかしこれが通り魔殺人なら、アーノルドをあんなにもメッタ刺すモノなのか? あれはまるで恨み辛みを晴らすかのような刺し方だ……どうにも私怨がある気がしてならない……なあ、チャールズ?』

『知らない、知らないよメッタ刺しなんて……まさかバレットさん、このチャールズを疑っているの? 確かにアーノルドさんに怒られこそしましたが、さ、刺し殺すなんて極悪非道なことしませんって!』

『ああ分かっている分かっている。君以上の正直者をボクは知らないからね、その言葉を信じるよ』


 このやりとりの後、また舞台から明々としたスポットライトが消えるが、先ほどよりは微かに青白の光線が注がれ、少し舞台の様子が観客の方々にも分かるような演出がなされる。

 そこは袋小路。バレット夫人が行く手を阻まれて振り返ると、仮面を被り正体が不明な人物が刃物を所持していて……バレット夫人は抵抗や命乞い虚しく腹部を刺されてしまい、そのまま何度も、何度も、上半身部を刺されまくるところで、青白の光も消え果てる。


『そんな……どうして妻が……』

『バレットくん……』


 スポットライトが点されて翌朝の光景に移る。妻の亡骸を抱き締めて呆然とするバレットを眺めて、流石のアンダーソンも同情気味にハットを胸に当て祈りを捧げる。友人だけならまだしも妻まで犠牲……いくら敵対していたとはいえ、こんな不幸に見舞われた青年を憂慮する一般良識をアンダーソンは持ち合わせていたからだ。


『誰だ……誰がこんなことをしたんだ! アンダーソン! デービス! チャールズ! 他に誰が居る、おい答えろよっ……答えてくれよ……』

『落ち着きたまえバレットくん……と、言っても難しいだろうが、ここは警察に任せて欲しい。必ず犯人を逮捕してみせる』

『うるさいっ。ボンクラ警察に何が出来るんだよ? アーノルドも死んだんだ! アンダーソン、デービス、君たちの管轄で同じような死に方をしてね! ボクはお前らの手なんて借りない! 自分で犯人を暴いて見せるんだ!』


 主人公の悲壮と憎悪が最高潮に到達するシーン。演じる馬場園さんの頬には一雫が伝っているみたいで、今にも死んでしまいそうな狂った絶叫が生命を糾弾する。

 彼女は彼になる。

 役者の馬場園さんは沈痛のバレットになる。

 自分のような素人目でも判る。

 年齢も職種も性別をも凌駕する、憑依型の演技の真髄を。


『すまない……しかし、犯行手口は同じ。やはりこの2つの殺人は同一人物と見るのが既定路線か……』

『ですね。他に共通項といえば、バレットとの交友関係が確認された人物というのと……いえ、これを考慮するのは……』

『なんだ? 言ってみろデービス』

『いやその、今回はバレット夫人……そしてその前はアーノルド。偶然かどうかわかりませんが、頭文字がA、Bアルファベット順となっている……失礼アンダーソンさん、今のは忘れて下さい』

『ううむ……』


 渋面を浮かべて唸るアンダーソン。

 くだらないことを述べたと謝意を込めて頭を下げるデービス。

 そんな冷静沈着2人の様相と、荒れ狂ったバレットの対比構図のまま再び暗転する。

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