第23巡 茅ヶ谷巡の探偵談り

 それから自分は赤阪さんと2人で、数言話がしたいと誘う。無理やり馬場園さんの演劇に誘われた自分が、赤阪さんを逆に誘うなんてなんの因果だろうなと可笑しくなるのを堪える。

 簡単な協議の結果、屋外フィールドを一望可能な、河川敷の側によくありそうな天然芝の勾配の中頃に腰を下ろす。一方の赤阪さんはやや後ろ側に重心を移しながら屹立している。


 講義時間内ということもあってか、現在は体育会系の方々の切迫した掛け声なんかもなく、とても静寂としたフィールドだ。人知れず2人で会話するにはもってこいの場所だと、不意に吹き抜ける横風を浴びながら感傷的に浸る。


「どうしたんだよ茅ヶ谷……はっ! まさか俺に惚れちまって告白でもしようってか!? いやー気持ちは嬉しいが、こういうのには段取りや立場と言うものがだな——」

「——なんで……自分を演劇の脚本として誘ったのか、訊いてもいいですか?」


 赤阪さんの空回りした甘ったるい冗談は放置するとして、その質問は自分にとって、赤阪さんに対する最大の疑念。結果的に界隈違いと思っていた演劇に関わらせて貰って、馬場園さんやその役者仲間の方々と交友を深めて、自称ミステリーオタクの自分を見つめ直すきっかけになった。おまけに進路についても、ちょっとばかり俯瞰して考えられるようにもなったかな? 

 何はともあれ、大学生になってから独りで過ごすことばかりだった自分にとってこれは、もう途轍もない環境の変化だ……その全ての要因を作った赤阪さんに、理由を訊かないわけにはいかない。


「お前が優秀だから……じゃ不服か?」

「はい、不服です。だって演劇の脚本を頼むのなら普通、学生に限定したとしても、理系専攻の自分じゃなくて、同じ大学の文系専攻の学生に依頼するのが定石なはずです。なのに赤阪さんはそうはしなかった……何故ですか?」

「……俺に先見の名でもあったんじゃないか? お前の文学少女っぽさから、ミステリー嗜好の素養を直感で知り得ちまった。みたいな——」

「——あとそれです。どうして自分がミステリーが好きだと知っているのか……自分はこの大学の学生に伝えたことはそれまでないですし、それこそ自粛して控えて来たんです」


 もしかしたら同学生の間では読書好きで通っているのかも知れない。だとしても、自分はミステリーを好んでいると悟られないように多様なジャンルのタイトルを選んだつもりだ。そこで知るのは無理があるはずだ。


「ちなみにいえば、高校以前の知り合いならば、このことを知っているでしょう」

「じゃあ、ソイツから聴いた」


 軽薄に食い付いて来る。

 まるでテンポを意識した冗談だと言わんばかりに。


「ダウト。少し調べ物があったので、ついでにここの学生の名簿もチェックしましたが、それらしい知人の名前はありませんでしたし、自分は上京組で、出身は北海道です。食堂で逢うまで初対面だったはずの赤阪さんが情報を入手する経路としては無謀過ぎるでしょう……もし自分の北海道の地元を特定して馳せ参じていたら白旗を挙げるしかありませんが、それってもうストーカーの域ですよね? 自分、別に芸能人とかでは有りませんし、しがない学生ですし、どこにそんな執念を注ぐ必要があるんでしょうか? ありませんよね、そんなの——」


 多分だけど、出身地が北海道というのは何人かに伝えたように記憶している。馬場園さんにもそれとなく明かした気がする。だけどひとえに北海道といえど面積は都道府県で一番広く、秘密主義な自分は地元のことについて伏せていたはずだ。


 つまり何が言いたいのかというと、赤阪さんは自分のことについて異様に知り得ている経緯が不明な点。文学専攻の学生を差し置いて脚本演出に推薦したこと、ミステリー好きを存じていたこと、そもそも初対面時から自分の顔と名前をほぼほぼ把握していたきらいがあること。ここから推測出来るのは、結構限られて来る。その帰結は、赤阪さんの朗らかな素顔にちょっと騙された気分だ。なのにこういうの、嫌いではないんだよね。


「——ということで? そろそろ真面目に、ちゃんと、本当のことを話してくれませんかね? 赤阪 恭介……先生?」


 自分は初めて、そして確信を持って、赤阪さんをそう呼称する。

 あのフランクな初対面から自分は、赤阪さんは大学の学生と当初勘違いをしていた。大学院生の馬場園さんも呼び捨てだし、年齢が近そうな印象もある……いや、実際に赤阪さんはまだ30歳前後で、見た目からもそんなに歳の差を感じないのは事実だ。


 でも自分の直感からも、彼は学生らしくないなと、どこかで感じ取っていた。

 なかなか言い出す機会は、なかったけど。

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