第3話 白い剣の所有者

 次にカイルが目を覚めると、そこは薄暗い部屋であった。


「うぅっ……何処だ、ここは?」


 ゆっくりと起き上がるが、部屋が暗く視界もぼやけていて何も分からなかった。

 次第に視界も安定してくると、部屋の壁の隙間から外の光が差し込んでいることに気付く。


「部屋、というより小屋に近いか?」


 そして光を頼りにカイルはきしむベットから起き上がり、壁伝いに部屋を進み扉を見つける。

 ここから出れそうだと思い、カイルは扉を押すと外の光に一気に入り込んで来る。

 強い外の光が眩しく目を閉じるも直ぐに慣れていき、ゆっくり目を開けるとそこは見知らぬ森林地帯の開けた場所であった。

 状況が分からずカイルは暫く硬直状態であった。


「何処だここは!? 俺は城の自室にいたはずだが?」


 咄嗟に振り返るが、そこは古びた小屋が一つ立っているだけだった。

 そこでカイルは昨日誰かに襲われた事を思い出す。

 

「そうだ、確か部屋で誰かに何かを刺されて、そのまま意識を失ったんだ……それから全然覚えてなくて、全く状況が分からん。あのフードの奴がここに俺を運んだ?」


 周囲の風景からここが、魔王城近くではないと考えていた。

 ひとまずここが何処で、誰かいないかと探してみるかと考え、カイルはむやみに大声を出すのも得策ではないとしその場から動き始めた。

 暫く周囲の探索を始めたが、分かったことは人影すら何も見つからず、歩いていもただ永遠に森林が続いるだけで、現在地の把握も困難と判断し一度古びた小屋まで戻って来ていたのだった。


「さて、どうしたものかな。唯一の手掛かりと言えるのは、俺の服装が違うくらいか。少し古びているが村人たちがよく来ている一般的な服装だ」


 その後小屋の中も物色してみたが、何もなくただ体を休める場所としか分からなかった。

 カイルが完全に行き詰っていると、遠くから女子の悲鳴が聞こえて来た。

 咄嗟にカイルはその方向へと走り出し、誰かは分からないが危険な目に遭っていると思い、昔からの癖で助けなければと思い走り出していた。

 幸いな事に魔法は今まで通り使えたので、仮に危険な魔獣や盗賊相手でも対処は出来ると踏んでいた。

 そして声が聞こえた方へと向かい、森林地帯を抜けそこで目にしたのは、女子一人に対し暴力を振っている柄の悪い男たちがいたのだ。


「何してるんだ、お前たち」

「あぁ!? 誰だ、俺たちの邪魔をするや――っ!?」


 男たちがカイルの方を見ると突然腰を抜かした様にその場で尻もちをつき、数人はそのまま逃げ出して行く。

 魔王を見れば普通の人間なら逃げ出すだろうと思っていたが、想像以上の怯えように少し違和感を感じていた。ここまで怯えられることはなかったためだ。


「なな、何でてめぇがこんな所にいるんだよ!?」

「声を掛けただけでそこまで怯える必要はないだろ?」

「う、うう、うるせぇ! お前を見れば誰しもこうなるんだよ!」

「おい! いつまで腰抜かしてるんだよ! 殺されるぞ、さっさと逃げるぞ」


 そう言って男たちは、一目散にその場から逃げ出して行くのだった。

 カイルはよく分からないまま事態が解決し、少しモヤモヤしたが怪我をしている女子の元へと近付く。

 すると、何故かその女子までもが物凄く震え怯えて表情をしていたことに気付く。


「大丈夫かい? もうあいつらはいないし、怯える必要も」

「……殺さないでください」

「え?」

「殺さないでください! 殺さないでください! 殺さないでください!」

「いや、そんなことし――」


 カイルが女子に手を伸ばした直後、女子はそれを見て思いっきり差し出した手を弾くと、思いもよらない言葉を掛けられる。


「触らないで! あの冷徹勇者が人を助けるわけないわ! いたぶっていいように使われて殺す気なんでしょ!」

「!? ま、待ってくれ。俺が勇者? そんな訳ないだろ」

「その顔でよく堂々と嘘を付けるものね。さすがは冷酷無残な勇者アルゴ! どうせそうやって優しく言い寄って、これまで色んな人を気まぐれに殺して来たんでしょ!」

「おい、さっから何を言っているんだ? 俺は本当に勇者じゃない! 自分で言うのもあれだが、魔王だ。魔王カイルだ」

「魔王? そんな訳ないでしょうが! 自分の顔をあの川で見てから、もう少しマシな嘘をつきなさいよ!」


 女子はそう暴言を吐きながら近くに流れる小川を指さした。

 カイルは言われるがまま急いで自分の顔を見に川へと向かい、その間に女子は逃げる様に立ち去るのだった。

 そして川に写った自分の顔を見て、カイルは絶句した。


 川に写った自分が本当に勇者アルゴであったのだ。


「(どう言う事だ!? 俺が勇者アルゴ!? あり得ない、あり得ないだろ!)」


 何がどうなっているのかと自分の顔を見ながら考えるが、全く頭が回らずにいた。

 一度夢かとも思い、頬を強くつねるもただ頬に痛みが残るだけであった。

 今の自分が勇者であるなら、魔王である身体は誰なのか?

 この身体の意識であるアルゴは何処に消えたのか?

 などと次から次へと疑問が溢れ出していると、遠くから先程の女子の悲鳴が再び聞こえて来た。

 反射で振り返ると、先程の場所から離れた所に姿を確認できた。

 逃げだしているのは分かったが、このまま放って置くわけにもいかないと思い立ち上がる。それと、ここが何処なのかという事を知る唯一の手掛かりでもあったため、瞬時に彼女の元へと向かった。


「何なのよ! 盗賊、勇者の次は魔獣って……どれだけ運がないのよ私は」


 彼女の目の前には体長三メートルはある虎の魔物が立ちはだかり、大きな口を開けて彼女を丸のみしようとしていた。

 カイルは魔法を放つよりも打撃で一度遠のけ、彼女を助け出してから魔法で撃破するべきだと判断し、魔獣を勢いのまま殴り飛ばした。

 そして魔法を放とうと右手を突きだした時、何処からともなく白い剣が現れ握られる様に右手に突っ込んで来てカイルはそのまま白い剣を握ってしまう。

 

「この剣は!」


 剣に意識を向けていると、魔獣が飛び掛かって来る。

 カイルは咄嗟に握っていた白い剣を振り下ろすと魔獣は真っ二つになる。

 白い剣は勇者カイルが使用していたものであり、それを無意識に呼んだのか危機を察知してやって来たのかは不明だが手にある白い剣が自身が勇者であると物語っている確たる証拠であった。


「(自然と握ってしまったが、この剣は一体何処から来たんだ?)」

「私を……守った? あの、勇者が?」


 後ろから彼女の声が聞こえ、カイルはひとまず考えるは後回しに振り返り手を差し出す。


「怪我はないかい?」

「信じられない、嘘よ。あの勇者は人を助けたりしない、命ある者を片っ端から殺すだけの殺人鬼。手を差し伸べたりする様な奴じゃない」


 パニック状態になる彼女を見て、カイルはどうしたものかと悩む。

 そしてカイルはまず自分に害はないと思ってもらうため、手に握っていた剣を遠くへと投げ捨て、両手を頭上に上げ彼女に声を掛ける。 


「!?」

「俺も勇者が危険な奴だとは知っているし、許せない奴だ。だが、今の俺は勇者の体だが中身は勇者じゃない。信じられないと思うが、この通りだ信じて欲しい」


 カイルの行動に彼女は驚きつつも、逃げようとはしなかった。


「君を殺すつもりもないし、対話に剣は不要だから捨てた。俺もまだ状況が分からないで混乱しているが、傷ついた君を見捨ててはおけない。よければ治癒魔法で止血くらはさせて欲しい」


 暫く彼女はカイルのことを睨み続け、じろじろと身体を見回す。そして周囲も警戒する様に確認した後、自らの負傷箇所を確認する。


「どう、だろうか?」

「……少しでも変な事をしたらこれであんたを殴る」


 そう言って、彼女は近場にあった鋭い岩を手に持つ。が、その手は少し震えていた。

 それが彼女なりの精一杯の勇気であり、こちらを受け入れてくれる条件だと直ぐに分かりカイルは頷き彼女に近付き膝をつく。

 そして彼女に治癒魔法を使用し、応急処置まで行った。


「応急処置程度だが、ひとまず大丈夫だ。怖い思いをさせて申し訳なかった。俺はこのまま立ち去るが、その前に一つだけ聞きたい。ここが何処なのか教えてくれないか? 場所が全然分からなくて困っているんだ」


 だが、彼女はだんまりで何も話すことはなかった。

 カイルは仕方ないと諦め、その場を後にする。

 

「(まぁ、自分自身が勇者だという最大級の謎を知れた事は収穫として、この先は正体を隠しながら情報収集をしていかないとな)」


 そう切り替えて歩いていると、彼女が声を掛けて来た。


「待って……貴方、本当にあの勇者じゃないの? 嘘をついているんじゃないの? ここまで私が知っているあの勇者はしないわ」

「そう疑うのは当然だな。俺でもそう思うね」

「……まぁいいわ。噂に聞いている勇者と少し違うし、顔だけ似てるそっくりさんで私を殺す意思はないって事でいいのよね?」

「そうだな、俺は勇者のそっくりさんだ。勇者だが勇者じゃない」

「……そう。なら、私と取引をしない?」

「取引?」

「貴方はここが何処だか情報が欲しいんでしょ? 私はその情報を提供できるし、姿を隠せる服もついでに用意してあげる。それに、魔王軍やにも通報はしないであげる」


 突然の取引にカイルは少し驚くも、内容は悪くないと感じていた。


「で、その対価に何を望むんだい君は?」

「貴方の力で村に来た変な奴らを追い払って欲しい。傭兵や冒険者じゃ相手にならないし、あいつ等は自分らが魔王軍だとか言って私たちに理不尽な事まで要求して来ているから」

「っ!? 魔王軍にそんな奴はいないぞ! 魔王軍を勝手に名乗る賊じゃないのか?」


 自分の知っている魔王軍ではあり得ない行動にカイルは静かに激怒する。

 例え人間相手だろうと、戦闘の意思のない者にそこまでする指示など出していないし、居たとしても直ぐに報告が上がって来て取り締まっているからであった。

 何よりもカイルだけではなく、レグルスが一番そういうのに目を光らせており不正などあり得ないと思っていたからだ。


「貴方が本当に何者かは知らないけど、実際に私の村は被害を受けてるの。食料も底をつきかけて、勇者から守ってやってるんだとか抜かして食料要求してくるし、踏ん反り返ってるのよ! 私は危険な目に遭ってまで食料を探しに来てるのもあいつ等のせいよ。だから、貴方にあいつ等を追い払って欲しいの。それが条件よ」


 彼女が咄嗟に嘘をついている様には思えないが、カイル自身も魔王軍にそんな奴がいるとは信じられなかった。

 

「(だが、ここのところ色々あったからな。一番は荒くれ者が勝手に名乗っている線だろうな。なんであれ、魔王軍を語って不評被害を受けているのは魔王として見逃せない!)」

 

 カイルはその場で彼女との取引を受けると、またもや彼女は驚いた表情をする。


「本当に乗って来るとは思わなかった……」

「君はどっちなんだ? 引き受けて欲しいのか、受けて欲しくないのか」

「もちろん引き受けて欲しいわ。でも、こういっちゃあれだけど、あの勇者がこうも人の話を聞いてくれるとは思わなくて。自分でも途中で馬鹿な事をしているなと気付いたわ」

「取引持ち掛けて、俺の言葉が嘘がどうか見分けてたのか? もし、本物の勇者アルゴだったら取引持ち掛けた時点で、殺していたかもしれないぞ」

「そんなの分かった上よ。でも、これで貴方が勇者のそっくりさんとして認められる」


 そう言って彼女は深く息を吐いた。

 カイルはそっくりと改めて口にされある仮説を思いつく。それは、顔や体型を変えられた、もしくは意識だけを入れ替えられたというものだ。

 もし、魔法で勇者とそっくりの人にカイル自身が変えられたとしても、それは長続きはしない。既に魔法では姿を一時的に変える事しか出来ないと証明されており、術者の魔力が切れれば強制的に元に戻る。


 一方で、意識だけ入れ替えられたという可能性もあるが、それ自体があり得ないことである。魔法で実現出来ないことは、この世では実現出来ないとされていたからだ。

 しかし、新しい魔法まだ知れ渡っていない魔法なら可能だ。そしてそれが最近会ったばかりで一番あり得ない話だが、一番考えられるものであった。


「(考えられるのは、やっぱりあの日の侵入者。あの時魔法をかけられた感じではなく何かを打たれたが。たぶんあれが原因で、こんな事態になっていると考えるのが妥当か)」


 カイルは昨日刺された首筋部分に軽く手を当てる。

 だが今はアルゴの身体であるため、当然その様な跡も痛みもなかった。


「ひとまず、これで取引成立ね。それじゃ早速私の村の近くまで案内するわ」

「分かった。よろしく頼む、えっと君は」

「私はミレイ・クウォーク。ミレイでいいわ、勇者のそっくりさん」

「そっくりさんはやめてくれ。俺はカ……カイと呼んでくれ」

「分かったわ、カイ」


 カイルが名を偽ったのは、この勇者の体でカイルと名乗りたくなかったからであった。既に一度名乗っていはいたが、ミレイはすんなりと受け入れた。

 そしてミレイが先導して歩き始める。


 歩きながら今までの村の経緯をカイルは訊くのだった。

 そうして、村の近くまでやって来るとミレイと共に木々に身を隠し、村の様子を伺いカイルはその光景に目を疑った。

 

「(ミレイの話を訊いて、もしかしたらと思っていたが本当にそうだったとはな……どうしてあいつ等がそんな事をしているんだ)」


 ミレイの村で魔王軍と名乗り、理不尽に占拠していた相手はシリウスたちが未来から連れて来た勇者見習いと呼ばれる兵士たち数名であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る