第30話

 二人と別れたクラヴィスは、その足で近衛隊が待機と訓練をする棟へやってきた。

 この時間ならば、近衛隊長である父は、近衛兵たちの訓練を見ているはずだ。

 城の警備に出ている者を除いて、出仕している者はすべてここに集まっている。剣のぶつかる音と気合を入れようとする声、屋敷の訓練場とは規模が違うここは、聞こえてくる音も大きかった。

 その中に確かにウラノスの声を聞き、安堵しつつ、だが今から告げることに対する緊張を抱きながら、門をくぐった。

 クラヴィスの姿にすぐに気付いた隊員の一人が声を掛けると、隊員たちがあっという間に駆け寄ってきて囲んでしまう。しばらく屋敷に閉じこもっていたと思ったら、サンクティオから戻って以降のクラヴィスは、毎日と言っていいほどここに顔を出していた。

 最初は久しぶりに顔を出した隊長の愛息子にからかいの意味も含めて手合わせを挑んだ隊員たちであったが、彼の持つ資質に、今は自身の向上のために挑みたいと思っている。そのため、今日は誰がクラヴィスに手合わせを申し込むかと競い合っているらしい。


「ごめんなさい。今日はお父様にお話があって」


「そうか、仕方ない。また今度やろうな」


「はい」


 そんな会話を交わす間に、他の隊員がウラノスを呼んでいた。

 隊員たちに挨拶をし、ウラノスの後をついていくと、連れて来られたのは何度か来たことがある近衛隊長の執務室だった。

 扉を開け、先に入ったウラノスに続いて部屋に入ろうとしたクラヴィスは、突然立ち止まったウラノスの背にぶつかった。


「お父様? 」


「なぜ、君が居る? 」


 クラヴィスが見上げると、ウラノスはため息を吐いて頭を抱えていた。何が起きたのかと不思議に思い、身体を傾けて、父と扉の隙間から部屋の中を伺う。


「あら、クラヴィス。あなたも居たのね。ちょうどよかったわ」


 クラヴィスの顔を見たサラーサは、扉に歩み寄ると隙間から手を伸ばしてクラヴィスを引き寄せる。


「えっ、あ、お母様? どうなさったのですか? 」


「どうも、こうも、あなたったら元気になった途端、毎日、毎日、王宮に上って……。この母をほったらかしにするなんて酷い子ね」


「すみません」


「謝らなくていい、クラヴィス。殿下たちの傍にある事が今のお前の役目だ」


「ウラノスは、そうやってクラヴィスを独り占めし過ぎです」


 この二人がこういったやり取りをするのは見慣れているし、ただじゃれ合っているだけだと知っている。もちろん、ついてきた使用人たちも、何時ものことだと素知らぬ顔をしている。だが、今までの経験から、このように拗ねているサラーサはとにかく質が悪い。


「あ、えっと……お母様、いい匂いですね。おやつですか? お父様と一緒に頂いても? 」


 これから話す事にはサラーサも居た方が、むしろ好都合だ。仲を取り持ちつつ、二人に話をすればいいことだと、クラヴィスは割り切って部屋の奥へ進み、ソファに腰かけた。



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