第19話
ニンファは、レーニスが精霊の愛し子だと言っていた。以前の生で精霊と契約した者が、まれに精霊とさらに深いつながりを持ったことで互いの存在を深く魂に刻む。そんな魂を持って生まれた者は、すでに精霊との契約がされている状態で、本人が望まずとも精霊たちの力を得られるのだ。
王宮へ向かい歩き出したクラヴィスの周りを精霊たちが、纏わりつくように飛んでいる。恐らくクラヴィスが自分たちの下を訪れたことを知らせる為に、精霊たちが彼女をここに連れてきたのだろう。
向こうからやってくるとは、この事だったのだ。
「お前たち、王女様を勝手に連れ出してどういうつもりだ」
「だって……」
「だってじゃない。いいか、こういうことをしてはダメだ」
精霊たちを叱っていると、腕の中のレーニスが、驚いたようにクラヴィスの顔を見ていた。その視線に気づいたクラヴィスは、はっとするとばつの悪そうな顔をする。
「あの、クラヴィス様」
「クラヴィスとお呼びください」
「じゃぁ、クラヴィス。精霊たちと仲直り出来て良かったですね」
にっこりと屈託のない笑みを浮かべるレーニスに、クラヴィスの置かれている状態を詳しく話す必要もないだろう。
周りの大人たちのどれだけが、彼女と精霊の関係に気付いているか分からないが、彼女自身は自分が既に精霊と契約した状態にあるとは知らないかも知れない。
何より、自国ならまだしも、他国の事情に口を出す訳にはいかない。
「はい、うるさいやつらですが、大事な友なので」
周りの精霊たちは、うるさいとはなんだと抗議をしているが、クラヴィスはどこ吹く風だ。
そうこう言っているうちに、王宮の近くまでやってきた。騒がしくはないから、まだレーニスが部屋を抜け出していることに気付かれていないようだ。
建物を見上げれば、一か所だけ窓が開け放たれた部屋がある。きっとあそこがレーニスの部屋だろう。
「あの、ここからでは、あんなに高いところには戻れません」
レーニスを安心させるように優しく微笑んだクラヴィスは、その笑顔のまま自分たちについてきていた精霊たちを振り返った。
「大丈夫です。精霊たちにちゃんと責任を取らせますから」
それをクラヴィスに頼られたと思った精霊たちは、こぞってレーニスの周りへ集まってくる。
ふわりとレーニスの身体を宙に浮かせると、ゆっくりとそのまま彼女の部屋へ向かっていく。
「あ、あの! 」
「王女様、このことは、二人だけの秘密にしましょう。精霊たちの光のことも」
唇の前に人差し指を立てたクラヴィスに、レーニスは微かに頬を上気させて頷いた。
クラヴィスは、そのまま、精霊たちがレーニスを送り届けて戻ってくるまでその場に留まり、帰ってきた精霊たちに盛大なため息を浴びせる。
「王、怒ってる? 」
「困ってる? 」
「どっちもだ。まったく……ここで騒ぎを起こしたら、もうここに来られなくなるんだからな」
分かった、と口にする精霊たちに、大した期待はしないでおこうと思いながら、クラヴィスは、小さなため息を吐いた。
レーニスと接触できたのはいいが、今のところ、ただそれだけだ。
動かせる駒が大いに越したことはないが、何せ相手が悪い。さすがに一国の王女を手駒になんてできるはずもない。
「まぁ、一応、仲良くなっておいて間違いはないだろうし」
レーニスが戻った部屋を見上げたクラヴィスは、もう一度、精霊たちに王と呼ばないように釘を刺し、夜の明けきらない内に自分に割り当てられた部屋へと戻っていった。
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