第18話
サンクティオの王宮の庭園は、王宮と神殿の間に在る広大な敷地を使って広がっている。今では季節に合わせて色とりどりの花が咲くそこは、先の魔物との大戦で、ただ一画を除いて多くが焼かれてしまった。
残ったのは、敷地の端にあるマイソウティスの花だった。そこはルーメン創成の時より、国祖王が存命の間は、手ずから咲かせていたとされている。
この時期、淡い青で染めるマイソウティスが咲き誇る一画は、精霊たちの集う場所であった。
サンクティオに来てからも欠かさずに続けていたウラノスとの朝の鍛錬を終えたクラヴィスは、王宮に割り当てられた部屋に戻らず、そのまま庭園へとやってきた。
陽の登り切らないまだ薄暗い中にあるマイソウティスは、精霊たちの力で淡い光を帯びていた。
初めての転生を終え、『シン』のために作られた別宮へ入る前にと、立ち寄った時に現れたのがニンファだった。短い会話の中で何故と問うた存在が、何をどう思ったのかは分からないが、自ら加護を差し出し、契約を結ぶことになった。それ以来、覚醒の有無にかかわらず『シン』たちは、精霊の姿を見、言葉を聞く。
「人の王だ。王が来た」
「こら、私をそう呼んではいけないと、いつかの私が言っただろう」
「やっと聞こえた」
「やっと見た」
わいわいと取り囲む精霊たちに苦笑したクラヴィスは、彼らに手を引かれてゆっくりとマイソウティスの一画へ足を踏み入れた。
「ずっと、護ってくれているのだな……」
この場所からは、ニンファの気配がする。彼の姿はないが、ここで契約を交わした時から、ずっと。
ゆらゆらと小さな光の粒が花の間から立ち上ってくる。まだそれは不確かで、もしかしたら精霊へと変わるかも知れない小さなモノたちだ。
「きれい……」
「えっ? 」
小さな声に振り返れば、少女が一人でそこに立っていた。
仕事を言いつけられた侍女だろうか。しかし、いくら王宮の敷地内といえ、まだ暗いこの時間に一人で出歩くのは良くない。仕事を終えて帰るまで付き添った方が良いかも知れないと、クラヴィスは少女の方へ歩み寄った。
近づくにつれ、少女の様子がよく見えるとクラヴィスは慌てた。少女が着ていたものは侍女の制服ではなく、一目で上質と分かる夜着。しかも、裸足だ。
「もしや、王女様ですか? 」
こくりと頷いた彼女にクラヴィスは駆け寄り、目前で膝を付いて名乗るとその大きな瞳が見開かれた。
王女の部屋ならば扉には護衛騎士がついているはず、一体どうやってここへ来たのか気になるところだが、まずは、彼女を無事に送り届けなければ大騒ぎになるだろう。
「触れることをお許しいただけますか? 」
「は、はい」
戸惑いながらも返事をしたレーニスの了承を得て、立ち上がったクラヴィスは来ていた上着を脱いでその肩にかけて、そのまま抱き上げた。
正面から戻れば、自分は誘拐犯になってしまう。さて、どうしようかと迷っていると、腕の中のレーニスは遠慮がちにクラヴィスを見上げた。
「さっきの光、精霊たちですか? 」
「はい、王女様にはお見えになるのですね。言葉も? 」
小さく頷いたのを見とめると、クラヴィスはにこりと笑った。
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