第13話 幕間 兄の矜持-2

 クリスタ家には、騎士の家系らしく剣術の訓練場が敷地内にあった。メディウムの貴族の中で、唯一、私設の騎士団を持つことが許されているため、普段はクリスタ騎士団に所属する騎士たちが利用している。

 クリスタの子であるプロクスとクラヴィスも、物心がつく前には、彼らに混ざり剣を握っていた。

 こうして訓練場でクラヴィスと手合わせをしていると、プロクスには思い出すことがある。



 プロクスが基礎を卒業して本格的に剣を学び始めた頃に、クラヴィスは遊びの延長のように剣を手にした。そして、それを受けるのがプロクスであるのも当然の流れであった。


「クラヴィス、兄に手加減は必要ないぞ。本気でかかってこい」


 プロクスにとっては本当に遊びのつもりだった。クラヴィスが剣を手にすることを躊躇わないように、この先ずっと、手にした剣と生きて行けるように。兄として、それを教えられる喜びを感じてた。

 だが……


「そこまでだ、クラヴィス」


 喉元に剣先を突き付けられた状態で、幼い弟に気おされていたプロクスを我に返したのは、父の声だった。

 天賦の才、その言葉がこれほどまでに意味を持つことなど他に在ろうか。そう思うプロクスの中では、敗北感や劣等感などではなく、高揚感が溢れていく。


「すごい! すごいぞ、クラヴィス。お前は天賦の才を持っている。俺はこんなにも嬉しいことはない」


「にいさま」


 持っていた剣を放り出し、戸惑うクラヴィスの手を取ったプロクスは、その小さな体を抱き上げた。


「俺の可愛いクラヴィス。お前は、自慢の弟だ」


 この時にプロクスは、自分が将来の行く道を決めた。



 剣と剣のぶつかる音が鳴り響く訓練場で、団員たちは中央で一進一退の攻防を繰り広げる兄弟を見ていた。

 プロクスが留守の間に入団した者たちは、二人の打ち合いを見るのは初めてだった。彼らは、クリスタの子と言えども、所詮は子供のすることだとどこかで思っていたのだろう。だが、今はぐっと息を詰めて行く末を見つめている。それでも、一体どれだけの者が兄弟の実力を正しく見極め、その剣の軌跡を追えているのだろうか。

 長く続いた打ち合いの末、合わせた剣を互いに弾いて間合いを取る。恐らく、どちらも次で最後としたのだろう。

 真っ直ぐに視線を合わせた二人から、ゆらりと気が立ち上る。

 音を立てずに二人が床を蹴った次の瞬間、プロクスの剣先はクラヴィスの眉間を捉え、クラヴィスの剣先はプロクスの喉元を捉えていた。


「兄上、僕はシュバリエの称号をいただきに参ります。決めたのです。フォルテの行く先を護ると……だから」


「では、俺も負けてられないな。クラヴィスに恥じぬ、立派な盾になるから、見ていろよ。後……従兄弟とはいえ、一応、殿下をつけろ」


 クリスタは、メディウムの剣となり、盾となる。それは、クリスタの血を引くものの誇りだ。

 そして、自分の世代が守るべき王子がいる。彼らの傍には、同年代となるクラヴィスが間違いなく上がるだろう。

 ならば、王家の剣はクラヴィスに、メディウムの盾は自分がなる。それが、兄としての矜持だと、プロクスは、迷いのない弟の剣を見て誓った。


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