第9話

 カーティオは、隣に座り精霊たちを可愛らしく睨み付ける小さな姫を見つめた。

 父リヴェラは穏やかな人ではあるが、存外、野心家だ。あと数年もすれば、アカデミーで同学年となる第一王子のリテラートと自分たちは、否応なしに顔を合わせることになる。しかし、二学年離れるレーニスとは、よほどのことがない限りはこうして話す事はなくなるだろう。

 精霊の姿を見られるだけでなく、その言葉も自然と理解出来る存在。魔術を得意としないサンクティオの王族で、それが神子ではないとしたら、貴重であることは間違いない。息子二人のどちらかの妻にと考えるのは、不思議な事ではない。


「なるほど……そういうこと……」


 くくっと笑ったカーティオは、次にあははと声を上げて笑い出した。父の思惑に乗るのは癪だし、今から結婚を決めるなんてまっぴらごめんだ。仮にフォルテが彼女を本当に愛して、将来の妻にと考えるならそれでいい。可愛い義妹が出来るなら大歓迎だ。


「カーティオ様? 」


「レーニス姫、僕の事はカーティオでいいよ。かわりに僕も君のことをレーニスって呼んでもいい? 」


「えっと……叱られたりしない? 」


「僕がそう呼んでってお願いしたんだし、君が大丈夫って言ってくれたら、きっと大丈夫。年も近いのだし、堅苦しいのはやめにしよう」


 じゃぁ、と力を抜いたレーニスは、ごろんと芝の上に身を横たえた。それに倣い、カーティオも仰向けに寝転んだ。


「ね、気持ちいいでしょう? 侍女たちとかくれんぼする時にはこの手を使うの」


 ふふっと笑ったレーニスは、だが、すぐにその笑みを消した。それが少し気になってカーティオは首を巡らして彼女の様子を伺う。


「あの子は、大丈夫かな」


「あのこ? 」


「カーティオたちと一緒に来た男の子。ここに来た時、とても悲しそうな顔をしていたから」


「あの子は、クラヴィスって言って、僕たちの大事な従兄弟なんだ。何年か前から笑顔を失ってしまって、僕たちもとても心配しているんだ」


「そうなのね。精霊たちはあの子の事が大好きみたいだけど、見えていないのか、応えてくれないって言ってる」


「見えて……いない? 」


 そんなはずはない。クラヴィスが笑顔を失くす前、城によくきて一緒に遊んでいた頃には、見えていたはずだ。確かに、見えるのかと聞いて確かめたことはないが、あの頃、その視線は彼の周囲を舞う精霊たちを捉えて、笑顔を交わしていたんだ。


「精霊が沢山いるここに来たら、気付いてくれるかしら」


「そうだと、いい」


 その時、漸くキリが付いたのか、フォルテとリテラートが二人を探してやってきた。

 ここだよと手を上げたレーニスに、二人は駆け寄ると、ほんの少しの間で打ち解けたような敬称を省いた呼び方と砕けた口調に驚いた。ならば同じようにと、四人は大人のいないときはそうしようと決めたのだった。

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