第7話

 人の始まりを司る暁の女神の神託を受けて与えられる神聖名は、人生において何かしらの役割がある者へ付けられるとされている。そのため、王族たちは神聖名を必ず持っており、王族の子が生まれると共にルーメン中に公表される。

 また、それ以外の民にも与えられることもある。しかし、こちらの場合、その際に神殿から知らされるのは両親で、本人には成人を待って、必要とあれば両親が伝えることになっている。

 そして、『シン』の神聖名を持つ者は、国祖王の魂を持つ者にのみ与えられる唯一の名だ。その真実の意味を知るのは、その存在を知る歴代のサンクティオの神官長と国祖王本人のみであった。


「ミハイルから一通りの説明は受けているな」


「はい、国祖王の魂を持つ方をお支えするようにと」


 国祖王の魂がルーメンを守るために魔物を取り込み、それらと共に浄化のための転生を繰り返していることは、女神たち以外に、代々のサンクティオの神官長のみが知る真実だ。


「残念ながら、既にこの身体はその魂の持つ魔力に耐えられず、封印石をもってしても抑えることは出来ない。だから、今の私にできるのは、魔力暴走をしないように女神の檻に収まる事だけだ」


「そんな……」


「それに、フランも知っている通り、今の私は、魔術研究に訪れたゲンティアナで、魔物に襲われていた村人を助ける為に応戦して、彼らと共に命を落としたことになっているからな。表に出る方が問題なんだ」


 聞けば、ゲンティアナの長老一族の女性が、サルトスの男性との結婚を反対されて、駆け落ちを計画していたところへ乗ったのだという。死んだことにすれば、この先ずっととはいかないまでも、彼らが幸せに暮らす時間は出来るのではないかと……。最後に友人たちの力になれたとカラリと笑うセルリアンに、フランは困ったような笑みを浮かべるしかなかった。

 二年前、その知らせはセルリアンの訃報と共に、アカデミーの魔術研究所の責任者を務めていたフランの下にも届いた。先代の責任者はサルトスの次期女王となるヴェーチェル、その右腕とも言われたのがセルリアンだ。サルトスの歴代宰相を務めるクロイツ家の三男で、その能力の高さから将来を期待されていた。それなのに……。

 遺体の損傷が激しいという事で、その姿は誰の目にもとまることなく、葬儀はひっそりと家族のみで行われた。

 フランも少なからず心を痛めたのだ。どこかで生きていて欲しいと思っていた。だが、それよりも過酷な現実が彼に降りかかっていたなんて。

 自ら命を絶てば、国祖王の魂と言えど女神たちの理から外れてしまう。それは、魔物たちの手に落ちるのと同等の危険を伴う。だから、『シン』の名を持つ者は、自害が出来ないように制約を受ける。そして、その魂にひと時の死を与えられるのは、女神の力だけだった。

 神殿の奥にひっそりと建つ別宮は、いうなれば『シン』たちの終の棲家。その場所はルーメン中のどこよりも濃い神気に包まれている。今のセルリアンの持つ魔力を考えれば、常に神気という剣が突き立てらえているようなものであるはずだ。


「そんな顔をするな、慣れている。覚醒するのが遅すぎたおかげで、セルリアンとしての生活を楽しめたし、フランにも出会えただろう? 」


 そうして笑うセルリアンを前に、別宮に入る時のミハイルの祈るような声が、フランの耳にこだましていた。

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