第4話

 流れる涙を拭う事もせず、サラーサが用意したプティングを食べ終えた後、クラヴィスは両親を見てふっと笑うと、そのまま意識を失った。


「きっと、私たちの想像もつかないほど長い間、この子は一人で戦っていたのでしょうね。この子……なんて言うと叱られてしまうかも知れないけれど」


 今は、サラーサの膝の上で瞳を閉じるクラヴィスの頭を撫でながら、彼女は瞳を閉じた。



 クラヴィスを身籠った時から彼の持つ魔力の大きさにサラーサは心を痛めていた。

 歴代のマスターと呼ばれるウィザードたちは、その身に宿る魔力を支える為、言葉通り身を削り、命を削り、国と民へ尽くし、そして、若くして亡くなっていく。それなのに、お腹の我が子は、彼女が知るどのマスターよりも膨大な魔力を持っているようだったのだ。

 産み月が近づくにつれ、いっそ、魔力を感じられる我が身を呪った事もある。知らなければ、憂う事無く、ただただ愛せたのにと……。

 そんな時だった。王を通じてサンクティオの神官長であるフランから、ウラノスとサラーサ宛に書状と封印石が届いた。

 身重のサラーサを登城させるのを避けるため、その日もウラノスはその書状を持って日の高いうちに帰宅した。なんの知らせもせずに屋敷に帰った彼を、迎えたサラーサは、何故か、不思議と心が凪いでいったのを覚えている。

 書状には、生まれたらすぐにこの封印石を持たせて欲しい事、少しでも不安に思うならば、その子を自分へ預けて欲しいという事が書かれていた。しかし、フランにそこまでさせる子が、なんであるかまでは知らされなかった。


『君はどうしたい? 』


 言葉短なウラノスは、訊ねるようにしながらも、片方の手でサラーサの手を握り、もう片方を彼女の膨らんだお腹に当てていた。きっと夫も同じ気持ちだと、気付かない仲ではない。


『聞くまでもないわ。何がどうであろうと、この子は私たちの子供ですもの。例えこの子自身が私たちの手を拒み、この手を何度振り払ったとしても、何度だってその手を取る。そうでしょう? 』


 メディウムの神殿からでなく、サンクティオの神殿、しかもその神官長から届いた。その事実は、お腹の我が子がこの国ならずルーメン全体に関わる存在だという、それまでに我が子の持つ運命が過酷だという事の証明に他ならなかった。

 だからこそ……自分たちがこの子を守るのだと、二人は決めた。



 すっかり冷めてしまった紅茶をこくりと飲み込んだウラノスは、小さなクラヴィスの手がサラーサのドレスをぎゅっと握っていのを見てくすりと笑う。


「この子で間違いないだろう。私たちの子なのだから」


「それもそうね」


「クラヴィスを連れて、一度、フラン様を訪ねなければいけないな。幸い、今は特に問題が起きているわけでもないから、我が君に休暇を頂く事にしよう」


「無事にお休み出来るといいのですけど……期待せずにおりますわ」


 それからしばらくして、近衛騎士団長であるウラノスの休暇という名の、王子二人の外遊警護が決行される。

 第一王子カーティオは二度目、第二王子のフォルテは初めてのサンクティオ訪問であった。





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