第3話

 沈黙がウラノスの執務室を支配していた。

 手紙に書かれている内容がどんなものなのかは、クラヴィスには分かっていた。それは、何時も一字一句違えることなく、時のサンクティオの神官長が魔王の子の存在を把握したという内容なのだから。

 沈黙で人が殺せるのではないかと思えるほどの痛みが、クラヴィスを襲う。いっそ、なじられてしまった方が、楽なのではないかと考える。そのほんのわずかな時間は、クラヴィスには永遠とも思える時間だった。

 ふと、俯いたまま瞳を閉じていたクラヴィスを、ふわりと包むものがあった。


「いいえ、あなたは私たちの大事な息子だわ。どんなことがあってもね。そうでしょう? ウラノス」


「サラーサ……私の台詞を取るなんて酷い人だな、君は」


「あら、待ちましたわよ。でも、あなたがちっとも言わないから、仕方なく……」


「……私が」


 自分を包むものがサラーサの腕だと理解したクラヴィスは、声が震えるのを止められなかった。


「私が……恐ろしくはないのですか? 」


 今まで、クリスタにもアエラスティにも生まれた事はある。

 だが、その血が持つ力で、家の者たちは生まれた子が持つ魔王の子としての本質が分かってしまう。そのため、彼らは何時も恐れ、怯え、その手を振り払う事はあっても、包み込もうなどという人は一人も居なかった。

 それなのに……


「いいえ、恐ろしくなどないわ」


「封印石を持たされる前の私の魔力を見たのでしょう? 私には、あなた方に憎まれはしても、愛される資格などありはしないのです! だから……」


 勢いのまま顔を上げたクラヴィスは、この手を離してくれと、言えなかった。そこにあった慈しむような笑顔の両親に、言葉を飲み込んだ。


「クラヴィス、お前が生まれた時のことは今でも覚えている。確かに生まれたばかりの子が纏うには大きすぎる魔力と、その質に怯んだのは認めよう。だが、だからこそ、私とサラーサは決めたのだ。何があろうと、お前の親であることはやめないと」


「な、んで……」


「お前自身も言ったではないか。その身は私たちから授かったものだと……。それ以外に、お前の親であることに理由が必要か? 」


「そんなの……そんなの、ありません。でも、僕は……」


 クラヴィスが……カエルムが魔王の子の魂を持ったまま生を繰り返すのは、魔王となってしまった父をその手で撃ったからだ。

 そんな自分が親の愛を受けようなどと思ってはいけない。

 そうであるはずなのに、潤む視界の中、いっそう強く抱きしめられた腕を解く事は出来なかった。



 その日、食べたプティングは、甘いのに少しだけしょっぱかった。


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