第2話
クリスタ公爵家は、代々メディウム王家を護る騎士の家系だった。
そして、母の生家は、そのクリスタ公爵家の対となるアエラスティ公爵家。神官と魔術師を多く輩出する家系で、マスターの名を継いた者が何人もいる名門だ。現王 リヴェラの妻 セラスは、サラーサの双子の姉でもある。
君主制をとるメディウムにおいて王家が絶対的な権力を持つことはないが、それでも歴代の君主とされるのが時の王である事から、その影響力は推して知るべき事だ。その王家の盾となり剣となり支えるクリスタと、魔術で王と国を助けるアエラスティもまた、メディウムのみならずルーメン中にその名を知らしめている。
ウラノスの執務室の前では、家令のクレオンが二人を待っており、その姿を捉えるとすぐに扉を開けた。
「ウラノス、クラヴィスを連れてきたわ。お話って何かしら」
入室の挨拶もなしに部屋へ入ったサラーサは、そのままソファに腰を降ろした。その姿に書類から顔を上げたウラノスは、呆れたようにため息を吐く。
「サラーサ、私は、今更、君に一から礼儀作法を教えるつもりはないのだが……」
「あら、奇遇ね。私もあなたに教えられるつもりはないわ。クロエ、アマリア、お茶を用意して。クラヴィスのおやつも一緒にね」
つんとウラノスから顔を背けたサラーサは、自分たちの後ろに控える侍女たちを呼んだ。
「かしこまりました、奥様」
クラヴィスが生まれる前から使えている二人は、そんな主たちのやり取りなどまるで意に介さない様子で、笑顔でお茶の用意を整えていく。
それを見ながら、自分はどうしたものかと部屋の入り口で立ち尽くしていたクラヴィスは、クレオンに促されて中へ入る。すると、待っていたようにサラーサが彼に手招きをした。
「クラヴィスは、私の隣へいらっしゃい。おやつはまだでしょう? 今日はあなたの好きなプティングを用意していたの。お天気もいいから、庭でゆっくりお茶をしようと思っていたのに……」
「なるほど、息子との時間を削られたから拗ねているのか。それはすまなかった。だが、我が君からの勅命であれば仕方あるまい」
書類を置いたウラノスは、クレオンにクロエたちを連れて部屋を出るように告げると、一通の封筒を手に二人の向かいへ腰を降ろす。そして、封蝋が見えるようにクラヴィスの前に置いた。
「な……」
そこに押されていたのは、サンクティオ王家の紋章だった。
声を上げてしまった事にはっとしたクラヴィスは、慌てて両手を口を塞いだ。まだ、他国との交流の場に出たことのないクラヴィスが、本来ならば知るはずのないものであるはずなのに……。
「クラヴィス……あなた……」
何てこと、と顔を覆い俯いたサラーサへ手を伸ばしたクラヴィスは、その腕に触れる寸でのところで手を止めた。
何時か、自分の両親だった人たちの姿が重なる。触れた手をおぞましいものを見るような目で振り払われたのは、一度の事ではなかった。
こんな時に何と言えばいいのか、クラヴィスはいまだに分からずにいる。
伸ばした手をぎゅっと握り込むと、ぐっと唇を噛んで俯くしかなかった。
「クラヴィス、これはサンクティオの神官長フラン様からだ。我が君が開封しようとしたらしいが、どうやらこれはお前にしか開けられないものであるらしい。心当たりは……あるようだな」
俯いたままこくりと頷いたクラヴィスは、更にぎゅっと手を握りしめた。
この先にあるのは、なんであろうと自分は耐えなくてはならない。声が震えないように、出来るだけ感情を抑えて……自分は、あなた方の息子ではないと、告げるのだ。
幾度となく繰り返してきたそれに、いまだに怯えるのは、まだ自分が人だと思っているからだろうか。
「神殿から『シン』の名を賜った時から、何時かこんな日が来るとは思っていたが……よもやこんなに早いとはな」
両親が与えた名と、家名とは別に神殿から授けられる名には意味がある。
その子自身と両親にしか明かされることのないそれは、その人生において何かしらの意味がある事を示していた。
故に、クラヴィスは生を繰り返すたびに『シン』を授けられてきた。それは、神殿という管理者の下にあるという事の証明に他ならない。
「お父様、お母様……僕、いえ、私はクラヴィスである以前の記憶を持っております。私自身に科せられた役目も、正しく理解しているつもりです」
俯いたまま立ち上がったクラヴィスは、テーブルから離れて二人に向かって膝を付く。
「この身はお二人から授かったものですが、私自身はお二人の子だと言うつもりはありません。どうか、今日限り、クラヴィスという子がいたことはお忘れください」
クラヴィスの言葉を聞いたサラーサの息を飲む音がしたが、顔を上げる事は出来なかった。
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