今生(本編)は、かなりヤバそうです。

沙霧紫苑

第1話

 あぁ、また始まったのか……


 当代の暁の神子 カーティオが瑠璃に封じ込められた記憶を得たのと同時に、カエルムとしての記憶が解放されたクラヴィスは、最初にそう思った。そうなる前、目覚めて最初に見たのはカーティオの笑顔だった。そして、その首から下がる瑠璃が光を放っているような気がして、酷く惹かれたのを覚えている。

 好奇心のままに伸ばしたクラヴィスの手は、何にも遮られることなく瑠璃に触れた。

 弾かれた様に身を起こしたカーティオへ手を伸ばしたその時、カエルムの記憶が次から次へとクラヴィスの頭に流れ込んできた。

 それ以後、クラヴィスは心からの笑顔が分からなくなった。

 何も知らなかった頃のようには出来ず、子供がどんな時に笑うのかを考える。そして、自分が今浮かべている笑顔は、何も知らない大人たちからは、ちゃんと子供が浮かべる笑顔なのかと……。


 城へ行く事も減り、部屋に籠るようになったクラヴィスを気遣う両親は、それでも彼を問い詰めたりはしなかった。

 そんな日々が続いたある日、とうとうその扉は叩かれた。


「クラヴィス、今いいかしら……。お父様がお呼びなの」


 今は優しい母 サラーサの声にビクリと身体を震わせたクラヴィスは、ほぉっと大きく息を吐いて応えた。


「分かりました。参ります」


 まだ陽の高い時間、騎士団の中でも最も王族の近いところである近衛隊長の父 ウラノスが戻っているのはよほどの事だろう。クラヴィスの中で幾つもの可能性が思い浮かぶ。

 ルーメン内の各国の国交は安定しているはずだ。まして、今は神子と女神の加護を持つ者が揃っている。そんな中で無駄な争いを起こそうなどと思う愚かな者はいないだろう。

 では、外からの侵略か、それとも……、自分に対する糾弾だろうか。


『あ……悪魔! 』


 クラヴィスの脳裏に、何時か両親だった人たちの顔が浮かんでは消えていく。無限の魔力とその源となる魔物たちの黒い影を纏った彼の姿に、怯えた眼をした人、正気を失う人、殺そうとする人。

 それは決して間違いではないだろう。紛う事なき魔王の子の魂なのだから。

 ふっと自嘲の笑みを浮かべたクラヴィスは、今度こそ立ち上がると母の待つ扉の外へ出た。

 扉を開けると穏やかな笑みを浮かべたサラーサの姿があった。


「お父様がこのような時間のお戻りになるとは……何かあったのですか? 」


「あなたが来たら話すと……それだけしか聞いていないわ」


「そう、ですか」


 まだ、何も知らないらしい彼女が、この後どのような視線を自分に向けるのかと考えたクラヴィスは、すっと彼女から視線を外す。

 期待をしてはいけない。自分が受け入れられるなどと思っては……いけない。

 そう、心の中で繰り返した。

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