101話:地上への道

 視線が合った奴隷二人は、視線が合った数秒後には両方共に気絶していた。

 無論、他でもないボクが二人を気絶させた訳だけど、地面に横たわる彼等の手から落ちた「キャンディーと板チョコ」の処遇には少し迷う。



 “丸二日分の稼ぎだが、地上に出れたら安いもんだろ?”



 ボクと視線が合う前にそんな会話をしていた奴隷二人。

 どういった過程を経て彼等がここに居るのかは知らないけれど、お菓子を手に入れるだけで大変な環境、それでもお菓子を手に入れたくなる程に“救いの無い環境”だということは理解出来る。

 僅かな賃金を貰って些細ささやかな幸せを手に入れる――それが廃棄都市ジャンクシティでの一般的な暮らしなのだろう。


(お菓子に釣られて姿を見せちゃったけど、気絶させたからと言ってこのまま奪って行くのも……ねぇ?)


 キャンディーと板チョコを拾い、しばし見つめて、ジ~っと見つめて。

 最終的には泣く泣く二人に返す。

 機械技師:ゼノスが作った美味しくないパスタを食べたおかげで、お腹が減って動けない事態にはなっていない。


(ボクを捕まえようとしていた奴隷に気を使う必要も無いんだけど……彼等も彼等で、ここに居たくて居る訳じゃなさそうだしな)


 今のボクと同じように、彼等も何かしら無理やりここに連れて来られた筈だ。

 廃棄都市ジャンクシティのボスみたいに「わかり易い悪者」だったら対処は簡単だけど、そうじゃないから少し厄介。

 同情の余地がある相手を痛めつけるのは流石にボクも心苦しい。


 という訳で。

 気絶だけさせて命(&お菓子)は取らず、暗がりに紛れて路地を進む。


 向かう先は脱出ルート――の前に、最初にボクが目覚めた牢屋。

 更に正確を期せば、その近くにある「小さな家」だ。

 ゼノス曰く。



『監視役の完全機械人間ヒューマロイドは、仕事場の近くに自分の家を持っている。お前の“探し物”は、もしかしたらそこにあるかもな』



 かくして探し物を求め、完全機械人間ヒューマロイドが住む小さな家の扉に手を掛ける。


 扉閉ガチャリ

 鍵が掛かっていて扉は開かない。


 ならば無理やりと、黒ヘビで扉を“喰い破る”。


「お邪魔しまーす」


「………………。……ハ?」


 扉が壊れた事実と、壊した人物を理解するのに時間が掛かったらしい。

 ソファに座り、鞭の手入れをしていた完全機械人間ヒューマロイドがしばしこちらを茫然と見て、その後にガタッと立ち上がる。


「小僧ッ、今まで何処に隠れていタ!? すぐに捕まえてやル!!」


「悪いけど、捕まる為にここに来た訳じゃないんだ。それよりもさ、“ボクのナイフ”返してくれる? 目を覚ました時にはもう無かったから、多分アンタが誰かが取り上げたんでしょ?」


「ナイフ? HAHA、あのチンケなナイフを取り返す為にわざわざ捕まりに来たのカ。笑わせてくれル」


「おっ、その反応……やっぱりアンタが取り上げたみたいだね。大人しく返してくれたら、なるべく手加減してあげようと思うんだけど」


「黙れ小僧ッ、そこで大人しくしてロ!!」


「あらら、残念」


 交渉失敗というか、そもそも交渉の余地は無かったのだろう。

 完全機械人間ヒューマロイドが鞭を振るうも、鞭の扱い方ならボクも負けてはいない。


「“黒蛇クロノウィップ”」


 バチンッ!!

 完全機械人間ヒューマロイドの鞭を避け、ボクの右腕に驚く彼の鞭を弾く。

 続けて足蹴りで転倒させ――



「“黒蛇クロノアギト”」



 ――彼の両足を喰い千切る!!


「ウオッ!?」


 立つ脚を失い、床に崩れ落ちる完全機械人間ヒューマロイド

 失った脚が機械部品ギアパーツゆえに悲鳴は無いが、十分「驚き」はあったらしい。


「ナッ、何だその腕ハ!? そんな機械部品ギアパーツは見たことないゾ!?」


「だろうね。それよりも、さっさとナイフを返してくれない? あまり粘られると両腕も失うことになるけど」


「調子に乗るなよ糞ガキッ!!」


「そっちがね」


 喰い千切るガブリッ

 両足に続いて右腕を喰らうも、先と同じで悲鳴は無い。

 痛みを感じないのが良いことなのか、それとも悪いことなのかは、誰にもわからない問いかけだろう。


「おのれ小僧!! 俺がこの機械部品ギアパーツにいくらかけたか知ってるのカ!?」


「知らないよ、興味も無いし。っていうか……手足を奪っても、替えが効く機械部品ギアパーツだと恐怖心が薄いっぽいね。あんまり手を煩わせるなら、その頭を潰すって手もあるけど?」


「ッ~~!」


 脳以外の全てを機械部品ギアパーツに変えた人間――それが完全機械人間ヒューマノイドだ。

 機械部品ギアパーツの破壊は金銭的なダメージしかないものの、頭となれば話は別。


「ナイフを返すかどうか、5秒で決めて」


「おい、冗談だロ? 頭を潰されたら――」


「3、2、1」


「わ、わかっタ!! 返スッ、ナイフを返すから頭を潰すのは辞めてくレ!!」



 ■



 ~ 廃棄都市ジャンクシティの端っこにて ~


 ナイフの奪還に成功し、既に脱出の準備は整った。

 普通の人間と違って完全機械人間ヒューマロイドを気絶させる方法がわからなかった為、残していた左腕は念の為に破壊し、口も適当な布で塞いでいる。

 理想を言うと、声を出す機械部品ギアパーツを破壊出来れば良かったけれど、下手に頭を弄ったら「脳」にダメージがありそうだったので辞めておいた。


(別に、彼が死んだところでボクは痛くも痒くもないんだけど、ちゃんとナイフを返してくれたから生かしといてあげよう)


 偉そうな感想を抱きつつ、見上げるは薄暗く高い天井。

 点々と配置された照明が廃棄都市ジャンクシティを照らしているものの、光量としては夕暮れ以下で、昼間に見た“天井から差し込む陽の光”も今は見えない。


「さてと、それじゃあ“あそこ”から脱出しますか」


 機械技師:ゼノスが提示した、4つ目の脱出ルートは「換気ダクト」。

 昼間は陽の光が差し込んでいたあの場所こそ、今見上げている暗い穴こそ、これからボクが通り抜ける唯一の脱出ルートだ。


 天井までの高さは数十メートルあり、普通は大がかりな足場を組むか、空でも飛べなければ到達は不可能。

 仮に空が飛べたとしても、換気ダクトの穴には鉄格子が嵌められており、それこそ廃棄都市ジャンクシティのボスみたいな“大きな人間”は通り抜けることが出来ない。


 ただし、そこは換気の効率もあるのだろう。

 鉄格子の隙間は子供なら通れる程度の幅があり、あまり大きいとは言えなくもないボクならギリギリ通行が可能だ。


(背が低くて良かった……いやまぁ、ボクの成長期はこれからだけど)


 ともあれ。

 まず黒ヘビを使いつつ、なるべく薄暗い場所を選んで壁を登り、天井まで辿り着いたらそこからが本番。

 天井の隙間や出っ張りに黒ヘビを引っ掛けて移動し、換気ダクトを目指す。

 ここまで来ると照明に当たることも無いので、下の奴隷達に気付かれることもないが、それでも注意すべき相手が全くいない訳じゃない。



『数こそ多くはないが、空中は飛翔機械ドローンが見張ってる。“赤い目”に見つかると機関銃ガトリングで撃たれるから、身体に風穴開けたくなけりゃあ見つからないことだ』



(……“アレ”が、ゼノスが言っていた飛翔機械ドローンか)


 換気ダクトの少し手前で、空中を飛んでいる小型の機械が2機見えた。

 赤色の光をあちこちに照射しているのは、恐らく不審なモノが無いか確認しているのだろう。


(あの赤い目、必ずしも進行方向を向いてる訳じゃないのか……面倒だな)


 少し観察してみたけれど、2機の巡回ルートは恐らく一定。

 ただし、あの赤い目が、いつどのタイミングで、どちらの方角を向くかが全くわらからない。

 現状では、赤い目に見つからず換気ダクトに到達出来るかどうかは完全に「賭け」となる。


(空中で機関銃ガトリングで撃たれるのは勘弁だね……となると)


 黒ヘビで天井にぶら下がり、そのまま左手でナイフを振るう。



 “鎌鼬かまいたち:二連”



 斬!!

 飛翔機体ドローンを斬り、それとほぼ同時に「警報」。

 数時間前にも聞いた警報が再び廃棄都市ジャンクシティに流れる中、すぐさま換気ダクトを目指し、鉄格子に到着。


 想定通り、ボクならギリギリ通り抜けられる幅だけど、問題はその先。

 大型のファンが2枚連なって回転しており、その上に続く換気ダクトの穴が“左右から蓋で塞がれようと”している。



『いいか小僧、飛翔機体ドローンの破壊は最終手段だ。アレを壊すと換気ダクトの穴が1分で閉じるからな』



(ッ――ゼノスの“嘘吐き”ッ、このスピードだと30秒で蓋が閉じるじゃん!!)


 以前は本当に1分だったのか、それともゼノスがボクを騙したのかはわからない。

 わかっているのは時間が無いことだけで、迷っている時間も無い。


 急いで鉄格子を抜け、黒ヘビをバネに大型ファンの羽に跳び乗る。

 そこから更に跳んで2枚目の羽に乗り、黒ヘビを伸ばして閉まりかけの蓋に引っ掛け、バネが戻る力を利用して通過。


「間に合った!! って、蓋がもう1枚!?」


 間に合うか、間に合わないか考えている余裕は無い。

 とにかく黒ヘビを伸ばし、上を目指して跳んで――



 閉口ガシャン



 ――換気ダクトを塞ぐ2枚の蓋が閉じたのは、ボクが“地上”に出た後だった。


 ―――――――――

*あとがき

これにて『5章:プロローグ』は終わりとなります。

次話から『5章の本編』が始まりますので、引き続きよろしくお願い致します。


「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

また、お時間ある方は筆者別作品「🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)」も是非。

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