98話:機械技師:ゼノス
『奴隷共ッ、仕事は一時中断だ!! 今すぐ“右腕が無い糞生意気なガキ”を捕まえろ!!』
機械技師の家から追い出されたと思ったら、
街のアチコチに設置されたスピーカーから聞こえて来たのは直近で聞き馴染みのある男性の声で、その内容は明らかにボクを指している。
(あらら、この声は
彼を気絶させてから2時間強。
もう数時間は起きないだろうし、鎖で脚を縛っていたので起きても何も出来ないと思っていたが、意外や意外。
早くも目を覚ました上に、
想定以上のタフな身体だったのか、たまたまタイミング悪く部下が家を訪れたのか……何にせよ、ボクにとって朗報とは言えない知らせか。
逆に、
『糞ガキを捕まえた奴はッ、特別に
途端、雄叫び。
「お前等、さっきのガキを探せ!!
「あぁ、絶対アイツに間違いない!! まだ近くにいる筈だ!!」
「生け捕りにしたら
「退けお前等ッ、俺が捕まえるんだ!!
「いいやッ、糞ガキを捕まえて出て行くのは俺だ!!」
――先程までの静けさは何処へやら。
機械の駆動音しか聞こえなかった
この大取り物の得物がボクであることは言うまでもなく、非常に面倒な事態となったのはそれ以上に言うまでもないことだろう。
すぐさま踵を返し、ボクは追い出された家の扉を開ける。
「お邪魔しまーす」
中に入って、
また追い出されたら面倒だなぁと思っていたけれど、先ほどボクを追い出した40代くらいの男性――機械技師:ゼノスは、今度はボクを追い出さない代わりに非常に怪訝な顔でこちらを見ている。
「……おい、何だ今のアナウンスは? “右腕が無い糞生意気なガキ”ってのはテメェのことだろ。あの肉達磨に一体何しやがった?」
「別に、ボクは何もしてないよ? 向こうが肉体関係を迫って来たから、ちょっと抵抗して逃げて来ただけ」
「ちょっとの抵抗で逃げれるような相手じゃねーだろ。――具体的に話せ。ここで通報してやってもいいんだぞ」
その通報の前にアンタを動けなくしてもいいけど、という言葉は飲み込んだ。
“通報してやってもいい”ということは、イコールで“通報しなくてもいい”という話になる。
奴隷達とは立場が違うのか、この機械技師:ゼノスは「ボクを捕まえて
残る懸念点は、台の上で横になっていた一人だが……
「俺はキミに助けて貰った。捕まえようなんてつもりは更々無い。そもそも“この状態”だ」
修理中の脚をコツンッと軽く叩いて、自分は無力だと語る奴隷の男性。
彼にボクを捕まえる意思が無く、機械技師:ゼノスも内容次第で通報しないと言うのであれば、こちらとしても好都合。
「実は――」
素性を隠しつつ、気付いたら
その後の流れもざっくり話すと、話す度にゼノスの眉間に刻まれる皺が深くなる。
「ボスを拷問とか、マジで言ってんのかテメェ。あの肉達磨はそう簡単に手玉に取れる相手じゃねーぞ。テメェ、一体何者だ?」
「さぁね。自分が何者かなんて、最近は自分でもよくわからないんだ。まぁでも……そうだね、強いて言えば“復讐者”かな」
「………………」
「あれ、割と真面目に答えたつもりなんだけど気に入らなかった? そっちが納得する答えを提案してくれれば、ボクはそれを答えるけど」
「……フンッ、生意気なガキだぜ」
頭をガシガシと掻き、ゼノスはポケットから煙草を取り出して火をつけた。
それから煙を肺に入れ、白い煙を「ふぅ~」と吐き出し、足を組む。
その膝にトントントンッと指でリズムを取りつつ、どうしようかといった感じで長考に入って――10秒後。
「ゼノス先生ッ、この辺でガキを見なかったか!? さっきボスがアナウンスしていたガキで、この近くにいるかも知れないんだが!」
(ッ――)
開く瞬間、咄嗟に扉の裏へと移動。
その扉一枚を隔てて、ボクを探す奴隷がゼノスに尋ねた。
当然、ボクの視線はゼノスへ。
彼の返答次第で今後の流れは大きく変わる為、すぐさま逃走ルートを頭の中に描き始めるも、答えたのはゼノスではなく、台の上で動けぬ奴隷。
「生憎だけど、ゼノス先生はずっと俺の治療をしてくれていたんだ。そんな子供は見てないから、探すなら他を当たった方がいい」
「そうか、邪魔して悪い。それじゃッ」
余ほど急いでいるのだろう。
誰よりも先に見つけてやるんだと言わんばかりの勢いで、訪ねて来た男性は扉も閉めずに速攻で走り去っていった。
(ふぅ~、危なかった)
扉を閉めて、とりあえず安堵。
庇ってくれた奴隷に「どうも」と礼を言うと、彼はフルフルと首を横に振る。
「最初に助けて貰ったのはこっちだからな。ここで借りを返さなきゃ男じゃないだろ? ――という訳で先生、彼を
「おいおいおい、勝手に話を進めんじゃねーよ。俺の代わりに答えやがって」
「頼むよ先生、命の恩人なんだ。ここで彼が捕まると俺の寝覚めも悪くなる」
「お前の目覚めなんざ知らねーよ。大体、元々こんな地下世界に良い目覚めなんかねーだろ」
「だとしてもだよ。頼むよ先生~」
「………………」
ゼノス、再びの無言。
煙草を吹かし、機嫌悪そうな顔でボクと男性を交互に見て、それから白い煙と共に「はぁ~」と深い溜息を吐く。
「ったく、しゃねーなぁ。少しの間なら匿ってやってもいいが、条件がある」
「条件?」
「まだ隠してることを包み隠さず全部言え。テメェが只者じゃないってことだけは確かだからな。それが約束出来るなら、しばらくの間だけ匿ってやってもいい」
(なるほど、そう来たか。ボクの素性を改めて明かせ、と)
こうなってくると、こちらとしても条件がある。
正直な話「匿って貰うだけ」で素性を明かすのは割に合わないと言うか、そこまでするならこちらも更に得る物が無いと話にならない。
「だったらボクからも条件を出させて貰うよ。素性を明かす代わりに、
「おーおー、アナウンス通り糞生意気だな。もしここで、俺がその条件を飲まないと言ったら?」
「それはつまり、
「お前にそれが出来るのか?」
「さぁね。やってみないとわからないけど、でもボス相手に出来たから出来るんじゃないかな。試してみる?」
「………………。……チッ」
舌打ちの後、ゼノスは踵を返してUターン。
近くにあるミニキッチンでやかんに水を入れ、それを古びたコンロで火にかける。
ボクの直感ではゼノスもそこそこ戦えそうに見えるけれど、とは言え本職は「機械技師」だ。
黒ヘビが出せずともボクに勝てるレベルには思えず、ボスの話で彼もこちらの実力を理解したのか、戦う様な流れにはならない。
そしてすぐに湧いたお湯でコーヒーを淹れ、それをボクにくれるのかと思いきや、自分で一口飲んでから彼は告げた。
「――いいぜ。テメェの
―――――――――
*あとがき
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