91話:紫色の巨大な手
海上50メートルの空島『移動型闘技場:セイレーン』からの脱出。
本来であれば「飛び降りる」しか手段が無かったものの、先輩(自称):イヴァンがいれば話は別。
「くそッ、反逆者の犬が!!」
管理者:バンズバースの追跡は“大穴の終わり”まで。
既に空中へ飛び出した大岩、その上に乗ったボク等を見据える彼は、悔しさを晴らす様に壁を拳で殴るだけだ。
寸での差で、こちらに軍配が上がった。
「奴の『
イヴァンの提案は当然と言えば当然の流れ。
ボク等の「ゴール」となる『セーフティネット』――闇社会の命綱である『
「待ってイヴァン、下にロンズが居るから拾っていこう。ほらあそこ、金融エリアの島に倒れてる」
「ロンズ? あの馬鹿デカい
「今、ロンズは動けないんだよ。それに10億の男をここで助けたら、大きな貸しを作れるでしょ?」
「ふむ。どうやらアイツに借りがあると見た」
「そこまでは言ってないけど、まぁそんなとこだね」
「ったく……」
ポリポリと頭を掻き、それからイヴァンが“Uターン”。
ボク等が乗る大岩の高度を下げつつ、既に通り過ぎた金融エリアに引き返す。
「バンズバースはこのくらいで諦める男じゃない、すぐに追って来るぞ。止まらねぇから一度で決めろよ?」
「おいおいマジかよ、あんな馬鹿見捨てろって。付き合ってらんねーぞ」
大岩が高度を下げ、ロンズに近付いたところで黒ヘビを伸ばし、彼の大きな身体を掴んで――
(うっ、やっぱ重いな……ッ)
それでも何とか引っ張り上げ、魚釣りの様に大岩へ載せたらピックアップは完了。
図体のデカい男が加わって大岩の上が狭くなるも、賑やかさは無駄に増えた。
「おぉッ、何事かと思ったら黒ヘビか!! よくこの俺を釣り上げたな!! 重かっただろう!?」
「そうだね。少しはダイエットした方がいいかも」
「ハッハーッ、馬鹿を言うな!! 筋肉とは重いものだ!! 強い奴は重いし、重い奴は強い!! そうだろう!?」
「かもね(この人、動けなくてもうるさいな……)」
助けなければ良かったと一瞬後悔するも、ともあれこれで“貸し借り”は無し。
あとは大岩に乗って『セーフティネット』のある建物に逃げ込めば終わりだ。
長かった逃走劇もようやくゴールが見え、緊張が和らいだボクの心はここに居ない少女達に向かう。
(パルフェ達は大丈夫かな? 『移動型闘技場:セイレーン』が浮かんでから随分と時間も経ったし、とっくの昔に『セーフティネット』で逃げてるとは思うけど)
何か想定外の事態が起きたら、ボクとイヴァンは無視して『Darkness World (暗黒世界)』へ戻る様に言ってある。
ボク等と違って彼女達は指名手配されていないし――まぁパルフェに関しては捜索されているけれど、そもそもこの世界に居ることを管理者側は誰も知らない筈。
今頃は
(結局、マゼラン日誌の複製ページは手に入らなかったけど、コレばっかりは仕方ない。バンズバースやロンズに逢って、改めて自分のレベルを再認識しただけでもよしとしよう)
最後まで“奥の手”を披露する機会は無かったけれど、それも結果オーライか。
現状、奥の手を使うと今のロンズみたいに動けなくなってしまう為、本当にどうしようもない時しか使うべきではない。
(アレをいつでも出せる様にならないと、ボクがもっと上のレベルに行くのは多分無理だね。不本意だけど、
「おい見ろッ、バンズバースの野郎が金融エリアに降りたぞ!! 俺達を追いかけて来やがる!!」
「え、まだ追って来るの? しつこい人だね」
リョーガの声に背後を確認すると、金融エリアを疾走する4本足の黒い影が確認出来た。
ボク等との距離は150~200メートル程で、恐らく彼の全速力でボク等を追いかけているのだろう。
ただ、既に橋を越えて中央の「商業エリア」を飛んでいるボク達は、間もなく『セーフティーネット』に辿り着く。
(渡航の際のタイムロスを考慮しても、このまま行けばボクの勝ちは間違いな――)
「ドラノア!!」
(……え?)
“突き飛ばされた”。
先輩(自称):イヴァンに。
結果として、ボクと居場所が入れ替わった彼が――
――“掴まる”。
「「「ッ!?」」」
ボクでも、リョーガでも、ロンズでもない。
イヴァンを掴んだのは、いきなり空中に現れた「紫色の巨大な手」。
5本の指に指輪を嵌めたその手は“幽霊の様に細長く”、しかし人間を丸ごと掴める程にとにかく巨大だ。
それも、存在するのは“肘から先”だけ。
不気味で巨大な手の持ち主、その身体は何処にも見当たらず、イヴァンの身体がガシッと握り締められている事実だけが存在している。
「何だッ何だ!?」
「どうなってんだ!?」
慌てるロンズやリョーガと同じく、ボクも内心は相当焦っている。
(コレは!? バンズバースの『
事実、バンズバースの姿はまだ相当後ろにある。
彼の仕業ではないだろうが、ならば誰の仕業なのかは更に理解しようも無い。
とにかく訳が分からないこの状況下で、巨大な手に掴まったイヴァンが叫ぶ。
「逃げろ後輩!! こいつはッ――」
「「「ッ~~~~!!!!」」」
耳を塞ぎたくなる嫌な音の後、足場となっていた岩石の球体が崩壊。
ボク等と共に自由落下を始めたその事実は、“イヴァンの意識が失われた”ことを物語っていた。
「お前ッ、イヴァンを離せ!!」
黒ヘビを伸ばし、巨大な手に噛み付こうとするも――「
イヴァンを掴んだ手とは「別の手」が空中に現れ、黒ヘビの頭を掌で弾いたのだ。
ならばと放った“
先ほど現れた第2の手が、その掌に爆炎を吸い込んだ。
「嘘ッ……何がどうなってんの!? イヴァン!! 返事してイヴァン!!(死んでないよね!?)」
荒ぶるままに叫ぶも返事は無い。
まだ息はあるのか、既に死んだのかすらわからない。
そしてボク等は、崩落する岩石と共に地面へ落下。
動けぬロンズは寝たまま墜落し、リョーガは着地するなり臨戦態勢。
ボクは黒ヘビをクッションにバウンドして、姿勢を正して2つの巨大な手を睨み上げる。
そこに追いついたのが、管理者:バンズバース。
正直「終わった」という気持ちが心の大部分を占めていたものの、バンズバースは空中の手を眺めて「ジリッ……」と僅かに後ずさった。
「黒ヘビ、コレはどういうことだ……? 何故こんな場所に“奴”がいる」
「奴? あの手の持ち主を知ってるの!?」
「知ってるも何もあるか。あの不気味で気色悪い手は“奴”しかいない――『
「ッ!?」
―――――――――
*あとがき
次話、【4章】最終話です。
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