87話:橋を渡るまで

 協力して逃げよう。

 鉱石ゴーレム族の大男:ロンズにそんな提案をしたら、彼はゴンッと両拳を突き合わせる。


「逃げる!? 馬鹿を言うな黒ヘビッ、逃げる奴は漢じゃない!!」


 という彼の返事は何となく想像出来ていた。

 ここで彼が暴れることで、ボクが逃げる時間を稼いで貰う作戦も無しではないかも知れないけれど、それはそれで先輩(自称):イヴァンの邪魔になり兼ねない。

 であれば、ボクが言うべき台詞はコレ。


「この島から、どちらが先に脱出できるか勝負だよ。ロンズ、ボクの勝負から逃げるの?」


「何だと!? この俺が逃げる訳ないだろう!! その勝負ッ、受けてやる!!」


「いいね、そうこなくっちゃ(ふぅ~、馬鹿で良かった)」とボクが安堵する間に。


 管理者:バンズバースから受けた腹筋の傷も癒えぬまま、足場の悪いステージを走り出したロンズ。

 彼に遅れぬ様ボクも駆け出すが、すぐさま客席から銃弾の雨が降り注ぐ!!


「ハッハーッ、無駄だ無駄だ!! 銃弾など俺には効かん!!」


 流石は鉱石ゴーレム族で、尚且つ10億越えの賞金首。

 降り注ぐ銃弾をものともせず疾走するが、その背後は地獄絵図。


「ぎゃあッ!?」

「痛ぇぇええ~!!」


 並の人間が花嫁と青鬼から逃げつつ、更に銃弾を避けるのは至難の業というか、ほとんど不可能に近い。

 逃げ遅れた人々が次々と銃弾の餌食となり、ステージに立っている『血婚祭典ブラッディフェスタ』の参加者は10名も居ない状況だ。


「あらら、もうほとんど全滅だね。動いても動かなくてもどのみち撃って来るんだから、元々“生死を問わずデッド・オア・アライブ”って判断だったのかな」


「ん!? おい黒ヘビッ、何故“俺の背中にぶら下がっている”!?」


「え? それはほら、銃弾避けるのに丁度良さそうな盾――じゃなくて、物凄く逞しい背中があったから」


 いちいち銃弾を避けるのも疲れるし、それなら銃弾を物ともせずに突き進むロンズを弾避けに使うのは自明の理。

 それで銃弾が降り注ぐ直前に黒ヘビを伸ばし、彼の背中にぶら下がったのだ。


 まさか噛み付いた事に気付いていないとは思わなかったが、それ程に頑丈な身体を持っているということであり、裏を返すとそれ程に頑丈な身体をバンズバースは打ち砕いた。

 やはり、彼の相手は先輩(自称):イヴァンに任せておくのが最適解で、マゼラン日誌の複製ページも無いこんな場所からはさっさと「おさらば」するに限る。


「むっ? そうかッ、俺の背中は逞しいか!?」


「うん、逞しくて頼もしい背中だよ。もうちょっと見ていたいから、湖を越える橋を渡るまではこのままで行こう」


「ふんッ、仕方ないな!! 橋を渡るまでだぞ!!」


 好い感じに褒めておけば納得してくれるだろうと思ったら、彼は案の定“満更でもない顔”で同意。

 そのまま大きな動きで、パッと見は少しだけゆっくりにも見えるが、4メートルの巨体故にあっという間に「橋」まで到着。


 勢いを殺さず走るロンズを盾に。

 彼の背中にぶら下がりつつ、ボクは今後の流れを思案する。


(今回の脱出劇は、大きく分けて3つのフェーズに分れる。まさに今、ステージからの脱出がフェーズ1。これで花嫁と青鬼、それに全方位からの銃撃から解放される筈だ)


 続けてのフェーズ2は、この空島『移動型闘技場:セイレーン』からの脱出。

 そしてフェーズ3が、『Ocean World (海洋世界)』からの脱出となる。


 家に帰るまでが遠足、ではないけれど。

 『Darkness World (暗黒世界)』で待機している隠れ家アジト:『蜘蛛の家スパイダーズハウス』に戻るまでは安心出来な――



 水飛沫バシャッ!!



「ん?」


 また誰か、青鬼に飛ばされて湖に落ちたのかと思ったら“逆”。

 湖に落ちたのではなく、湖から飛び出してきたのだ。

 腰まで届くウェーブのかかった長い髪と、鱗の肌を持つ“海鱗シーガ族の男性”が。


 彼は疾走するロンズの隣にスタンッと降り立ち、そのまま滑る様にスーっと橋の上を移動。

 当然、並走する形となったロンズが警戒の声を上げる。


「ぬっ、貴様は昨日の海鱗シーガ族だな!? 俺と戦うか!?」


「いや、今は遠慮しとく。お前の邪魔するつもりは無いから、とりあえずそのまま走ってくれ」


「そうかッ、邪魔しないならいいだろう!!」


 人がいいのか馬鹿なのか。

 恐らくどちらも併せ持つロンズは海鱗シーガ族の言葉を信じ、何事も無く走り続ける。

 対して、スケート靴でも履いているかの様な滑りを見せる彼は、クルリと振り返り、後ろ向きで走りつつボクに片手で挨拶。


「よぉ黒ヘビ、元気してるか?」


 まるで顔見知りの様に、気さくに声を掛けて来たこの男性には見覚えがある。

 名前は確か……


「ギョウザ?」


「リョーガだよ!! ナンバー1ホストの!! ってかテメェ、覚えてる癖にわざと間違てるだろ……ッ」


「いやいや、そんな失礼なことはしないよ。本気で忘れてただけだから」


「それはそれで失礼過ぎるだろ」


「かもね。それで、何? リョーガもボクと戦いたいの?」


 だったら勘弁して欲しいと言うか、タイミングを考えて欲しい。

 戦う流れはもう嫌だな……と思っていたら、意外と話が通じるのか、彼は滑りつつ肩を竦める。


「今は俺達で戦ってる場合じゃない、そうだろう? お前等の脱出に便乗させて貰いに来たんだよ」


「なるほど。そういうことなら歓迎するけど……でも、不意打ちとかしたら遠慮なく殺すよ?」


「出来るもんならやってみろ。テメェにその実力があればな」


「実力がわかる頃には死んでるかも知れないけど、それで良ければ」


「ハッ、生意気だけは億越えだな」


 飛び交う視線バチバチッ。

 物理的ではない精神的な火花が飛び散るも、戦う以外の決着方法は無く、その戦いをこの場で行うことが愚行であることは互いに同じ認識。

「はぁ~」と溜息を吐いたリョーガは、少し遠い目で湖を見下ろす。


「それにしても最悪な展開だぜ。せっかく誰も来ない水中で10分過ぎるの待ってたのによぉ、管理者に囲まれるとか聞いてないっての」


「え、リョーガは最初から湖の中で待ってたの? 今更言っても意味無いけど、ルール的に失格じゃない?」


「バーカ、10分後にステージに残ってればOKとしか言われてねーよ。時間ギリギリで水中からステージに戻れば問題無い。馬鹿正直にあの花嫁や青鬼と戦うのは、間抜け野郎のすることだ」


「ふむ、言われてみれば一理あるかも。リョーガって、ロンズより頭良いんだね」


「それは褒めてるのか? ったく、相変わらず可愛くないなテメェは」


「可愛いと思って貰う必要が無いからね」


 そもそもの話。

 可愛いとか可愛くないとか、カッコ良いとかカッコ悪いとかどうでもいい。


 『五芒星ビッグファイブ』:暴食のグラトニーに勝てるかどうか、それがボクの全て。

 完敗したあの日から、何処まで這い上がれるかがボクの生きる意味で――と、今はそこに思考を費やしている場合ではない。


(橋に着いてから随分と走ってる気がするけど……まだ対岸に着かないのか?)


 ロンズの脚と橋の長さを踏まえれば、海鱗シーガ族のリョーガが出てきたくらいで渡り切っていてもおかしくない。

 それからさっきの会話を挟んでの今なので、まだ左右に湖が見える光景はおかしい様に思えるが……。


「よっと」


 背中にぶら下がっているせいで上手く前が見えない、ので。

 彼の肩から顔を出して前を確認し――驚愕。


「へ? “全然前に進んでない”んだけど……?」


「あぁ? テメェ何を言って……は? マジで全然進んでねーじゃん」


 ボクに続き、後ろ向きで滑っていたリョーガも前を見て驚愕。


「ちょっとロンズ、これはどういうこと?」


 3人の中で唯一前を見ていた彼に尋ねると、「ようやく気づいたか!!」とロンズが叫ぶ。


「そうなんだ!! さっきから走っても走ってもッ、一向に“向こう岸へ辿り着かないんだ”!!」

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