86話:『影法師《ザ・シルエット》』

「イヴァン、結局出て来るんだ?」


「流石にスルー出来る状況じゃねーだろ。あと、イヴァン“さん”な?」


 『血婚祭典ブラッディフェスタ』に管理者が現れ、会場中がパニックとなる最中。

 宙に浮かぶ大岩に乗って登場したのは、ボクが所属する『秘密結社:朝霧あさぎり』の先輩(自称)だった。


 色々あって今回は「出場しない」方針を取っていたが、結果的にはこうやって出てきた形となるも、これは正直致し方ないだろう。

 先ほどイヴァンは拡声器の男を「バンズバース」と呼んだが、その名前には聞き覚えがあった訳で……。


「あの拡声器の人、イヴァンの昔の知り合いか。通りで何処かで見たような気がしなくもないと思ったよ。ハンバーグの人ね」


「だからバンズバースだって何度言えば――いや、そんなことはどうでもいい」


 今、この会話の間にも。

 客席では逃げ回る無法集団アウトライブを管理者が追いかけ、ステージでは花嫁と青鬼が参加者を蹂躙しており、呑気に立ち話する様な状況にはない。


 それは彼も同じか、拡声器の男:バンズバースが忌々し気にイヴァンを睨む。


「『手を出すな』と、俺はそう忠告した筈だが?」


「そっちが先に手を出したんだろう? 俺には“町の治安維持部隊”とか言っておきながら、まさかテメェが管理者になっていやがったとはな。どういう心変わりだ」


「俺にも色々あるのさ。いつまでも小銭稼ぎの毎日じゃあ生きていけねーだろ」


「そうかい。まぁ実のところお前の境遇にさほど興味は無いが、それでも一応聞かせて貰う。この『血婚祭典ブラッディフェスタ』は全部仕組まれた祭りってことでいいのか? しかばね銀行バンクが『世界管理局』に協力することで、今までやって来た裏社会とのビジネス、その罪を免除されるって流れか?」


「いや、違うな。『しかばね銀行バンク』は元々“『世界管理局』が作った企業”だ。裏社会の金の流れを把握する為にな」


「……マジか、流石にそのパターンは考えていなかったぜ」


 イヴァンが本気で驚いているのは最初の「間」でわかる。

 というか、正直ボクも驚いていた。


(管理者が無法集団アウトライブ諜報員スパイになるってパターンは想像出来るけど、まさかその為に企業まで作るとは……。実際にお金を貸したりもしていた筈だけど、管理局が無法集団アウトライブに出資していいのか?)


 という当たり前の疑問は、当然ながら全て織り込み済みなのだろう。

 ボクがパッと思いつくようなリスクは管理局側も考慮した上で、それでもこの計画にGOサインが出ている訳で。

 そして、その事実を呆気なく公表したバンズバースの態度からイヴァンは察する。


「つまり“こういう事”か。――裏社会の金の流れを把握するという『しかばね銀行バンク』の役割は既に終わった。そんで会社を畳む前に、悪党を釣って一網打尽にするのが今回の『血婚祭典ブラッディフェスタ』。テメェ等管理者共は『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』を偽り、マゼラン日誌のページ欲しさにノコノコ集まった連中をとっ捕まえる、と」


「ご名答。全て理解出来たらな、このまま大人しく捕まってくれ」


「残念だが、それは到底聞き入れられない話で――」



「おいお前等ッ、一体何の話をしている!? 今のはつまり、どういう事だ!?」



 大声で話を遮ったのは、言わずもがな鉱石ゴーレム族のロンズ。

 イヴァンとバンズバースが全て説明してくれたと思ったけれど、残念ながら彼には理解出来なかったらしい。


「ロンズ、あとでボクが教えてあげるから今は黙ってて。話の邪魔だから」


「むッ、それは悪かった!! しかし黒ヘビッ、教えてくれるなんていい奴だな!! 教えてくれるお礼に後で戦ってやるぞ!!」


「えっ、あ~……それは遠慮しとくよ」


 彼とボクとでは随分と価値観が違うらしいが、とりあえず今は邪魔しないでくれることを祈るのみ。


「それよりイヴァン、これからどうする?」


「決まってんだろ、逃げるんだよ」


「だよね」


 得る物ページが無いならこれ以上留まる意味も無いし、事前の打ち合わせでも「万が一の時は逃走」と決めていた。

 イヴァンの指示に従う訳ではなく、予定通りの逃走を開始しようとするも――


「えッ!? (足が、動かない……ッ!!)」


 逃げようとするボクの意思に反して。

 まるで石になったかの様に、この足がビクとも動かない。

 それを好機と捉えたか、バンズバースが拡声器(銃)をこちらに向ける。


 銃声ドンッ


 躊躇うことなく放たれた弾丸。

 それを咄嗟にナイフで弾き、改めて逃げようとするも、やはり足が動かない。


「何だッ、一体何が起きてる? 何で動けないんだ!?」


「後輩ッ、影だ!! 自分の影を見ろ!!」


「影?」

 言われるがまま足元に目を落とし、驚愕。

「コレはッ……(影が縫い付けられている!?)」


 服に縫い付けたワッペンの様に。

 ボクの影が「黒い糸」で地面に縫い付けられていた。


 普通なら夢かと目を疑う光景も、この場に“魂乃炎アトリビュート”所持者が居れば夢ではない。 

 イヴァン曰く。


「『影法師ザ・シルエット』――それがバンズバースの“魂乃炎アトリビュート”だ。自分の影を操ることで己のシルエットを自在に変え、相手の影に干渉することも出来る」


「なるほど」


 つまりさっきは、というか今も。

 普通は身体が動くことで影が変化するけれど、影が固定されたことで身体の動きが封じられるという「逆転現象」が起きている訳だ。


「おいイヴァン、ネタ晴らしはこのガキを捕まえた後にしてくれ」


 バンズバースが不満の声を上げるも、そこに焦りの色は無い。

 己の実力に自信がある表れだろうが、ネタ晴らしがあっても理解していない者が居る訳で……。


「何だッ、俺の身体も動かないぞ!? おい黒ヘビッ、どうなってるんだこれは!?」


「あー、うん。今まさにその話をしてたんだけどね。まぁロンズにはあとで詳しく教えてあげるよ」


「そうかッ、すまんな!! お礼に後で戦ってやる!!」


「遠慮しておくよ」


 本日2回目の「NO」をロンズに突きつけたところで、バンズバースが動く。


「“斬脚ざんきゃく”」


 鋭い蹴り――その軌道から生まれた斬撃!!

 影を縫われて動けぬボクに斬撃が迫るも、このままやられてやる義理は無い。


(身体が動かなくても、地獄の熱は扱える……ッ!!)



 “爆炎地獄ばくえんじごく



 ドンッ!!

 ナイフの先端から爆炎を放ち、強制的に「光源」を生み出した。

 結果、縫い付けられていたボクの影が消え去り、自由を取り戻した身体で斬撃を避ける。


「っと、危ない。もう少しで首が無くなるところだったよ」


「チッ、爆発の光で影を消したか。爆弾なんて何処に隠し持っていやがった?」


 先程までボクの影を縫い付けていた「黒い糸」を自分の足元に戻し、こちらをいぶかしむバンズバース。

 彼に答えを教えてあげる訳もなく、静かに右腕の黒ヘビを構える。 


「“黒蛇クロノ――”」


「相手するなッ、さっさと逃げろ!!」


 すぐさま反撃と黒ヘビを伸ばすも、イヴァンの一喝で中断。

 正確を期すと、黒ヘビはバンズバース目掛けて伸ばしたものの、イヴァンの乗る大岩に邪魔された形となる。


「何で止めるのさ?」


「自惚れんな、バンズバースはお前が勝てる相手じゃない。下手すりゃ俺等2人、マジで掴まる羽目になるぞ」


「ッ――」


 肝が冷えた。

 腐ってもボクに勝った組織の先輩(自称):イヴァン。

 そんな彼にここまで言わせる相手がバンズバースという男なのだ。


 感情のままに立ち向かったら、腹を貫かれて死にかけた螺旋山でのピエトロ戦、その「二の舞」になり兼ねない。


(イヴァンと同格、下手したらそれ以上の相手と、管理者に囲まれたこの場で戦うのは愚の骨頂でしかない……か)


 元々、逃げることが最優先。

 それを改めて自覚し、ボクはすぐさま大男に声を掛ける。


「ロンズ、ここに居たらマズいッ。今は一時休戦ってことで、協力して逃げよう!!」

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