85話:大混乱

『全員、その場を動くなッ!!』


 ――この言葉を合図に。

 観客の半分以上が、ステージ目掛けて“一斉に銃を構えた”。


 先の指示に従う訳ではないが、あまりに急な展開過ぎて、吃驚した結果でボクの動きも止まる。


(え、何事? あの人達、確か『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』の応援団だよね?)


 客席で銃を構えたのは、腰までしかマントが無い変わったデザインの服を着た2000人程の集団。

 記憶が確かなら、『五芒星ビッグファイブ』の一画:『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』の応援団だった筈だ。

 その中の一人が拡声器を手にしているので、先ほど「動くなッ!!」と言い放ったのは彼に間違いないだろうが……。


(ん? なんかあの顔、何処かで見たような気がしなくもないけど……駄目だ、思い出せない)


 人の顔を覚えるのは苦手というか、むしろ得意な人なんて居るの? って話。

 まぁそもそも、あまり覚えようとしていないので仕方ないのかも知れないけれど、ともあれ。


「おいッ、何してんだテメェ等!? せっかくの祭りに水を差すんじゃ――」


 銃声ドンッ


「「「ッ!?」」」


 客席の一人が野次を飛ばすと、問答無用で“撃たれた”。

 弾丸を放ったのは拡声器を持った男性で、その拡声器は「銃」の役割も担っていたらしい。

 拡声器から立ち昇る白煙を男性が「ふぅ~」と吹き飛ばし、それから改めて拡声器で告げる。


『ったく、だから動くなつったのによ。馬鹿はコレだから……あー、花嫁と青鬼、聞こえるか?』


『聞こえていますよ。止まっているんですから見ればわかるでしょう? 馬鹿なんですか?』


 ステージにいる花嫁が、マイクハンドを手に答える。

 その口ぶりから察するに、どうやら彼等は知り合いのようで、拡声器の男性は「チッ」と聞こえる舌打ち。


『相変わらずお前は口が悪いな。つらは良いんだからよ、口と性格を直せば男も引く手あまただろうに』


『余計なお世話です。それに今の台詞、セクハラとモラハラと誹謗中傷で訴えますよ。中途採用も慎重にすべきと“上”に報告しておきます』


『止めとけ、俺の査定に響くだろ。ただでさえ安月給の中で頑張ってんのによぉ』


『御託はいいので、さっさと次のフェーズに入って下さい。“人の楽しみ”を途中で奪っておいて、安月給に見合う仕事も出来ないんですか?』


『はぁ~、可愛い後輩に恵まれねぇなぁ俺は。――でも、まぁいいさ。“今回の一件”で、俺の査定もうなぎ上り確定だ。っつー訳で』


 拡声器の男性がここで一息つき、それから告げる。



『この場に居る悪党全員、俺達『世界管理局』が身柄を確保する』



「「「ッ!?」」」


 会場全体が驚く中、当然ながらこの展開はボクにも想定外。


(どういうことだ? 『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』が『世界管理局』……? 五芒星ビッグファイブの一角じゃないのか? それに花嫁と仲間ってことは、この『血婚祭典ブラッディフェスタ』は一体……)


 理解に苦しむ事態だが、それでもわかっていることがある。

 このままジッと黙って動かなかければ、彼等に身柄を拘束されるのは確実。

 それはこの会場に居る全員が理解出来ているのか、当然なら「動くな」という命令に反して、動く。


「逃げるぞお前等!! 管理者と戦うなんざ御免だ!!」

「くそッ、奴等『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』の名を偽って身分を隠してやがったのか!?」

「汚い手を使いやがって!! 『しかばね銀行バンク』は何処まで関わってるんだ!?」

「考えるのは後だッ、とにかくこの会場から逃げろ!!」


 あっという間に大混乱。

 客席から逃げ出す無法集団アウトライブの面々と、容赦なく銃撃する“管理者達”。

 先程まではステージの戦いを見守っていた観客の面々が、今度は命を狙われる立場に早変わり。

 拡声器の男が「はぁ~」と溜息を吐く。


『やっぱこうなるか。動くなっつって、本当に止まってくれたら仕事も楽なんだけどな。――おい、ステージに居る悪党共。テメェ等も出来れば動いてくれるなよ?』


 言うな否や。

 拡声器の男は大きく跳躍し、開始時とは大きく形の変わったステージ中央に着地。

 すぐさま近くの参加者に拡声器 = 銃口を向け、堪らず逃げ出した参加者達を花嫁が斬り付け、青鬼が潰して吹き飛ばす。


 蹂躙――そう言っても過言ではない光景を背に。

 彼は冷めた瞳でボクを見て、その後にジロリと鉱石ゴーレム族の大男:ロンズを見据える。


「さぁて、お前等“ちょっとは骨のある組”は、俺が直々に懲らしめてやるか。青鬼はともかく、あの花嫁にはちと荷が重いからな」


「余計なお世話です!!」と参加者を斬り捨てながら叫ぶ花嫁を無視し。

 喧嘩を売られた大男が叫ぶ。


「何だお前ッ、俺と勝負したいのか!? 俺はロンズ!! 世界最強の漢を目指す最強の漢だ!!」


「おーおー、ご丁寧な自己紹介どうも。だが、自己紹介して貰わなくても既にお前のことは知っている。次世代ルーキーの筆頭株、大剛腕のロンズ。懸賞金は“10億2800万G”だったか?」


(ッ――10億越え……ッ!!)


 通りで強い筈だ。

 5億だった鬼姫の倍で、1億のボクと比べたら10倍。

 当然ながら知名度の差はあるだろうし、金額がそのまま実力を現している訳ではないとわかってはいても、純粋に二桁億は凄い。


「何だお前ッ、俺のこと知ってるのか!? っていうか、お前誰だ!? 『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』の人間じゃないのか!?」


「ははっ、脳筋頭ってのは本当らしいな。嫌いじゃないが、立場上見過ごす訳にはいかなくてね。大人しく投獄されるなら命の保証はするが、どうする?」


「決まっている!! 漢は拳で語り合うモノだ!!」



 ブンッ!!



 一気に距離を詰め、拡声器の男を殴りにかかるロンズ。

 しかし、彼の拳が空を切る。

 ロンズの拳が当たる直前で、拡声器の男が“地面に沈んだ”のだ。


 そして彼が沈んだ地面から――そこに生まれた重油の如き「黒い影溜まり」から、“人間大の黒い鉄鎚かなづち”が飛び出す!!


「ぐッ!?」


 珍しく、否、初めて、ロンズが苦し気な声を上げる。

 黒い鉄鎚かなづちが彼の腹に命中し、岩のような腹筋にヒビが入ったのだ。


 しかもそのヒビからは、花嫁では出すことが出来なかった「赤い液体」まで流れ出ているが……それでも彼は歯を食いしばり。

 黒い影溜まり目掛け、ロンズが拳を振るう。


「“拳骨げんこつパンチ”!!」


 爆発の様な衝撃ドカンッ!!


 耳を疑う爆音が響き、黒い影溜まりが飛び散るも、すぐに集まって1つに戻る。

 そして1つに戻った影溜まりから、幽霊の様にぬ~っと拡声器の男が姿を現した。

 当然、男の胸には“魂乃炎アトリビュート”が灯っており、腹から血を流すロンズを見てニヤリと口角を上げる。


「ほ~う、さっきの一撃を耐えるか。流石は10億越えのルーキーだな」


「当たり前だ。この程度で倒れる俺じゃない」


「だろうな。しかし、その言葉には覇気が無くなっている様に思えるが、まだこの無意味な戦いを続けるか?」



「――無意味と思うなら、お前が退け“バンズバース”」



「ッ!?」


 答えたのはロンズではなく、ボク等の頭上に“浮かんでいた人物”。

 直径2メートル程の「丸い岩石」の上に、自称「ボクの先輩」を名乗る男が憮然とした表情で立っていた。


 対して、必然的に見上げる形となった拡声器の男は、舌打ちの後に忌々し気に睨み上げる。


「やはり邪魔するか、イヴァン……ッ!!」

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