83話:ロンズ VS 花嫁 / ドラノア VS 青鬼

 結論から述べると“浅かった”。

 花嫁の手刀が、鉱石ゴーレム族の大男:ロンズの硬い皮膚を傷つけたものの、それは僅かに腕の表皮を削っただけ。

 太刀筋こそ薄く残っているものの、ロンズが悲鳴を上げるには程遠い。


 しかし、それでも傷は傷。

 ロンズは立ち止まり、己の腕に刻まれた浅い跡を見て――笑う。


「ハッハーッ、やるじゃないか花嫁!! 女にしては悪くない太刀筋だ!!」


「……呆れた硬さですね。切断するつもりで斬ったのですが、まさか血の一滴も出ないとは」


「当然だ!! 世界最強の漢を目指す最強の俺は、この程度の太刀筋で血など出ん!! まぁ悪くは無い太刀筋だがッ、悪くないだけだな!!」


「………………」


 挑発的なロンズの発言に、眉を不機嫌に歪める花嫁。

 今回は「血が出たらアウト」というルールなので、例え斬られても血が出なければ問題無い。

 まぁ普通は「斬られる = 血が出る」という公式だが、それが当てはまらない相手もこの世には居るということか。


 その場合、花嫁がどう出るのかが見物だな、などと悠長に観戦している暇は無い。



 薙ぎ払いブンッ!!



 見るからに痛そうな“金棒”で、「青鬼」がボクを狙って来た。

 当然ながらその一撃は避け。


「ちょっとッ、何で血も流してないのにボクを狙うのさ!?」


 軽い怒りを込めつつ。

 お返しとばかりに、青鬼目掛けて風の刃を放つ。



「“鎌鼬かまいたち”」



 かくして、ボクが放った斬撃を目掛け――青鬼も金棒を振るう。



「“鎌鼬かまいたち”」



「なッ!?」


 斬撃と斬撃のぶつかり合い!!

 甲高い金属音が鳴り響き、互いの斬撃が逸れて互いにノーダメージに終わったが、こちらの驚きは終わっていない。


「どうして、ボクと同じを技を……?」


「なんば言いよるか。鎌鼬かまいたちは元々“オイの兄貴”が得意にしとった技ど」


「アンタの……兄貴?」


 鼓動ドクンッ

 心がざわつき、嫌でも覚えたその予感。


(地獄の鬼族で、ボクと深い関りがあるとすれば……それは鬼姫か、もしくは“あの人”しかいない)


 それも「兄貴」と口にしている以上、鬼姫の線は消え、残る可能性はただ1つ。

 4000年にも及んだボクの地獄生活において、脱獄しようとしたボクを7回も殺し、だけど最後はボクに殺された真っ赤な巨体の持ち主。


「まさかアンタ……『赤鬼の極卒』の“弟”か?」


「――正解ど」



 叩き付けズンッ!!



 青鬼の金棒が、コンマ数秒前までボクが居た地面を抉る。

 先に暴れたロンズの一撃と合わさり、最早この辺りはまともな足場が無い状態。

 それでも、巨体のリーチを活かして青鬼がボクに迫る!!


「兄貴の仇ば、ここで討つど」


「いや、ちょっと待って!! 色々と疑問があるんだけど!?」


「問答無用」


 蹴りブンッ!!

 振り下ろしズンッ!!

 斬撃かまいたち!!


 繰り出される攻撃を全てを避け、ボクは叫ぶ。


「ちょっと待ってよ!! 確かにボクは赤鬼を倒したけど、それは八大地獄の中での出来事でしょ!? 地獄時間での翌日には復活した筈じゃあ――」


 いや、違うのか?

 八大地獄で死んだ咎人を復活させていたのは、他の誰でもない赤鬼の極卒。

 その彼が死んだ場合は復活のしようがない……のか?


「まさか赤鬼は、あの日に死んだの?」


「いや、次の日に復活したど」


「じゃあいいじゃん!!」



 “黒蛇クロノ喧嘩首ネッキング



 ボクを焦られた、そのお礼!!

 黒ヘビを伸ばし、しならせた一撃で青鬼を吹き飛ばそうとするも、彼はすかさず金棒で応戦。

 力のままに黒ヘビを弾き返し、そのままの勢いで太い金棒から斬撃を放つ!!


「“鎌鼬かまいたち”」


(くッ!!)


 もう一度斬撃を放つ暇は無い。

 一瞬だけナイフで受け止め、軌道を逸らし――きれない。


(駄目だッ、このままじゃ押し負ける!!)



 “爆炎地獄ばくえんじごく



 ドンッ!!

 ナイフの先端から爆炎を放ち、無理やり斬撃を弾いた。


 結果――斬ッ!!

 スタジアムの壁が大きく抉れ、青鬼が「むっ」と眉根を寄せる。


「今のを捌くか、ちっこいのに中々やるど」


「そりゃどうも。アンタのお兄さんにも、確か最後は褒められたよ。……ところで、どうして“管理者の弟”がこんな場所に居るの? お兄さんと違って進む道を間違えちゃった?」


「安心するたい。お前よりは道を間違えとらんど」


「……言ってくれるね」


 無表情で答えた青鬼と、挑発されて不機嫌になったボクの「中間」。

 そこを、血に染まったウェディングドレスを纏う花嫁が矢の様に通り過ぎ、目にも止まらぬ速さで“手刀から斬撃を繰り出す”!!


 狙いはボクではなく、彼女の視線の先に構える鉱石ゴーレム族の大男:ロンズの「口」。



 衝突ガキンッ!!



 直撃したが、今度は傷すら付かない。

 飛んで来た斬撃を、ロンズが“歯で受け止めた”のだ。


「ハッハーッ、外が無理なら“中”を狙うか!! 良い目の付け所だがッ、残念だったな花嫁!! 最強な俺は歯も最強だ!!」


「化け物め……腐っても次世代ルーキーの筆頭株は伊達ではないようですね」


「安心しろッ、俺は鉱石ゴーレム族だから腐らん!! 死んでも石化するだけだ!!」


「そうですか。生憎、頭の中は腐ってるようですが?」


「何だと!? お前ッ、俺の頭の中が見えるのか!? 羨ましいな!!」


「……はぁ~、馬鹿の相手は疲れます」


 やれやれと、話にならないとばかりに首を振り。

 それから花嫁はステージ外に目を向ける。

 客席の一角に設けられ時計は、鬼ごっこ開始から3分経過した事実を告げていた。


「全く、とんだ馬鹿者のせいで残り7分しかありません。これは他を狙った方が賢明ですかね」


「おい花嫁ッ、もう終わりか!? もっと俺と楽しもうぜ!! 黒ヘビとの前哨戦には悪くないぞ!!」


「くッ、この私を前哨戦扱いとは……ここまでの屈辱は初めてです」


「何だッ、怒ったのか!? じゃあその怒りを俺にぶつけてみろ!!」


「生憎ですが、アナタと遊ぶには時間が足りませんので。大人しく黒ヘビと潰し合ってて下さい」


「そうかッ、残念だ!! 時間は大事にな!!」


「……チッ」


 ロンズの言動に苛立ちを隠せない花嫁だが、それでも彼と戦うのは諦めたらしい。

 一足飛びで彼と距離を取り、青鬼の元に合流する。


「青鬼、残念ですがこの二人は“後回し”です。他の参加者を減らしましょう」


「………………」


「青鬼? どうかしましたか?」


「……いや、何でもないど」


 私怨を優先して花嫁の命令(?)を無視するのかとも思ったが、最終的にはボクから視線を逸らした。

 そのままゆっくりと遠ざかるも、だからと言ってコレで「終わり」とはならない。


(諦めてくれたのはラッキーだけど……なんか昨日から“中途半端な戦い”が多いな)


 誰かに絡まれ、仕方なく戦い、決着が付く前に戦いが終わる。

 面倒事が早めに終わるのはいい事だけれど、問題を先送りにしている様な罪悪感と、何とも言い難い不安が残っているのも事実。

 それぞれに事情があったにせよ、総括してこんな感想を抱かずにはいられない。


 “何だか、実力を計られている様な……”。


 遠ざかる青鬼の背中を眺めつつ、そんな想いを胸の内に秘めた時。

 ふと立ち止まった青鬼が、こんな置き土産を残した。


『お前の脱獄は、間もなく終わるど』

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