81話:虐殺『鬼ごっこ』

 橋を渡り、直径70メートルの小島に男達がぞろぞろと上陸。

 その数「117名」――エントリー者が全員が降りて来て、各々が武器を手に、小島の中央に立つ「血塗られた花嫁」に視線を向ける。


『“鬼ごっこ”の開始は5分後です。これからルール説明を致しますので、今の間に場所取りでもしながら聞いて下さい』


 むさくるしい視線に怯むことなく、花嫁はハンドマイクを手に「ニコッ」と笑顔。

 今日初めて見せた可愛らしい笑みが、明らかに狂気を孕んだモノであることは疑うまでも無い。


『あ、ルール説明の前に申し上げておきますが、“私より弱い男性と結婚するつもりはありません”。また、今日集まった全員の実力が私に劣っていた場合――いえ、『しかばね銀行バンク』と本気で提携する気があれば、その程度の者を寄越す筈がありませんね。私よりも強い殿方と結婚出来ることを楽しみにしています』


 いけしゃあしゃあと宣言する花嫁に対し、舞台に上げられた周囲の人々は苦々しい顔をしている。

 まぁどのみち、ここでそんな表情になる人間は彼女の眼中に無いだろうし、数えるのに両手で足りる程度の実力者が今回の花婿候補か。


『それではルール説明ですが、先程も申し上げた通り、これから10分間“私が皆さんを斬って回ります”。斬られた者はその場で脱落・退場です。僅か一滴でも血が出たものは“強制退去”となりますので、その心積もりでお願いしますね。――そして10分後、私に斬られること無くこの島に残っていた者で「決勝戦」を行います。皆さん、私の花婿を目指して頑張ってください。……さて、基本のルール説明は以上ですが、何か質問はありますか?』


 困惑収まらぬ舞台ステージ上の人々に向け、彼女は届きもしないハンドマイクを向ける。

 当然、誰の声もそのマイクには届かないが、それでも大声で質問をする者達がチラホラと。


「他の連中を斬ってもいいのか!?」

「アンタに反撃していいのか!?」

「自分で怪我しちまった場合は!?」


『あら、乗り気な方々が意外といらっしゃいますね。私とても嬉しいですよ』


 再び笑みを浮かべ、それから彼女は質問に答えた。

 覚えるのも面倒なので詳細は省くが、要するに花嫁が言いたいことはこうだ。


『私、素敵な殿方と浜辺で“鬼ごっこ”するのが夢だったんです。どうか皆さん、私の夢を叶える為に“何でもありの『鬼ごっこ』”を死に物狂いで生き延びて下さいね。あまり沢山の死人が出るのは私も哀しいですよ? あくまでもこれは、私の花婿を決める為の“お祭り”ですから』


 これの何がお祭りか。

 とんだ祭りがあったものだと、この場に居る全員が思っただろう。

 でも、例えどんな祭りだろうと「花嫁」という神輿をここまで担ぎ出されてしまえば、最早始まらない訳にはいかない。


 その始まりを自ら告げる花嫁が、ハンドマイクを片手に叫ぶ。


『それでは只今より――「鬼ごっこ」スタートです!!』



 ■



「さてと、まずは10分間逃げ切るか」


 舞台ステージとなった小島の端っこで、ボクは中央にいる花嫁の動向を注意しつつ、何処へ逃げるかを見極める。


 既に始まってしまったこの祭りに、後戻りの文字は無い。

 最低でも10分。祭りとして考えれば圧倒的に短いものの、命のやり取りを行う10分間だと思えばそれなりに長い時間だ。

 まぁ100人以上が居るこの小島で、人を斬って回る側からすれば10分は短いかも知れないが……。


「オラッ、俺を斬ってみろよ花嫁!! どうせさっきのホッグ戦は“やらせ”だろう!? 女なんざ返り討ちにして――ぎゃぁぁああああ!?」


 開始10妙と経たない内の出来事。

 中指を立て、花嫁を煽った血気盛んな男性が斬られた。


 その立てた中指の、右手首から先を丸ごと。

 花嫁の“手刀”で。


「ッ〜〜!! この糞女くそアマがぁぁああ!! よくも俺の右手を……ぶっ殺すぞッ!!」


「はぁ、何を逆切れしているのですか? 私に反撃したら容赦なく斬ると、先ほど追加でルール説明したでしょう。聞いていなかったのであれば、悪いのはアナタですよ。――あと、斬られたからにはさっさと退場しないと“強制退去”になりますが?」


「あぁ!? テメェ何を言って――」


 着地ズンッ!!


 突如、男性の前に「新顔」が現れた。

 4メートル級の大男、それも“2本の角を持つ大男”が、客席から湖を跳び越えて小島に着地したのだ。


(地獄の極卒!? ……いや、別人か)


 一瞬、地獄の管理者だった「赤鬼の極卒」――脱獄の際にボクが斬った赤鬼かと思ったけれど、違う。

 筋骨隆々な肉体は似ているけれど、こちらは肌の色が“青い”し、そもそも管理者の赤鬼がこんな場所に居る筈も無い。


 恐らく、この青鬼も「鬼姫」と同じだろう。

 地獄の鬼族だけど管理者にはならず、裏社会に生きる日陰者……と、ボクが勝手な考察をしている間。


 青鬼はおもむろに金棒を振りかぶり。

「え?」と目を疑う動けぬ男性に向け、振るう!!


 殴打ぐちゃ


 嫌な音が鳴り、その勢いで吹き飛ばされた男性は湖に着水。

 盛大な飛沫を上げた彼の身体が、水面に浮かび上がることは二度と無かった。


「あーあー、だから早く退場した方が良いとアドバイスしてあげたのに……残念」



「「「――うわぁぁぁぁああああ!!!!」」」



 当然の流れか。

 肩を竦めた花嫁――彼女と距離が近かった者達が、一目散で走り出す。


「何だよ今の!? 地獄の鬼族が出て来るなんて聞いて無いぞ!?」

「くそッ、花嫁に斬られて動けなきゃ終わりじゃねーか!! どうせ斬られるなら島の端っこだ!!」

「あぁ!! 青鬼にぶっ飛ばされる前に湖へ逃げるんだ!! それしか俺達の生き残る道は――ぐわぁぁああああ!?」


 逃げる背中は無防備そのもの。

 花嫁に追いつかれた男性が斬られ、近くに居た男性が更に斬られる、その連鎖。

 秒ごとに悲鳴と犠牲者が増え、自己退場出来なかった者は青鬼によって湖へと沈められる。


(アレが“強制退去”か……もうほとんど虐殺だね)


 ここが平和な街中ではなく、『血婚祭典ブラッディフェスタ』の会場でよかった。

 基本、ここに居るのは全員が悪人で、無理にあの虐殺を止める義理も無い。


 ただ、「祭り」で行うゲームにしては、少しばかり一方的過ぎるというか、流石にあの二人が強過ぎる。


「ま、それでもボクが負ける相手じゃなさそうだし、引き続きこのまま様子見でいいかな」


 改めてだが、会場となった小島のサイズは直径70メートル程。

 花嫁があのペースで参加者を斬っていけば、10分後に生き残っているのは間違いなく1桁人だろう。


 別に力比べをしに来た訳でもないので、その1桁の中に入れば問題無い。

 と、そう考えているボクとは違う考えの輩も居る訳で……。



「世界最強~~ッ」



(ッ!?)


 声と殺気が同時に来た。

 慌てて振り向いた先には、拳を構える鉱石ゴーレム族の大男。



「“拳骨げんこつパンチ”!!」



 衝撃ドゴンッ!!


 この一撃で、小島が割れた。

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