80話:鮮血の花嫁

 無法集団アウトライブ山剥やまはぎの頭目、1億の首「ホッグ」に向けて。

 水着のウェディングドレスという、見ようによっては“ふざけた衣装”の花嫁がハンドマイクで告げた。


『彼方には本番前の“前哨戦”として、これから私と殺し合いをして貰います。――ですが、その前に1つ取引をしましょう』


「……取引?」


 只でさえ物騒な「殺し合い」という発言。

 そこに乗っかる怪しい話に、頭目:ホッグは訝し気な視線を向けざるを得ないが、花嫁は至って涼しい顔。


『取引内容は至ってシンプルです。これから私と殺し合いを行って、もし彼方が私の身体に“たった一太刀”でも入れることが出来れば、これまでの愚行は全て許しましょう。管理局にその身を引き渡すこともなく、他世界へ逃亡するまで、ここに居る誰にも邪魔させないと約束します』


「ハッ、馬鹿言え。どうせ嘘に決まってる」


『おや、銀行の娘がこんな大勢の前で嘘を吐くとでも? そんなことをすれば提携の話は台無しですよ。信頼の無い組織に価値などありませんからね』


「………………。……テメェ、本気で言ってんのか?」


『勿論。ここに居る全員が見届け人です』


 静寂――後にどよめき。

 予期せぬ花嫁の言葉に観衆も戸惑っているが、だからこそ「本気」なのだと頭目:ホッグは理解する。


「いいぜ、やってやるよ。何のつもりか知らねぇが、血ィ吹いて泣き喚いても知らねーぞ?」


『いい返事ですね。それだけ血の気があれば十分でしょう』


「……舐め腐りやがって。世の暗がりを知らねぇボンボンのガキがッ」


 舌打ちし、頭目:ホッグが橋の欄干らんかん(柵)を乗り越えて小島に着地。

 対する花嫁が橋を渡って小島に降り立つと、周囲を覆っていた暗闇が晴れ、直径70メートル程の小島が今一度その姿を露わにする。

 全体的になだらかな地形で起伏も少なく、あまり身を隠せるような場所も無い。


『さて、それでは始めましょうか。あまり皆様を待たせても興が醒めますのでね』


「……後悔するなよ?」


『安心してください。後悔する暇は与えませんので』


 言って、花嫁がハンドマイクを天高く放り投げる。


 それを合図に、疾走!!

 水着のウェディングドレスをなびかせ、あっという間に島の中央へ。


 その間、頭目:ホッグもほとんど同じ速度で島の中央へ向かい、花嫁目掛けて「牛刀」を振るう!!


「うらぁッ!!」



 衝突ドンッ!!



 頭目:ホッグの牛刀と、花嫁の“素手”がぶつかり、止まった。


「は?」


 事態の理解が遅れた頭目:ホッグ。

 その一瞬の隙を突き、放たれた花嫁の“蹴り”が――



 斬ッ!!



 ――頭目:ホッグの首を斬り裂く。


 血飛沫ブシュッ!!

 鮮血が噴き出し、その勢いで飛んで行く頭目:ホッグの生首。

 身体を失った首はゴロゴロと地面を転がり、首を失った身体はしばらく血を吹いて花嫁のドレスを真っ赤に染めた。



「「「………………」」」



 客席一同、沈黙。

 それから徐々に、起きた事実に皆が口を開き始める。


「……お、おい、何だ今のは?」

「やらせか? 1億の首があっさりやられたぞ……」

「でも、やらせで首が飛ぶか? ホッグの野郎、マジで花嫁を殺しにかかってた様に見えたが……」

「じゃあ何だ? あの花嫁が、1億の首より強いってことか?」


 そんな疑問への答えか。

 先程投げたハンドマイクが回転しながら落ちて来て、それを何食わぬ顔でパシッと手にした花嫁が、血に染まったドレスに笑顔の花を添える。


『“前哨戦”はこれにて終了です。試合に出場予定の皆さんは、今すぐ橋を渡って小島に降りてきてください。今回の試合形式は――「鬼ごっこ」。この小島を舞台に、“私が鬼となって皆さんを斬ります”。制限時間は10分です。10分間私から逃げ切った者だけが、決勝ステージへ進むことが出来ます』


 ざわざわざわ……。

 今、初めて明かされた試合のルールに皆が動揺。

 腕に覚えのある者はともかく、お祭り感覚でエントリーした者達は皆揃って冴えない顔だ。


「マジかよおい……あんな女に勝てる訳ねぇだろ。俺は棄権するぞ」

「俺もだ。どのみち参加したところで、ロンズやリョーガには勝てねぇし」

「“参加するだけで金を貰える”って聞いたからエントリーしたが、こりゃあ出るだけ無駄骨だな」


「おーいッ、俺は棄権するぞ!!」


 誰か一人が声を上げれば、必然的に「俺も!!」「俺もだ!!」と皆が続く。

 客席のアチコチから棄権の声が飛び交うも、だからと言ってそれを耳にする花嫁が受け入れるとは限らない。


『――棄権? 何を言っているんですか。既に出場するという契約を交わした以上、エントリーした117名の出場は絶対です。もし一人でも出場しない場合、その組織は信用出来ない組織として“提携先の候補から除外します”』


「「「ッ!?」」」


『己が身可愛さに棄権した者は、各々が組織の“上の者”からたっぷりとお灸を据えられる事になると思いますが、それでもよろしければ止めはしません。――まぁ、組織の顔に泥を塗るより、私に斬られた方がよっぽどマシだと思いますけどね』


「「「………………」」」


 前方の虎、後門の狼。

 既に「棄権 = 組織への裏切り」という明白な構図が作られ、どちらを選んでも痛い目を見そうな状況に、誰も「撤退」の一歩目を踏み出すことが出来ない。

 ただ、それでも選ぶなら「花嫁」か。


『安心して下さい。皆さんの上司と違って、私は命までは奪いませんので』


 この場においては決定打。

 組織に背いて殺されるよりは、花嫁に斬られる方がまだマシ――ワンチャン逃げ切れる可能性もあると、男達は決めたくもない覚悟を決めたのだった。



 ■



 スポットライトを浴びた登場から、頭目:ホッグの斬殺、更には鬼ごっこの「鬼宣言」。

 目まぐるしく変わった花嫁のショータイムも一段落し、下の小島に向かってぞろぞろと降りてゆく他の者達を横目に、ボクは「ふぅ~」と呼吸を整える。


「いやー、とんだ花嫁が居たモノだね。親の都合で嫌々結婚させられる立場かと思ってたけど、あれは“筋金入りの戦闘狂”だよ」


「だな」と相槌を打ったのは先輩(自称):イヴァン。

「あの女、“魂乃炎アトリビュート”も無しに牛刀を素手で弾きやがった。並の鍛え方じゃあんな芸当は出来ねぇぞ」


「もしかしてさ、ロンズと同じ“鉱石ゴーレム族”なのかな。パッと見は普通のヒト族っぽかったけど……あ、小刀を隠し持っていたとか?」


「……さぁな。気になるなら本人に聞いてみろ」


「えぇ~、でも声かけた瞬間に斬って来そうじゃない?」


「そのまま大人しく斬られるつもりか?」


「まさか、斬って来るなら斬り返すよ。――あ、花嫁を斬っちゃ流石に駄目か。……駄目だよね?」


「………………」


 ボクの返事をどう思ったのか。

 イヴァンが冷めた目でこちらを見て、「さっさと行け」と言わんばかりに顎でクイッと下を指す。


 雑な命令でちょっとムカついた。

 けど、どのみち小島に降りなければ「棄権」扱いで終わりだ。

 『Ocean World (海洋世界)』に来た意味も無くなってしまうので、他の者達に続いてボクも客席を下りる。

 

 その後は橋を渡って小島に降り立ち――117名と花嫁による『鬼ごっこ』が幕を開ける。

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