78話:『移動型闘技場:セイレーン』

 ~ ロビーでの一件から間もなく ~


 お土産を届けてくれた鬼姫は、ボク等以外の他数人(恐らくは『闇砂漠商会』の仲間)とロビーで言葉を交わし、そのままの足でホテルを出た。

 何やら別ホテルに泊まったパルフェ達が開催する「パジャマパーティー」なるモノに誘われたらしい。


「全く、姫様は見かけによらず強引だね。困ったものだよ」と肩を竦めつつ、満更でもない顔で姿を消した彼女の懸賞金は“5億”。

 ボク(1億)より高いのは納得し兼ねるけれど、純粋な強さによる金額差でなく、露出の差だろうと納得する他ない。


 それよりも、ボクの興味を引いていたのは「自称:先輩」の名前。

 鬼姫が明かしたイヴァンの名――『イヴァン・A・メリーフィールド』について。


 それを問いただす為。

 受け付けで部屋の鍵を貰い、シングルベッドが二つ置かれた1205号室へ移動。

 すぐさま「それで?」と促すと、流石にスルー出来る案件ではないと思ったのか、ベッドに腰掛けたイヴァンが淡々と語る。


「別に隠してた訳でもないが、俺も『メリーフィールド孤児院』で育った身だ」


「やっぱりか。まぁこんな世の中だし、孤児院の出は珍しくも無いけど……でも、多分“別の『メリーフィールド孤児院』”だよね?」


「あぁ。ジジイから聞いた話だと、そっちは『ウィンストン・メリーフィールド孤児院』だろ? 俺はもっと南にある『ジャルム・メリーフィールド孤児院』ってところに居た。場所的にも年齢的にも、お前と顔を合わせたことは一度も無かっただろう。そもそも俺は、成人する前に孤児院を抜けたしな」


「え、まさかお漏らしがバレて逃げたとか?」


 そう揶揄からかうや否や、炎!!

 イヴァンの胸に“魂乃炎アトリビュート”が灯る。


「ちょっとちょっと、冗談が通じないの? 困った先輩(自称)だね」


「テメェが茶化すからだろ。ちっとは先輩をうやまえ」


うやまいたくなったらそうするよ。頑張って」


「チッ……ったく、マジでテメェは」

 ここで胸の炎を消し、イヴァンはゴロンッとベッドに横たわる。

「あーあー、あの鬼姫ガキのせいでしょうもない話をしたぜ。それよりも後輩、お前はどうするんだ?」


「どうするって何が?」


「明日だよ。『血婚祭典ブラッディフェスタ』の開催は明後日、予備日に取っておいた明日は完全オフだ。外に出たいなら出掛けてもいいぞ」


「う~ん、別に観光に来た訳でもないしなぁ。黒ヘビで試したいこともあるけど……観光地で人の目も多いだろうし、ホテルでゆっくりしてるよ。そっちは?」


「俺はもう少し情報を集める。『血婚祭典ブラッディフェスタ』に出るかどうかわからないが、ロンズ(鉱石ゴーレム族)やリョーガ(海鱗シーガ族)以外にもチラホラ名の知れた顔を見かけたからな。大会のレベルを把握しておかねーと」


「あー、それで言うと結局イヴァンは大会に出るの? 昔の知り合いに釘刺されてたけど」


 ここで改めて尋ねるも、彼は難しい顔を返す。


「……複製ページと出場リスクを天秤に掛けて、どちらに傾くか次第だ」


「あらら、イヴァンにしては随分と弱腰な発言だね。それだけあの知り合いの人を……えっと、誰だっけ。確かハンバーグみたいな名前の」


「バンズバースな」


「そう、その人を警戒してるんだね。まぁイヴァンが同格って言うくらいだから、相当な実力者なのはわかるけど……でも、バンズバースは『血婚祭典ブラッディフェスタ』に出ないんでしょ? だったらボク一人でも何とかなるよ」


「おーおー、大層な自信だな。お前がロンズやリョーガに勝てると?」


「大丈夫でしょ。油断しなければ何とかなる……かな?」


「頼りない後輩だな」


「まぁそこは何とかするよ。というより、何とかするのがボクの仕事でしょ?」


 その為に、という訳ではないけれど。

 もう“1段階上のレベル”を目指して、この1週間ちょっとした訓練をしていた。


 獣人族の少女:テテフの敵討ち――『Trash World (ゴミ世界)』でのピエトロ戦、一時は死にかけたあの時に見出した“可能性”を探っていたのだ。

 まだまだ会得しているとは言い難いレベルだけど、最低限は扱えるし、もう少しでコツを掴めそうな感じもある。


「次世代ルーキーだか何だか知らないけど、出て来る相手は全員ボクが倒すよ。こんな場所で負けるようじゃ、暴食のグラトニーを殺すなんて夢のまた夢だからね」



 ■



 ~ 翌日(完全休息日) ~


「さぁドラノア君、ビーチに行くぞ。キミは監視役だ」


「……え?」


 今日は丸一日休めるかと思ったら、何故か鬼姫がホテルの部屋まで迎えに来た。

 一度は断るも強引に連れ出され、結局はビーチで遊ぶパルフェ達の監視役。

 パラソルの下でビーチチェアに座り、女性陣を見守りながら、不貞腐れた顔で甘いモノを食べるだけの、無意味とも有意義とも言える1日を経て――。



 ■



 ~ 更に翌日:『血婚祭典ブラッディフェスタ』開催当日 ~


 商業エリアから金融エリアに繋がる橋を渡り、『血婚祭典ブラッディフェスタ』の集合場所に指定されていた「港」に到着。

 既に港の護岸には何百もの人間が集まっているが、当然ながら「会場」はこの港ではなく、港に接岸した船……ではなく“島”。

 中央に円形の建造物を有する直径200メートル程の島に、架道橋タラップを渡って大勢の人間が移動している。


「アレが『血婚祭典ブラッディフェスタ』の会場か。一昨日は無かったよね?」


「あぁ、今日の為にわざわざ運んで来たんだろう。興行用に作られた戦いの為の島――浮遊島を丸ごと改造した『移動型闘技場:セイレーン』」


 そう教えてくれた先輩(自称):イヴァン。

 今日も変わらず周囲からの注目、というか警戒の視線を浴びているけれど、あまり気にしても仕方がないか。


「あの中でボクが戦って、サラッと勝って複製ページを貰えば任務完了って訳だね」


「別に間違ってはいないが、敵を甘く見るなよ? どの組織も複製ページを欲しがってるんだからな」


「わかってるよ。でもさ、イヴァンが調べた限り、『五芒星ビッグファイブ』で参加してる組織って“2つ”だけでしょ? 鬼姫の『闇砂漠商会』と……」


「『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』」


「そう、その2つだけ。何で他の『五芒星ビッグファイブ』は参加しないの?」


「そりゃお前、単純に要らねぇページなんだろ。今回の『複製ページ』は事前に“ページの一部”が公開されてるからな。既に持っているページと被っていれば、わざわざ労力を割いて手に入れる必要は無い」


「なるほどね」


 言われてみれば納得。

 複製ページは数セット作られているという話だったし、『五芒星ビッグファイブ』ともなれば、今回景品となっているページが手持ちと被る可能性は十二分にある。

 無論、複製ページを独占して他組織の収集を邪魔する手法も考えられるが、そこは資金や兵力とのトレードオフであり、今回は「不参加」に天秤が傾いたらしい。


(こうなると、ボクの敵になりそうな人物も大分絞られるね)


 鬼姫が不参加の『闇砂漠商会』からは、ナンバー1ホストの海鱗シーガ族:リョーガ。

 一昨日の夜にロビーで会った、何処にも属していない鉱石ゴーレム族:ロンズ。

 そして最後は、『五芒星ビッグファイブ』の一つ:『不動煉獄隊ふどうれんごくたい』の“まだ見ぬ一人”。


 イヴァンが調べた限りではこの3人が有力候補で……と思案しつつ、皆に続いて架道橋タラップを渡る。

 集合時間的にもボク等が最後尾で、島に上陸すると架道橋タラップが上がり、港があった金融エリアの浮遊島との接続が途切れた。


 それを合図に。

 地震かと身構える細かな振動が続いた後、“徐々に視界が上がってゆく”。

 ボクの身長が急激に伸びた訳ではなく――


「え、島が……浮き上がってる?」

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