76話:世界最強の漢を目指す最強の漢

 トイレに入る直前。

 鬼姫おにひめがふと脚を止めたのは、通路の奥――「スタッフルーム」と書かれた扉の隙間から“ウェディングドレス”がチラリと見えた為だ。

 腰のラインからふんわりと広がる大きなスカートに対し、上部に関しては首周りのリボンが無ければ「ビキニ」と言って差し支えない布面積しかない。


(水着のウェディングドレス? アレで完成形なら随分と攻めたデザインだが……いや、それよりも“あの顔”。一体誰だったか……何処かで見たことある筈なんだが……駄目だ思い出せない。私の勘違いか?)


 多少距離が離れている為、自信を持った断言は出来ないものの。

 ウェディングドレスの女性は鬼姫の見立てで二十歳前後。

 整った顔立ちに2メートル越えの身長だが、それ以外に特別目立った身体的特徴も見当たらない為、恐らくは「普通のヒト族」だろう。


 物覚えは良い方だという自覚のある鬼姫だが、とはいえ完全記憶能力を持っている訳でもなく、女性の名前が出てこない。


 喉の奥で止まったくしゃみの様な、何ともむず痒い感覚を覚えた結果。

 彼女は「答え合わせ」をしようとスタッフルームの扉に近づき、隙間から聞き耳を立てる。


 そして聞こえて来たのは以下の内容だった。


「――如何ですか“ニコお嬢様”。ご自身でデザインなされた“ウェディング水着”の出来栄えは」


「えぇ、素晴らしい仕上がりよ。私の晴れ舞台に相応しい衣装が出来たわ」


「それは良かった。明後日のお披露目に間に合わせた甲斐がありましたよ。しかしながらウェディングドレスと水着を組み合わせるだなんて、私には一生出て来ない無い発想でした。流石ニコお嬢様、一代で『笑顔ニコニコ銀行バンク』を築き上げたお父様にも負けない才能ですね」


「褒めても何も出ないわよ。だけど、やっぱりウェディングドレスが水着というのは少し過激だったかしら?」


「いえいえ、何事もインパクトが大事です。表も裏も、ビジネスの世界は印象に残ったもの勝ちですからね」


「それもそうね。ところで、貴女の会社とはどれくらいの付き合いだったかしら」


「そうですね、かれこれ10年近くの付き合いになりますかね。『しかばね――』失礼。『笑顔ニコニコ銀行バンク』さんに出資して頂いたおかげで、この『ピーチ&ベリー』をはじめとした我が社の店舗数も順調に増えている状況です。何卒、今後とも宜しくお願いできればと」


「……そうね。そうあることを私も願っているわ。――ん?」


「どうされました?」


「扉が開いてるわね……誰か通ったかしら」


「あぁ、すみません。そこの扉は建付けが悪くて、近々修理予定です」


「そう、綻びを治すなら可能な限り早めにね。何処からほつれるかわからないのが世の中だから」


「肝に銘じて命じておきます。ところで、新しい店舗の出資に関して――」



 ――――――――



 ~ 女性用トイレの個室にて ~


 トイレに来た本来の目的を済ませた鬼姫。

 そのまま個室を出て店内に戻ることはせず、彼女は個室に籠ったまま考え事にふけていた。


(なるほどな……あの“花嫁”の正体は『しかばね銀行バンク』の娘か。明後日の主役だというのに、まさか今頃ウエディングドレスの仕立てをしているとは段取りが悪いな。……いや、逆に言えば、今回の『血婚祭典ブラッディフェスタ』はそれだけ強行スケジュールだったのか?)


 元々はもう少し先に予定していた『血婚祭典ブラッディフェスタ』を、何かの理由で前倒しした?

 それとも、『血婚祭典ブラッディフェスタ』の開催は予定通りで、単に“ウェディング水着”なる代物の完成が遅れただけ?


 それは鬼姫が考えてもわからないが、一先ずは花嫁の正体が知れた。

 喉の奥に詰まっていたむず痒い感覚が無くなっただけで十分――という考えに、彼女は自身で「待った」をかける。


(いや待て、どうして私は彼女の顔に見覚えがあるんだ? 『しかばね銀行バンク』の娘なんて、今回の件が無ければ気にすることもなかった筈だ。彼女が『笑顔ニコニコ銀行バンク』の広告に出演していた訳でもないし、面識だって当然無い)


 だというのに、鬼姫は彼女の顔に見覚えがあった。

 見たことが無い筈のモノに既視感を覚えたのだ。


(私は一体、何処で彼女を見たんだ? ……駄目だ、やはり思い出せない)


 むず痒い感覚は消えないまま、彼女は眉間にしわを寄せた表情で個室を出た。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 数時間後 ~


 専門店ゆえに選択肢が多過ぎる、というのも一考の余地があるのかもしれない。

 結局、4人分の水着を選ぶだけで“空の海”が夕焼け色に代わり、今日はビーチで遊ぶこと無くホテルに向かう流れとなった。


「え、鬼姫ちゃんもホテル予約してるの?」


 蜂蜜少女:パルフェ(幼い姿)の質問に、鬼姫はコクリと頷く。


「あぁ、ホテルに関しては元々組織で予約してあるんだ。『しかばね銀行バンク』が運営してる『笑顔ニコニコホテル』ってところで、金融エリアに近い場所だよ。姫様達は?」


「私達はここからすぐのホテルだよ。ビーチエリアに近い方が安全だって、イヴァンがドラノア君達とは別のホテルを取ってくれたの。そう言えばドラノア君達のホテルも、確か『笑顔ニコニコホテル』って言ってたかな」


「え、そうだったんですか?」と驚いたのはメイド長:ロロ。

「私、てっきり御主人様マスターと同じホテルだと思って、御主人様マスターへのお土産を買ってしまったのですが……」


 徐々に語気の弱まる彼女の手には、ドラノア用に買った水着の入った紙袋と、ダークベリーシェイク(保冷剤有り)をはじめとした大量の甘いモノ。

 そのほとんどは日持ちしない食べ物なので、今日渡せなければドラノアが食べることは出来ない。


 そんな困り顔のロロを見兼ねて、鬼姫が「はぁ~」と溜息を吐く。


「しょうがない、それなら私から渡しておくよ」



 ■



 ~ ドラノア視点 ~


 『血婚祭典ブラッディフェスタ』のエントリー受付後、宿泊予定のホテルにて。


 ロビーに脚を踏み入れた瞬間、ボクは少しばかり後悔した。

 同じ空間に居る何十人という人間から発せられた視線が、明らかにボク達に対する“敵意”を孕んでおり、意図せずして肉食動物のテリトリーに足を踏み入れたような、そんな錯覚すら覚える。


「……イヴァン、このホテル大丈夫? 怖そうな人達しか居ないんだけど」


「当然だ。この『笑顔ニコニコホテル』は『しかばね銀行バンク』が出資してるからな。商業エリアの端っこで金融エリアにも近いし、『血婚祭典ブラッディフェスタ』に参加する組織の多くが利用してる」


「そんな場所に泊まって大丈夫? 今からでも他のホテルに変えた方がいいんじゃない?」


「バーカ、むしろ逆だ。これだけ裏社会の人間が集まっていれば、どの組織も下手に手を出せない。それに騒ぎを起こした組織は、『血婚祭典ブラッディフェスタ』への参加権を剥奪されるからな。そんな中でわざわざ手を出して来る馬鹿が居る訳――」 



「お前がドラノアだな!? 俺と勝負しろ!!」



 周囲の人間を押しのけ、ボクの前にやって来た“岩みたいな大男”。

 イヴァンに「あちゃ~」と顔を覆わせた彼が、只者ではないことは明白か。

 

(“鉱石ゴーレム族”……これまた珍しいね。この目で見るのは地獄にいた時以来か?)


 岩の筋肉を持つ、非常に珍しい種族――鉱石ゴーレム族。

 鍛えれば鍛えるほど筋肉が「岩石化」し、文字通り岩の様に硬い身体を持つことが出来る種族だ。


 更に、特筆すべきはその巨体か。

 圧倒的な存在感を誇る4メートル近い体躯は、この空間に居る誰よりも大きい。


 そして、騒ぎを起こしてはいけない場での騒ぎに、当然ながら周囲がざわつく。


「おい、誰だあの馬鹿野郎は?」

「お前知らないのか? 最近噂になってる若手、次世代ルーキーの一角だぜ」

「確か奴は、次世代ルーキーの中でも頭一つ飛び抜けてるとか聞いた事があるな。何処の傘下だ?」

「いや、まだどの傘下にも入ってない筈だ。まさか、ここでマジでやる気か?」


 どうやらそれなりに有名人らしいが、“次世代ルーキー”とか言われてもボクにはいまいちピンと来ない。

 となると、尋ねるしかないだろう。


「……アンタ誰?」


「俺はロンズ!! 世界最強の漢を目指す最強の漢だ!!」


 言うな否や、いきなり距離を詰めて来た岩男。

 脚力で床を砕き、爆発的な加速で迫りくるその巨躯を――



「“一閃いっせん”」

「“美麗鰭ブレイブ”」



 2つの剣劇を鳴らし、“二人の人物”がそれぞれ「刀」と「手刀」で巨躯を止めた!!


 一人は額に角を生やした女性で、もう一人は鱗の肌を持つ細マッチョな男性。

 そしてボクには、その二人の後ろ姿に心当たりがある。


「鬼姫――と、えっと……確かナンバー5ホストの……チョンマゲ?」


「ナンバー1ホストのリョーガだ!! 覚えとけ!!」

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