75話:鬼姫とロロとウェディングドレス

 ~ 鬼姫おにひめ視点 ~


 ――時は少し遡り、ドラノア達がホテルに入る数時間前。

 昼食を取った「レストラン:ゴリベージ」を出て間もなくの出来事。


「はぁ、何でこんな事に……」


 鬼族の少女:鬼姫は深い憂鬱の中に居た。

 ドームを隔てた海の空から届く、揺らめく光に包まれた店前で、彼女が負の感情に溢れた溜息を吐いたのは他でもない。


 つい先ほど『秘密結社:朝霧あさぎり』の男性陣(ドラノア&イヴァン)と別れ、今は何故か『秘密結社:朝霧あさぎり』の女性陣と共に居るのだ。


 元々は『血婚祭典ブラッディフェスタ』に参加するつもりでやって来た彼女だが、蓋を開けてみれば“この状況”。

 こんな筈では……と戸惑う鬼姫を他所に、蜂蜜少女:パルフェ(幼い姿)が元気に腕を上げる。


「それじゃあ皆、これから水着を買いに行こう~!!」


「はい」「おー」


 メイド長:ロロと獣人族の少女:テテフがバラバラの掛け声。

 観光気分で普段よりもテンション高めな3人の瞳が、唯一返事をしなかった鬼姫へと向けられる。

 結果、1対3の構図となってしまった彼女が「うっ」と怯み、眉根を寄せつつパルフェを見返す。


「えっと……その買い物は私も行かなきゃ駄目なのかい?」


「勿論。楽しいことは皆で楽しまないとね。ちなみに鬼姫ちゃん、水着ある?」


「ある訳ないだろう。私は遊びじゃなくて仕事のつもりで来たんだから」


「だよね。じゃあ鬼姫ちゃんの水着も一緒に買っちゃお」


「え? いや、私は別に……」


「まぁまぁそう言わず。せっかく『Ocean World (海洋世界)』に来たんだし、楽しまないと損だよ」


 小さなパルフェに背中をグイグイと押され、仕方なしに歩き始めた鬼姫。

 先頭を歩くテテフは骨付き肉(テイクアウト)を嬉しそうに振り回しており、左隣のダークエルフ族のロロもニコニコ顔でその後に続いている。

 雰囲気的に断るのも忍びなく、彼女は「やれやれ」と諦め気味に首を振った後、右隣に位置付けたパルフェに声を掛ける。


「――全く、姫様は随分と楽観的だね。色々あって忘れてるみたいだけど、キミは“天国の大天使の娘”として管理者から捜索される立場なんだよ?」


「わ、わかってるよ。だけど今はこの姿だし、誰も私だって気付かないと思うの」


「それはまぁ、確かに一理あるか。探してる相手が小さくなってるなんて、そんなの誰も思わないだろうし」


「でしょ? 『血婚祭典ブラッディフェスタ』の会場も“金融エリアの端っこ”だし、そっちに近づかなければ安全な筈だよ。だからね、たまには思いっきり遊んでも罰は当たらないと思うの」


「……ふむ」


 言われて納得、とまでは言わないまでも。

 だからと言って頑なに反論する程の強い材料も無い。


 ここはバカンスで有名な『Ocean World (海洋世界)』の「海中人口島かいちゅうじんこうとう」。

 治安の悪い『Darkness World (暗黒世界)』ではなく、今は臨時の「治安維持部隊」も街中に居る。

 裏社会の人間が数多く集まっている金融エリアはともかく、これから向かうビーチエリアなら治安的には問題無いだろう。


(って、私は何を前向きに考えているんだ? ここへ来たのは遊ぶ為では――)


「あ、最近人気の“ダークベリーシェイク”が露店で売ってますね」


「何ッ!?」


 左隣を歩くロロの声に、鬼姫がすかさず反応。

 前方に鮮やかなパラソルを立てた露店を見つけ、そこに立てられた「のぼり」には、確かに「ダークベリーシェイク」の文字が見て取れる。

 少し遅れてダークベリーの甘酸っぱい香りが周囲に漂うと、ロロがパシッと両手を合わせた。


「皆さん、帰りにあのお店へ寄ってもよろしいですか? 御主人様マスターへのお土産に丁度良さそうなので」


「いや、帰りでは駄目だ。諸君、今すぐ寄るぞ」


「え、今ですか? でも鬼姫さん、御主人様マスターに渡せるタイミングは早くても夕方以降ですよ? 例え保冷剤を入れて貰っても、御主人様マスターに渡す頃には溶けしまうのではないかと……」


「馬鹿者ッ、売切れたらどうするつもりだ!? コレは遊びじゃないんだぞッ!!」


「ひぃッ!?」


 鋭い眼光でギロリッと睨み、ロロを「ビクッ」と震え上がらせて。

 ポカンとするパルフェ&テテフを置き去りに、鬼姫は露店へ猛ダッシュした。



 ■



 ~ 水着ショップ:ピーチ&ベリー ~


 ヤシの木が南国気分を高める開放的なこの店は、女性向けの水着専門店。

 2階吹き抜けの構造で広々とした店内は、面積を贅沢に使い、子供から大人・痩せ型からふくよかな体型まで、色んなサイズ・肌の色のマネキンが水着を纏って展示されている。

 店内の一角には中高年層向けの肌をあまり出さない水着コーナーも設置されており、幅広い客層の女性が楽しそうに店内を回っていた。


 ――そんな中。

 休憩用のベンチに座った鬼姫は、少々しょんぼりとした顔だ。


「……いや、先程は怒鳴ってすまなかったね。ダークエルフ嬢を怖がらせるつもりはなかったんだが」


「いえいえ、大丈夫ですよ。鬼姫さんにもお茶目な部分があって、私はむしろホッとしました」


 隣に座るロロが目尻を緩ませて微笑む。

 この大人な対応を見て「本当にすまなかった」と今一度謝罪する鬼姫の手には、謝罪の場に不似合いな「XLサイズ」のカップが握られていた。


 中身は言わずもがなダークベリーシェイクであり、これまでの言動からも見てわかる通り鬼姫の大好物。

 太めのストローでズズッと飲むと、申し訳なさそうだった鬼姫の顔も、すぐに元通りを越して笑顔となる。


 それからしばらく、鬼姫がダークベリーシェイクを啜るだけの時間が過ぎ――。


「ちょっと二人共ー、何してるの? 早くしないと日が暮れちゃうよ」


 パルフェに呼ばれ、ロロがスッと立ち上がる。


「鬼姫さん、私達も水着を選びましょう。御主人様マスターが喜ぶ水着のアドバイスを頂けると嬉しいです」


「いや、そう言われてもドラノア君の好みなんか私は知らないよ。そもそも女性の水着とか興味も無いんじゃないかな」


「え、それは困ります。ちょっとくらい興味を持って頂かないと、将来に差し支えますので」


「それを私に言われても困るんだが……まぁ彼だって男の子だしね。興味無いことはないかもしれない、可能性がなくもない筈……なのかな?」


 鬼姫の記憶上、ドラノアが女性に対して興味を頂いていた様子は思い出せない。

 かと言って男性が好きとかそういう話でもなく、単に色恋沙汰には興味が無いのだろう。


(誰の目から見ても、今のドラノア君は“復讐”に生きている。それ関連以外で彼が興味を抱くとすれば……甘いモノくらいなものか? あとは興味が無さそうだけど、それを言ったところでダークエルフ嬢のテンションも下がるだけだろうし……ここは適当に話を合わせておくか)


 かくしてベンチを立った鬼姫。

 選ぶからにはちゃんと水着を選ぼうと気持ちを入れ直すも、ダークベリーシェイクの「XLサイズ」が祟った。


「すまない。ちょっとトイレに行って来る」


「あ、いってらっしゃい」と素直に送り出したロロに対し。

「ウンコか?」とテテフは遠慮ない質問。

「テテフちゃん。こういう時は何も聞かないのが乙女の約束だよ」と注意するパルフェ達に見守られながら。


「……すぐに戻るよ」


 これで全てわかるだろうと、鬼姫は少々不機嫌な顔でこの場を離れた。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「全く、あの狐君はデリカシーが無いな。次に失礼な発言があれば、尻尾モフモフの刑に処して……おっと、トイレはこっちか」


 案内プレートに従って辿り着いた店奥の通路。

 その突き当りに「スタッフルーム」と書かれた扉があり、少し手前に女性用トイレが左手にある。

 当然の様に鬼姫は左に曲がろうとし――そこでふと彼女は気付く。


 スタッフルームの扉が僅かに開いていることに。

 そして、扉の隙間から見える“真っ白いドレス”を着た女性の姿に。


(ん、こんな場所でウェディングドレス……? それにあの女性の顔、何処かで見た気が……)



 ――――――――

*あとがき

 次話も鬼姫視点の話の続きで、途中でドラノア視点に戻ります。

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