74話:次世代ルーキー

 イヴァンが居ない隙に襲って来た男性3人組を追い払った後。

 海鱗シーガ族の若い男性が、屋根の上から「パチパチパチ」と明らかに心の籠っていない拍手を送って来た。 


「……誰? 鬼姫の知り合い?」


「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。よっと」


 2階建ての屋根から飛び降り、当然の様に難なく着地。

 同じ地面に立つと必然的に見上げることになる彼の身長は2メートル強といったところで、腰まで届くウェーブのかかった長い髪と、海鱗シーガ族特有の鱗の肌が印象的。

 上半身が裸の為に、パッと見は細身ながらも引き締まった筋肉が確認出来る。


「初めまして“黒ヘビ”君。俺は――って、わざわざ自己紹介をしなくても流石に知ってるか」


「え? いや、普通に知らないけど」


「ハハッ、冗談が好きだねぇ。今、ノリに乗ってる『無法集団アウトライブ美形男子ジョーカーズ』で、ナンバー1ホストの『リョーガ』を知らない筈ないでしょ」


「そう言われても、知らないものは知らないし……。っていうかさ、あまり自分を有名人だと勘違いしない方がいいよ。ちょっと可哀想な人に見えるから」


「ぐッ、言わせておけば……ッ」


 唇を噛み締めた彼の額に、ピキピキと血管が浮かぶ。

 どうやらボクの反応に怒っているみたいだけれど、知らないモノは知らないので仕方がない。

 ちなみに言われてみると、確かに顔の造形はボクから見ても整っている様に見えるけれど、だからどうしたという話だ。


「それで、その有名人のリョーガさんが何の用? さっき鬼姫がどうとか言ってたけど、彼女の知り合い?」


「……全く、黒ヘビ君がここまで生意気だとは予想外だ。でも、まぁいいさ。子供相手にいちいち腹を立てていたらキリがないからね」


「ふぅ~」と深く息を吐き、額の血管を沈めた海鱗シーガ族の男性『リョーガ』。

 彼はウェーブのかかった長い髪をかき上げ、何となくモデルっぽい(?)ポーズを取りながら口を開く。


「俺の『無法集団アウトライブ美形男子ジョーカーズ』は、少し前に『闇砂漠商会』の傘下に入ったんだ。だから鬼姫とは仲間でもあるが、喋ったのは今日が初めてなのさ」


「なるほど。『血婚祭典ブラッディフェスタ』に向けて、組織の中で情報交換してるって訳か。ボクのことは何か言ってた?」


「あぁ。キミが脱獄者でバグ使い、という噂は本当だと言っていた。あと、そこそこ強いとも」


「そこそこ、ねぇ」


 その評価が高いのか低いのかは微妙なライン。

 ただ、微妙で言えば彼が話しかけて来た理由の方か。。


「もしも黒ヘビ君が“俺の人気”を脅かしそうなら、早めに消しておこうかと思ったんだけどね。どうやらその心配は無さそうだ。キミのベビーフェイスは一定の需要がありそうだけど、万人に愛される俺には及ばない。残念だったね」


「別に残念でも何でも無いけど、とりあえず用が無いなら帰ってくれない?」


「言われなくても帰るよ。そろそろキミの“保護者”が戻って来そうだしね。けど、その前に――」



 斬ッ!!



 リョーガが両腕を振り、斬撃が飛んで来た!!

 刃物を持っていた訳ではないが、ある意味では隠し持っていたとも言える。


(“腕のヒレ”を刃の代わりにッ!?)


 何という身体能力。

 彼の腕にある“ヒレが開き”、それが刃となって斬撃を飛ばしたのだ。


 それら2つの斬撃はボクの顔スレスレを通り過ぎ、背後にあった『笑顔ニコニコ銀行バンク』の看板を切断。

 その間、一歩も動かなかったボクを見て、リョーガが「へぇ?」と目を見開く。


「やるじゃん、今ので全く動じないとは。それとも単に反応出来なかっただけかい?」


「さぁどうだろうね。でも、ボクの首を取るならもっとちゃんと狙った方がいいよ」


「……生意気を。予選で俺に負けても泣かない練習をしておくことだ」


 人に斬撃を放ち、言いたいことを言うだけ言って。

 海鱗シーガ族のリョーガは踵を返し、路地の奥へと消えていった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 海鱗シーガ族のリョーガが消えて間もなく。

 先輩(自称):イヴァンがダラダラとした足取りで戻って来て、すぐに切断された看板に気付く。


「……おい、看板アレはお前の仕業か?」


「違うよ。海鱗シーガ族のリョーガって人が斬ったんだ。『美形男子ジョーカーズ』のナンバー1ホストがどうとか自分で言ってたけど」


「ほう、噂の若手ルーキーが来たのか。俺にも挨拶くらいして欲しいもんだな」


 このイヴァンの反応は想定外。

 自分では有名人だと思っているちょっと可哀想な人かと思ったら、どうやらそういう訳でもないらしい。


 歩き出したイヴァンの後に続き、無視出来る筈も無い先の話を続ける。


「リョーガって有名なの?」


「あぁ。ここ1・2年で台頭してきた『無法集団アウトライブ』の1人だ。まとめて“次世代ルーキー”とか言われてるが……そう言えば確か、奴は『闇砂漠商会』の傘下に入ったらしいな」


「あー、うん。そんなこと言ってたね。『血婚祭典ブラッディフェスタ』にも出るみたい」


「やっぱそう来るか。覚悟はしていたが、今回はお前一人じゃ厳しいかもな」


「え、リョーガってそんな強いの? 弱くないのはわかるけど……っていうか、やっぱりイヴァンは出ないんだ?」


 ボクの問いに、彼は僅かに間を置いた。


「――正直、決め兼ねてる。バンズバースはマジで厄介だ。俺と互角レベルだと思っていい」


「そこまで言うんだ……?」


 イヴァンの昔の仲間:バンズバース。

 街中で「お前は出るな」とイヴァンに忠告して来た――遠回しにそう言って来たあの大男。

 先日、ズルしてボクに勝ったイヴァンが「自分と同等」というのであれば、それはかなりの実力者だと考えていいだろう。


(あまり言いたくはないけれど、ボクよりも“格上”の相手?)


 そのバンズバースは、現在「街の治安維持部隊」に居る。

 彼が『血婚祭典ブラッディフェスタ』に出ることはないだろうから、ボクと直接戦う可能性は皆無だけれど、イヴァンが『血婚祭典ブラッディフェスタ』に出たら彼が介入して来る可能性もある。

 ならばこそ、『血婚祭典ブラッディフェスタ』への参加はボクだけ、というのがイヴァンの考えだったらしいが、思ったよりも強敵が出て来て困った、というところか。


「ま、相手が誰でもボクが頑張ればいい話でしょ。元々それなりの実力者が出てくるのは予め予想出来てたことだし」


「予想出来ていたからこそ、あのグラハムジジイは俺を任務に組み込んだんだよ。お前が負けた場合に俺が優勝するか、もしくはお前のサポートに回れば優勝出来るだろうと踏んでな」

 

 ただ、その計画がバンズバースの登場で泡となった。

 事前の行動指針が白紙に戻った以上、ここから先は臨機応変に対応しなければならない。


「……とりあえず、俺が出るかどうかは他の顔ぶれを見て決める。リョーガ以上の格上が出るかどうか次第だな」


 ボクに言っているのか、それともただの呟きか。

 珍しく難しい顔で話すイヴァンの表情から、そして先の言葉から察するに、どうやら彼の見立てだとボクとリョーガは近いレベルにいるらしい。


(あんなホストと同レベルにされるなんて……)


 と思わなくもないけれど、それだけ「次世代ルーキー」の一角は伊達じゃないということなのだろう。

 ボクも油断せず慎重に行こうと、そう兜の緒を締め直した次第となる。


 それからボク等は、今いる商業エリアと隣の金融エリアを隔てる橋を渡り、『血婚祭典ブラッディフェスタ』のエントリー受付会場へと向かった。



 ■



 ~ 数時間後 ~


 『しかばね銀行バンク』改め『笑顔ニコニコ銀行バンク』の本社前でエントリーを済ませたボク等は、再び橋を渡って商業エリアにUターン。

 明日の『血婚祭典ブラッディフェスタ』に備え、今日はイヴァンが予め予約していたホテルに泊まる予定だが――問題はボク等が泊まるホテルの“客層”か。


(おっと、コレは……怖い人達が沢山いるね)


 ロビーに入った瞬間、全方位から明らかに敵意の視線が飛んで来た。



 ――――――――――――――――

*あとがき

 次話は一旦ドラノアから離れ、「鬼姫」視点での物語となります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る