73話:“仁義”だけがルール

 ~ 美味しくお腹を満たした「レストラン:ゴリベージ」を出てすぐ ~


 遊びに来た『秘密結社:朝霧あさぎり』の女性陣3人の世話を、半ば強引に別組織である鬼姫おにひめへと押し付けた後。

 ボクは先輩(自称):イヴァンと共に、水着ショップへと向かった女性陣とは反対方向――『血婚祭典ブラッディフェスタ』の会場方面へと向けて足を進めていた。


 目的は大会へのエントリーを済ませる為だが、その“前提知識”として。


 今ボク等が居る「海中人口島かいちゅうじんこうとう」は、大きく分けて4つのエリアに区分される。

 中央にある「商業エリア」を中心に、観光客で賑わう「ビーチエリア」、住人が暮らす「居住エリア」、そして残る1つが、ボク達の向かっている「金融エリア」。

 今回『血婚祭典ブラッディフェスタ』を開催する『しかばね銀行バンク』も、この「金融エリア」に本社を置いているとのことだった。


「あのさ、イヴァンはどう思う?」


「……おい、イヴァン“さん”だと何度言えばわかるんだ?」


「わかった上で言ってるから、いちいち突っかからない方が時間の無駄も少ないと思うよ」


「チッ、マジで可愛くねぇ後輩だな。――で、何だいきなり。どう思うってのは?」


「いや、こんな賑やかな場所でさ、闇の組織が大々的にイベントを開くってどうなのかなって。そもそも『Darkness World (暗黒世界)』でもない世界に本社を置くってどうなの?」


 割と核心を突いた質問、のつもりだったが。

 イヴァンは帽子を被りつつ、「何だ、そんなことか」と涼し気な表情を見せる。


「『しかばね銀行バンク』ってのは、あくまでも裏社会での名前だ。表じゃ『笑顔ニコニコ銀行バンク』って名前で事業をやってる。ほら、そこら中に看板を出してるだろ」


 イヴァンが顎で示す先。

 通り沿いの看板には、笑顔のマークに「アナタと一緒に笑顔ニコニコ銀行バンク」と太い文字で書かれていた。

 今ボク等が歩いているのはメインの通りから一本外れた横道なのに、何とも宣伝熱心な企業だ。


笑顔ニコニコ……屍とは随分かけ離れたイメージだね」


「表じゃクリーンな仕事をして、裏じゃあくどい金貸しやってんのさ。テメェ並みに図太い神経してるぜ」


「その言葉はイヴァンに返しておくよ。でも、『血婚祭典ブラッディフェスタ』なんてモノを大々的に開催したら、流石に管理者も気付くんじゃないの? ここにだって管理局はある筈でしょ?」


「それを黙らせる程に“金の力”があるってことだ。じゃなきゃとっくに潰されてる」


「確かに、それもそうか」


 言われて納得。

 管理者と言っても別に聖人ではない訳で、大金を積まれたら悪行に目を瞑る奴だって居るだろう。

 それを仕方ないとは思わないし、そいつがここに居たらナイフを向けない保証も無いけれど、それでも手を出されないならこちらとしても好都合。


 残る問題は、やはり“大会そのもの”か。


「イヴァンの昔の知り合いの……えっと、バンズバースだっけ? あの人が言うには、『しかばね銀行バンク』の狙いは『五芒星ビッグファイブ』との同盟って話だったけど」


「あぁ、それは恐らく間違いない。裏社会である程度成長した組織は、遅かれ早かれ『五芒星ビッグファイブ』の傘下に入るのが通例だからな。『しかばね銀行バンク』としては、どの組織にも公平にチャンスを与えるから、勝ったところと同盟を組ませて欲しいって感じだろう」


「でもそれ、負けたところからは逆恨みされるんじゃない?」


「逆だ逆。公平にチャンスを与えた上での決定だから、ちゃんとした組織はまず手を出さない。裏社会ってのはルール無用に見えて、表以上に厳しいんだよ。ある意味“仁義”だけがルールと言っても過言じゃない世界だからな」


「ふ~ん? そういうもんか」


 法を無視した連中が集まるからこそ、法ではない別の規則――考えでまとまっている、ということらしい。

 生前、あまり裏社会とは縁の無い人生(我ながら悲惨な人生だとは思うけれど)を送って来たボクにとっては馴染みの薄い考え方だが、そういうものだと言われたら納得する他ない。

 と思ったら。


「――あ」


「どうしたの?」


 声を上げ、急にイヴァンが立ち止まった。

 何事かと周囲を警戒するも、続けて聞こえて来た台詞で気が抜ける。


「しょんべん忘れてた。ちょっとここで待ってろ」


「えぇ~? いつもみたいに柱とかにはしないでね」


「俺は犬か、そんなん一度もしたことねーよ。ぶっ殺すぞ」


「出来ないことは言わない方がいいよ。これはイヴァンの為に言ってるんだからね」


「こいつ、マジでムカつくな……。まぁいい、近くの店で借りて来る」


 一方的に告げ、イヴァンが一時離脱。

 彼を置いて先に行ってもいいけど、行ったところでやることもない。


 仕方なく階段に座って待っていると、前と後ろ、それに横の道からそれぞれ男性が近づいて来た。

 たまたま同じ道を通っていただけで、このまま素通りしてくれたらいいなーと思っていたが、そうは問屋が卸さない。

 3人がグルリとボクを囲み、真ん中の男性が口を開く。


「よぉチビ。お前が『ドラノア・A・メリーフィールド』――で合ってるよな?」


「……だとしたら何?」


「そう警戒するな。ちょいと自慢の右腕を見せてくれってだけだ」


「嫌だって言ったら?」


「ハハ、見た目によらず強気だな」

 他二人に目配せをし、3人で揶揄う様にボクを笑う。

「――だが、生憎と俺達は手ぶらじゃ帰れないんだ。テメェは上に対する良い交渉材料になる。下手な抵抗は辞めて大人しく連れ去られることだ」


「そういうの、何て言うか知ってる? 捕らぬ狸の皮算用って言うんだけど」


「生意気を……」


「あと、今はいざこざ禁止って言われてる筈だけど?」


「『血婚祭典ブラッディフェスタ』に参加する連中は、だろ? 出場しない俺達には関係ねーよ」


「なるほど(やっぱり今の期間、あまり治安は良くなさそうだね)」


 女性陣3人の護衛に、鬼族の少女:鬼姫を付けて正解だった。

 多少強引に押し付けた感はあったけれど、知らない仲じゃないし鬼姫なら仕事してくれるだろう。


 だから彼女達の心配は要らない。

 あとはただ、ボクを捕まえようと襲い掛かって来た3人を返り討ちにするだけ。


「大人しくしろ!!」と両腕を伸ばしてきた正面の男性。

 彼の腕を左手で掴み、勢いを利用して背負い投げ。


「あいだっ!?」


 ドサッと階段に叩き付け。

 その間に殴り掛かって来た右の男性、そのお腹に回し蹴り。


「うぐっ!?」


 最後はナイフを振るい、同じく刃物を構えた左の男性から武器を落とす。

 更にはお望み通り、右肩から黒ヘビを出し――


「がッ!?」


 ――彼の顔面に叩き付けた!!



 ■



「くそがッ、覚えてろよ……ッ!!」


 難なく返り討ちとなった3人が、フラフラとよろけながら退散。

 並の相手なら動けるようになるまでもう少しかかる筈だが、思ったよりは根性のある相手だったらしい。


(う~ん、殺した方が良かったか? でも死体の処理とか面倒だしなぁ)


 流石に「殺し」となれば騒ぎも大きくなり、『血婚祭典ブラッディフェスタ』に参加出来なくなる可能性もある。

 イヴァンに怒られるのも嫌なので、今回は追い払うだけに留めておいた――が、これで全て終わった訳でもない。


 “屋根の上”から「パチパチパチ」と心の籠ってない拍手が届く。


「へぇ~、やるじゃん。“鬼姫が言ってた”脱獄者って噂も、あながち嘘じゃないのかな?」


「……誰?」


 視線を向けた屋根の上。

 そこからボクを見下ろしていたのは、鱗の肌を持つ海鱗シーガ族の若い男性だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る