72話:地獄の鬼と即席パーティ?

 “鬼姫おにひめ”。

 多くの管理者を輩出する地獄の鬼族にして、『五芒星ビッグファイブ』の一角:『闇砂漠商会』の構成員。

 彼女を初めて見たのは『Darkness World (暗黒世界)』の『暗黒街:ナイカポネ』で、最後に見たのは奴隷達を解放した『闇の遊園地ベックスハイランド』だったか。


 そんな鬼姫がレストランに現れ、楽しみにしていたボクのケーキを横取りした。

 相手が相手だったらナイフで刺していた案件だったけれど、腐っても一度お世話になった相手で、尚且つ蜂蜜少女:パルフェとは『闇の遊園地ベックスハイランド』までの道中を一緒に過ごした仲だ。

 それもあってか、最初に声を掛けたのはパルフェだった。


「あ、鬼姫ちゃんだ。久しぶり~、元気してた?」


「ふむ、姫様は相変わらず能天気だね。我々は一応敵対組織なんだけど……いやしかし、少し見ない間に随分と若返ったね。“魂乃炎アトリビュート”の影響かな?」


「えへへ、それほどでも」


「別に褒めてないよ、まぁ女としてはちょっと羨ましいけどね」


 ここで鬼姫が肩を竦め、テーブルに座る5人を一瞥。

 見定める様に視線を回した後、最後はボクのところで止まった。


「ドラノア君、やるじゃないか。『Trash World (ゴミ世界)』の『ハッピータウン』で、ピエトロを倒したんだって?」


「え~っと、それは何処の情報?」


「別に隠さなくてもいいよ。既にキミは賞金首になってるし、バグ使いということで裏社会でも話題になっているからね」


「あ、そうなの? あまり目立ちたくないんだけどなぁ……」



「――おい、この馴れ馴れしい奴は誰だ?」



 獣人族の少女:テテフが人の会話に割って入った。

 子供だから我慢出来ないのか、それともそういう趣味なのか。

 後者の場合は彼女の今後が心配だけど、よくよく考えるとここに居る『秘密結社:朝霧あさぎり』5人の中で、鬼姫と面識が無いのはテテフだけか。


「彼女は鬼姫って言って、以前ちょっと世話になってね。でも別組織の人だよ」


「ふ~ん?」


 いぶかし気な瞳を鬼姫に向け。

 更には骨付き肉を持ったまま、席を立って鬼姫に近づくテテフ。

 何をするのかと思ったら、彼女に鼻をくっ付け「クンクン」と匂いを嗅ぎ始めた。


「え、ちょっと何事?」


 流石の鬼姫も、子供の奇行、その対処法まではわからないらしい。

 ただただ戸惑う彼女の匂いを嗅いだテテフは、ジッと鬼姫を見上げる。


「お前……ドラノアこいつと同じ匂いがする」


「えっ? 御主人様マスター……まさか私の知らないところで、彼女と逢っていたんですか?」


「そんな訳無いでしょ」


 メイド長:ロロの余計な反応はサラッと流し。

 ボクと似た匂いと言われた鬼姫は、少しムッとした表情を返す。


「いきなり何だい、失礼なキツネくんだな。私とドラノア君が同じ匂いな訳ないだろう」


「でも、した。絶対同じ匂いだ。アタシの鼻がそう言ってる」


「獣人族だからと適当なコトを言って……そこまで私を怒らせたいか? 見上げた根性だな」


「嘘じゃない、本当だ。この肉に誓ってもいい」


「そんなモノに誓われても困るんだが……」


「じゃあ何の肉に誓えばいいんだ?」


「いやだから、肉に誓われても困るんだよ。何の意味も無いし、そもそも嘘の話を広めるのは感心しないね」


「嘘じゃないのに……グスッ」


「あ……」と動揺した時点で負け。

 鬼姫はガシガシと頭をかき、フルフルと首を横に振った。

「――あぁもう、わかったよ。信じるよ。信じればいいんだろう?」


 最終的には渋々と観念した鬼姫だったが、下を向いて鼻を啜ったテテフの目に、涙が浮かんでいる様には見えない。

 しかもムシャムシャとお肉を食べ始めたので、まぁ多分そういうことだろう。


 ただ、鬼姫もただでは引き下がれないのか、追加の質問をしたのが悪手だった。


「ちなみにキツネくん、私から匂ったのはどんな匂いだい?」


「“死の匂い”だ。ゴミ山でそこら中に溢れたし、ドラノアこいつからもたまに匂う」



「「………………」」



 ボクと鬼姫、共に言葉が出てこない。

 まさかの匂いに食事する気がちょっとだけ失せ、周りも何て声を掛ければいいのか困っているのか伝わって来る、何とも微妙な沈黙の時間が流れた。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「え、え~っと。鬼姫さんは、どうして此処にいらっしゃったのですか?」


 気まずい沈黙に耐えかねたのか、雰囲気を何とかしようとメイド長:ロロが鬼姫に質問。

 彼女は「オホンッ」と咳払いした後、再びボク等5人をグルリと一瞥。

 今度の視線は先輩(自称)で止まった。


「ダークエルフ嬢の質問へ答えるのは、先にそちらが私の質問に答えた後だ。ドラノア君とイヴァン殿がここに居るということは、当然ながら二人共『血婚祭典ブラッディフェスタ』へ参加する、と考えていいのかな?」


「さぁな。後輩コイツは参加するが、俺はまだ決めてない」


「ふむ? しばらくは参加者の様子を伺って、ドラノア君一人だと荷が重そうなら自分も参戦って感じか」


「……そうかもな」


 言葉を濁すイヴァン。

 少し前に遭遇したかつての知り合い、大男:バンズバースを意識しての返答かも知れない。


「そういう鬼姫は、『血婚祭典ブラッディフェスタ』に出るの?」


 ボクが訊ねると、鬼姫は素直に頷いた。


「勿論私も参戦するよ、と言いたいところだったんだけどね。さっき聞いたら女性の参加は駄目だってさ。全く、時代錯誤もはなはだしいと思わないかい?」


「さぁね、時代とかよくわかんないし。でも鬼姫が出ないなら丁度良かった」


「丁度良かったって、何がだい?」


「この3人(パルフェ/ロロ/テテフを指さして)はさ、『血婚祭典ブラッディフェスタ』関係無く遊びに来ただけで、これから別行動の予定だったんだよ。3人だけで大丈夫かちょっと不安だったから、鬼姫が一緒に居てくれるなら心強い」


「おいおい、勝手に話を進めないでくれ。私に3人を護衛をしろと? 馬鹿を言うのも休み休みにしてくれ」


 まるで馬鹿を見る目を向けて来る鬼姫だが、ボクは割と本気だ。

 いくら『Darkness World (暗黒世界)』ほど治安が悪くないとは言え、今この「海中人口島かいちゅうじんこうとう」には闇の組織の人間が大勢集まっている。

 間違いなく普段よりは情勢も不安定で、だからこそ『しかばね銀行バンク』も「治安維持部隊」を雇っているのだろう。


「鬼姫、『血婚祭典ブラッディフェスタ』に出ないんでしょ? だったらこの島でやることも無いし、別にいいでしょ」


「いや、それとこれとは話が別というか……そもそも別組織の人間に護衛を頼むって、キミは一体どういう神経をしてるんだい」


「まぁまぁ、細かいことは気にせず行こうよ。それに鬼姫って同世代の女の子と遊ぶこととか無さそうだし、たまには組織とか忘れて息抜きでもしたら?」


「何だか気を使っているような言い方だけど、単に面倒事を押し付けようとしているだけじゃないか?」


「そ、そんなことないよ(バレてる……)」


 流石にゴリ押しが過ぎたか。

 鬼姫の目が徐々に訝し気な瞳に代わり、先輩(自称):イヴァンも呆れ顔でボクを見ている。

 護衛の押し付け作戦は失敗に終わったかと思ったが、しかし鬼姫以外の“当人達”は割と乗り気だった。


「ねぇねぇ鬼姫ちゃん、せっかくだし一緒に遊ぼうよ。この島は人工ビーチもあるみたいだし」とパルフェが身を乗り出し。

「そうですね。せっかくの機会ですし、私も鬼姫さんともっとお話してみたいです」とロロもこの話を後押し。

「アタシは別にどっちでもいいけど、お前がどうしてもアタシに肉を奢りたいって言うなら、特別に奢られてやってもいいぞ」とテテフは我が道を行く言い回し。


 何だかんだで3人に歓迎されている、その温度感が伝わったのか。

 鬼姫がポリポリとかき、「はぁ~」と深い溜息を吐いた。

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