70話:『Ocean World (海洋世界)』

 『しかばね銀行バンク』主催の『血婚祭典ブラッディフェスタ』。

 その開催場所は『Ocean World (海洋世界)』であり、ボク等は渡航の為に最寄りの『暗黒街:ロンダリング』へと旅立った。


 今回の面子は大会に出場予定のボクと、自称先輩:イヴァンの2人。

 それに加えて――


「『Ocean World (海洋世界)』楽しみ~。私、初めて行くんだよねぇ~」

「あ、パルフェさんもですか? 実は私も初めてで……テテフさんはどうです?」

「アタシも初めてだ。魚料理が多そうだから、美味い肉が食えるか心配だな」


 ――蜂蜜少女:パルフェ(幼い姿)、メイド長:ロロ、それに獣人族の少女:テテフという布陣。

 基本的に戦力としては数えられない3人が同行する流れとなったのは、“任務”で強制的におもむくボク等と違って、彼女達の場合は参加が“任意”の為だ。

 組織の長:グラハム曰く。


『今回の『Ocean World (海洋世界)』はバカンスでも有名な世界。薄暗い『Darkness World (暗黒世界)』にずっと居ては気も滅入るだろうし、たまには羽を伸ばすとよい』


 というのは表向きの理由。

 以上の文言で喜ぶ女性陣(医者:クオリアを除く)の居ないところで、今一度グラハムに理由を問うと……。


『あの女子おなご三人が揃うと五月蠅くて敵わん。数日出て行っておる間に部屋の防音対策を行う』


 少々疲れ気味の声で明かされた真実に多少の罪悪感を覚えつつ。

 そんなモノを覚えたところで事態が好転する訳でもないし、ボク自身の行動にコレといった後悔も無い。

 ならば気にしてもしょうがないだろうと、半ば開き直って任務に出掛けた次第。


 ちなみにパルフェの背中には革製のリュックが背負われているけれど、あの中には変身で余った蜂蜜を入れているらしい。

 普段はメイド服姿のロロも、今は医者:クオリアから借りた服の上からコートを羽織り、テテフに関しては「肉」と書かれたTシャツの上にパーカーを重ねている。


 結果的に緊張感があるのか無いのかよくわからない面子となったが、女性陣3人とは渡航後に別行動の予定。

 彼女達の護衛で気を張らなくていいのは良かった……と安堵している内に、『暗黒街:ロンダリング』に到着。


 前回も訪れた『世界扉ポータル』を所持する『セーフティネット』を訪れ、“3人分の費用”を払って『Ocean World (海洋世界)』へ渡航した。



 ■



 別世界への渡航は、時間にすれば僅か10秒程の出来事。

 『世界扉ポータル』の青い光に包まれたボク等は重力を感じない光のトンネルを進み、流れるままに光のトンネルを抜けると――そこは「陽気な室内」。

 毎度の如く、背後にはボク等が出て来た『世界扉ポータル』が鎮座し、明るい音楽の流れる部屋のカウンターには、アロハシャツを着たアフロの男性が居た。


 男性はボク等を――イヴァンを見るなり「ヘイ!!」と声を掛けて来る。


「こりゃまたビッグゲストが来たぜ。ユーのそのつら、『秘密結社:朝霧あさぎり』のイヴァンだろ。噂通りのイケメンだ」


「そりゃどうも。アンタのアフロも結構イかしてるぜ」


「おっと~、イケメンに褒められると照れるぜい。ちなみにそっちのチビッ子と、ダークエルフの美女もお仲間かい?」


「かもな。ところで俺達以外に誰が来た? 『血婚祭典ブラッディフェスタ』関連で、ここ数日は『セーフティネット』の利用者も増えてるだろ」


「ヤ―ハー、確かにいつもの数倍は客が多いけど、誰が来たかはトップシークレットさ。そういう情報を売買し始めたら組織が成り立たないからねい。でもイケメンには~、1つだけ無料で教えちゃうぜい」

 ここでグイッと、アフロの男性がカウンターから身を乗り出し、一段低いトーンで告げる。

「この『セーフティネット』へ来る前に、町で“影人間”を見かけた。タイミングがタイミングだけに、『血婚祭典ブラッディフェスタ』に出るなら気を付けた方がいいぜい」


「……本当か?」


「信じるか信じないかはユー次第さ。是非とも『Ocean World (海洋世界)』を楽しんで行ってくれい」


 最後は陽気なテンションに戻り、「バ~イ!!」と送り出してくれたアフロ男。

 初めての世界で色々と聞きたいことはあるものの、あまり長居すると“2人”が疲れるだろうと、ボク等は早々に『セーフティネット』を後にした。



 ――――――――



 ~ 『O』の世界:『Ocean World (海洋世界)』 ~ 


 世界の全てが海で満たされた海洋生物の楽園。

 “大陸が存在しない”故に、ボクみたいな普通の人間が過ごせる場所は非常に限られている。

 

 その限られた場所の一つが「海中人口島かいちゅうじんこうとう」。

 『F』の世界:『Fantasy World (幻想世界)』に存在する「空に浮かぶ島」を輸入し、それを海中に漂わせた人口の島だ。

 更には特殊な球体ドームで島を囲むことによって空気を確保し、“上空が海”という独自の風景を生み出している。



 ――で。

 そんな場所に来る為に“3人分の渡航料金”を支払ったのは、何も2人を置いてけぼりにした訳ではない。


「パルフェさん、テテフさん、もう“出て来て”いいですよ」


「ん」


 メイド長:ロロのお腹にしがみ付いていた獣人族の少女:テテフが、彼女のコートの下から登場。

 続いてロロが持っていた「リュック」から、半分蜂蜜化したパルフェがニュッと顔を出す。


「ぷは~ッ。ずっとジッとしてるのも疲れるね」


「でも、おかげで1人分の渡航費用で3人渡航出来ました。何だかちょっと悪い気もしますけど……」


「気にすんな。元々がボッタクリ価格過ぎるんだよ」


 気まずそうな表情のロロをイヴァンがフォロー。

 これが5人分の料金を3人分に抑えた方法だったけれど、まぁそれはともかく。

 イヴァンが帽子を被ったので、ボクもあまり目立たない様にフードを被り、海の空と周囲を見渡す。


(これが『Ocean World (海洋世界)』……建物は巨大な珊瑚、の死骸か? まぁ外観が変わっている以外は普通に町だけど……やっぱり空が海ってのは新鮮な感じがするな。あとは――“海鱗シーガ族”が多いことかな)


 “海鱗シーガ族”。

 全身を「鱗」で覆われた人間で、背中と手足には折り畳み式の「ヒレ」を有する。

 魚顔負けの遊泳速度を誇り、水陸どちらでも生存可能な珍しい種族だ。


 ただし、珍しいのはその生態だけで、特別数が少ない訳ではない。

 それ故に、この海中人口島かいちゅうじんこうとうにも様々な海鱗シーガ族がおり、中には喧嘩っ早い者も居るようで……。


「んだテメェ!? もう一度……ヒック、言ってみろ!!」

「おーおー、何度でも言ってやらぁ!! このキモ魚!!」

「うるせぇッ、キモいのはテメェだろ!! 陸でしか呼吸できない雑魚が!!」

「海で呼吸出来る方がキモいんだよ!! そのヒレあぶって酒のアテにしてやんぞ!!」


(あらら、酔っ払いの喧嘩か。昼間から辞めて欲しいな)


 普通のヒト族と海鱗シーガ族、どちらとも顔が赤らんでいるのは酒のせいだろう。

 薄暗い『Darkness World (暗黒世界)』とは違って青々と綺麗に輝く海の空も、この二人のせいで台無しだ。


 とは言え。

 この喧嘩を止める義理も無いし、そもそもここへ来た目的は任務の為。

 彼等のことは無視して、女性陣3人ともここで別れようと、そうイヴァンに目配せした――その時だった。 


「うっ!?」「ぎゃ!?」


(ッ!?)


 喧嘩していた酔っ払い二人が、「黒い影」に“首を絞められた”。

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