63話:決着

「“瓦礫流竜巻ル・ダストロン”」


 ピエトロの一声で始まった、圧倒的な破壊劇。

 その攻撃範囲は、山頂の町:『ハッピータウン』の“全域”。


 街のアチコチから響き渡る数多の悲鳴、それら全てをかき消す「瓦礫の竜巻」――無差別の殺戮兵器が、街中のあらゆる建物を破壊する。


 瓦礫が建物を破壊し、破壊された建物の瓦礫が、更に破壊を繰り返す魔のループ。

 街中にいれば悪夢とでも言うべきをその光景も、上空の安全地帯から見下ろすピエトロには無害。


(コレは流石に破壊が過ぎるが……四の五の言ってられる状況じゃねぇ。最低限、馬鹿共の金庫さえ無事ならそれでいい)


「お前ッ、この竜巻を今すぐ止めろッ!!」


 敵も味方も無い無差別の殺戮。

 それを止めようと、死に体の少年が黒ヘビをバネにして跳び上がって来るが、処理は簡単だ。

 渦巻く瓦礫をいくつか操り、それをぶつけるだけ。


 爆炎を出して瓦礫を避けたり、黒ヘビの右腕で瓦礫を弾いたりと、少年に出来るのは防御一辺倒。

 腹の激痛で動きも鈍っているのか、上空のピエトロまでは全くと言っていいほど届かない。


「ハハッ、理解出来たか小僧。これが“実力の差”だ。多少トリッキーな動きが出来たところで、本物の強者には敵わねぇんだよ」


「――うん、確かにそうかもしれない。正直、ボク一人なら厳しかった」


「あぁ?」


 何を言っているんだと、ピエトロが眉をひそめた直後。

 “殺気”を感じ、彼は咄嗟に身体を捻ったが――。



「ぐッ!?」



 右肩にナイフが突き刺さる!!

 それも“真上から”。

 彼は一瞬でその犯人を理解する。


「またお前かッ、テテフ!!!!」



 ■



 ~ テテフがピエトロの右肩を刺す、その少し前 ~


 それは、テテフが螺旋山らせんやまを落下する最中の事だった。


「……生きて」


「ッ~~!!」


 “この時”、確かに「死」を覚悟していたテテフは泣いた。

 ピエトロに投げ捨てられ、螺旋山らせんやまの頂上から3000メートルを落下する最中。


 今に死に絶えてもおかしくない少年から聞こえて来た擦れ声に、死を覚悟していたテテフは泣いた。

 絶望的な状況下で、自分に「生きろ」と投げかける少年を前にテテフは泣いた。


 ボロボロと、止めどなく涙が溢れて来る。

 それは同時に、心の内から湧き上がった“とある思い”を増幅させる。

 僅か数秒後には「墜落死」――その未来を前にして、彼女は叫んだ。



「アタシは……アタシ達はッ、こんなところで死にたくないッ!!!!」



 ドクンッ!!!!



 心臓が大きく脈を打つ。

 胸が燃えるように熱くなり、その身が焼けたのではないかと錯覚すら覚えた。


 そして気づいた時、テテフは少年を抱きかかえたまま“宙に浮いていた”


「え? これは……?」


 にわかには信じ難い光景。

 しかし、自分の胸で確かに“魂乃炎アトリビュート”が燃え上がっている。

 とても綺麗で、温かくて、でも同じくらい怖くて冷たい炎を見つめている内に、忘れていた筈の記憶も蘇ってきた。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 2カ月前 ~


 領主の屋敷から「秘密の道」を抜けて来た先で、ピエトロに追い詰められたテテフと母:エクドレア。

 二人は廃棄怪物ダスティードの一撃によって螺旋街道らせんかいどうから吹き飛ばされ、そのままゴミ山に墜落する未来が確定しているかに思えた。


 しかし、実際にそうはならない。


 落下の最中、「死」を恐れたテテフは母の腕の中で暴れる。

 そして墜落寸前でエクドレアの手を離れ――直後、彼女の“魂乃炎アトリビュート”が発動。


 結果、自分一人だけが墜落を逃れた。


 自分一人だけが宙に浮き、自分一人だけが生き残ったのだ。

 その事実を本当の意味で理解したのは、“変わり果てた母親の遺体”を眼下に捉えた時だった。


「……え? ……え? やだ……あ……あぁ、いやァァァァアアアアアアアア!!!!」


 目の前で母親が死んだ。

 その現実と、母親を見殺しにしてしまった事実に、幼い少女の心は耐えられない。



 “魂乃炎アトリビュート”の発動すら無かったことにして、テテフはその時の出来事を頭の隅に追いやった。



 本能的に悟ったのだ。

 今は「記憶の封印」が必要だと。


 ――実際のところ。

 母:エクドレアは廃棄怪物ダスティードの一撃で既に絶命していたが、母の遺体を目の前に、彼女の思考はそんなところまで及ばない。

 及んだところで、母親が墜落し、自分だけが助かった事実は変わらない。


 だから彼女は「無かったこと」にした。

 母を見殺しにした自分の「罪」を、誰も責めやしない自分だけの「罪」を。


 これ以上「心」が壊れない為に。

 自分を守る為に、彼女はこの時の出来事を頭の中から消去した――筈だった。



 ―

 ――

 ――――

 ――――――――



(……そうか、アタシはあの時……)


 ギュッと唇を紡ぐテテフ。

 突然思い出した2カ月前の出来事に、今にも大声を上げて泣き出したくなるが、しかし今はその時ではない。

 2カ月前は母親と別れてしまったが、今は自分の腕で少年を抱き留めている。


「まだ終わりじゃない。アタシも、こいつも、生きてる……ッ。生きてればきっと何とかなる!!」


 “魂乃炎アトリビュート”の使い方は直感で分かったが、問題はそこではない。

 瀕死の少年を抱えたまま、テテフは一度「下」を見た後に、今度は不安げに「上」を見上げる。


(ゴミ町にも診療所はあったけど、町の病院じゃなきゃこんな大怪我は治せない。けど、ピエトロが居る場所に向かっていいのか? そもそも町の病院はとっくに壊されてるんじゃあ……)


 今の状況下で、病院に医者が残っているかどうかはかなり怪しい。

 別の町に移動した方が治療して貰える可能性は上がるだろうが、そこまで少年の命が持つかどうか。


「くそッ、アタシはどうしたらいい……ッ!?」


 せっかく生き残ったのに。

 何も出来ず、何も判断出来ず、涙目になるテテフ。

 その大きなモフモフの耳に、再び先程の“擦れ声”が届く。


「……時間が、惜しい。このままボクを……ピエトロの、元に」


「ばッ、何言ってるんだお前!? 死にかけだぞ!? 腹にだって穴が開いて――え?」


 ここでテテフは気づいた。

 少年の腹に空いていた穴、背中まで貫かれたその穴が、“真っ黒な物体で塞がれている”事実に。

 この真っ黒いモノが凝固した血液でなければ、残る可能性は一つしかない。


「お前、それって……」


「ボクなら、大丈夫……まだ戦える」


「嘘つけッ、その身体で戦える訳ないだろ!! それにッ――それにピエトロの方が強い!!」


「……さっきは、ね。今度は、負けない。“考え”もあるんだ。お願い……ボクをピエトロの元に……ッ!!」


「ッ――」


 これは脅しか、それともただの懇願か。

 どちらにも思える真っ直ぐな少年の瞳が、死を恐れていない様に見えるその瞳が、形容し難い狂気を纏った不気味な「闇」に見える。


 でも、同時に。

 それは不思議と温かく、絶望の闇で輝く希望の「光」に見えたのも事実。


 結果、文字通りの命を懸けたその瞳に、テテフは抗うことが出来ない。


「あぁもうッ、わかった!! わかったから喋るな!! 奴の所までアタシが連れてってやる!! だけど絶対に死ぬなよ!?」


「……ありがと」


「だから喋るなって!!」



 かくして。

 九死に一生を得たテテフは、希望を抱えたまま螺旋山らせんやまを一気に上昇。

 少年をピエトロの元に届け、二人の戦いを“更にその遥か上空から見守りつつ”、手助けする機会を、今一度「復讐」の機会を伺うこととなる。



 ■



 ピエトロの右肩にナイフを刺したまま、テテフは叫んだ。


そらが得意なのは、もうお前だけじゃない!! アタシはッ――アタシ達は勝つ!!」


「ほざけッ、所詮は死にぞこないのガキ二人!! 雑魚が手を組んだところで俺に勝てるものか!!」


 右肩を刺したテテフを掴み、ブンッと放り投げるピエトロ。

 ナイフを手離さなかった彼女がそれで落ちることは無く、胸に“魂乃炎アトリビュート”を灯し、宙に浮き続けたままピエトロを睨む。


「それでもッ、勝つのはアタシ達だ!!」


「弱者が夢見てんじゃねぇ!! そんなに死にたいならッ、まずはテメェから――(ッ!?)」


 ゾクリと、ピエトロの背筋が凍る。

 目を離したのは一瞬だった筈だ。


 しかし、その一瞬が命取り。

 振り返った先には、一見して“普通に黒ヘビを構える”少年の姿。


蜷局とぐろを巻いていない? いや、胴体をじってるのか!?)


 黒くて判別し辛いが、絞った雑巾の様に黒ヘビの身体が捻じれている。

 嫌な予感がし、ピエトロは咄嗟に足場の瓦礫を「盾」に出す、が。


(くそッ、上空に昇るため“身軽になり過ぎた”!! 瓦礫が足りねぇ!!)


 今の彼が操れるのは、足場の瓦礫1つ。

 これまでで最も貧相なその「盾」は――



 ドンッ!!



 少年のナイフから放たれる「爆炎」によって弾かれる!!


「ッ~~!!」


「コレで終わりだ、ピエトロ!!」


「いやッ、まだだ!! “瓦礫ルブル――”」


 瓦礫なら「下」にいくらでもある。

 町を破壊する巨大な瓦礫の竜巻、そこから“補充”しようと思えば、いくらでも補充は可能な筈だった。


 しかし、間に合わない。

 瓦礫を補充する時間が、ほんの僅かに足りない。


 テテフが生んだ一瞬の隙が、二人の運命を決定付けたのだ。


「ぐッ!?」


 防ぎようも無い。

 盾を失ったピエトロの腹に、大口を開けた黒ヘビが噛み付く!!

 そして――“急回転”。



「“黒蛇クロノ大顎回転デスロール”!!!!」



「ぐぁぁぁぁああああああああッ!!!!」



 腹を中心に、ピエトロが高速回転。

 身体のアチコチから「バキボキ」と、大事な骨の折れる音が響く。

 大の大人が意識を失うのに十分過ぎる痛みだが、それでも彼の意識は耐えた。


(クソがクソがクソがッ、こんなところで終わってたまるか!! 何の為にここまで来たと思ってる!? 俺はッ、“あの人”の夢を叶える為に――)


 意志の強さ。

 それのみで激痛に耐えるも、耐えたところで今更出来ることは何も無い。


 回転が止まり、反動で逆回転を始めた衝撃で、遂には「首の骨」も折れる。

 その状態で黒ヘビに大きく振り回され、ゴミでも放り投げる様に「ブンッ」と宙に放り出されたピエトロ。


 そこに、追撃の影が迫る。



「地獄で謝れ!! 天国のパパとママに!!」



 ブスッ!!



 ナイフを握りしめた少女の一撃。

 勢いよく“心臓を一突き”するも、少女の力では刃が奥まで通らない。


 だから、少年が力を貸す。

 少女の手に自身の左手を添え、心臓の奥まで刃を届ける。



「――地獄に墜ちろ」



 ズブリッ!!!!



 心臓をナイフで貫かれ、ピエトロは遂に意識を失った。


 そして落下する。

 操る者が居なくなり、遠心力によって四散する瓦礫と共に。

 全てを破壊した瓦礫と共に、彼は3000メートルものそらを落ち続けた。


 落ち続け、落ち続け、落ち続けて。

 途中で奇跡が起きることもなく、彼の身体はゴミ山に激突。


 奇しくも。

 彼が落ちたその場所は。

 並ぶように作られた「2つの簡素なお墓」の前だった――。

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