62話:お前に、勝つまで

「えっ、アレ? 生きてる……い、今の内に……ッ!!」


 廃棄怪物ダスティードに殺される寸前。

 九死に一生を得た恰幅のいい男性が、転がるようにその身を起こす。

 いまいち状況の把握は出来ていないが、命があるなら「これ幸い」と、彼は一目散に逃げ出した。


 その男性を追うこともなく、ピエトロは一点を見つめて眉根を寄せる。


「……馬鹿な、あり得ねぇ。どうしてテメェがここにいる?」


 視線の先に居るのは、先ほど上空から投げ捨てた筈の――今頃はゴミ山で死体となっていた筈の少年。

 落下の衝撃で死ぬか、それ以前に出血多量で死ぬか。

 そもそも投げ捨てた時点で呼吸は無く、「少年の退場」は確定だった筈だが……現実にはそうなっていない。


 加えて。

 彼の腹に空いていた筈の風穴も、今は“真っ黒な何か”によって塞がっている。


(まさかこのガキ、あの黒ヘビで……『バグ』で腹の穴を塞いだってのか? 何て無茶苦茶な野郎だ)


 しかし、だとしても。

 彼は納得がいかない。


(3000メートルの高さから捨てたんだぞ? 何故生きてる? どうやって戻って来た? 空でも飛べねぇ限り、こんな所業が出来る訳――)


 ふと、ピエトロは思い出す。


 “これで2度目”だ。

 高所から落ちた人間が生きているのは、これで2度目。


 あり得ない話が2回も重なれば、それは最早で偶然で済む話ではない。

 この新世界『AtoA《アトア》』において、2回も起きた不思議な出来事は“魂乃炎アトリビュート”による必然となる。


(まさかとは思うが、死の瀬戸際にテテフの“魂乃炎アトリビュート”が発動したのか? ページを奪う際にそんな素振りは見せなかったが……)


 それでも、目の前には少年がいる。

 過程がどうであれ、結果から目を逸らすわけにはいかないだろう。


「おい、あの糞ガキはどうした? 奴が空を飛んだか、もしくは落下の衝撃を和らげたのか?」


「……泣いてた」


「あ?」


「テテフが泣いてた」


「……それが?」


「全部お前のせいだ。お前のせいであの子は両親を亡くし、あの子の人生は滅茶苦茶になった。――全部、お前のせいだ」


 ギロリッと、少年が真っすぐに睨む。

 その真っすぐな視線を、ピエトロは鼻で笑い返す。


「ハッ、それがどうした? ゴミみてぇな生活を送ってる奴なんざ、この世界には腐るほどいるだろ。他の奴がよくてアイツが駄目な理由でもあるのか? それともテメェは、ごまんといる底辺の人間全てを助けるつもりか?」


「黙れ。それが他人を傷つけていい理由になると思うな」


「おーおー、随分とご高尚な言葉を吐いてくれるじゃねーか。そんなモン、この『Trash World (ゴミ世界)』じゃあ何の意味も成さねぇよ。俺を止めたきゃ力づくで止めてみろ。瀕死の身体でそれが出来るならな」


「勿論、言われなくてもそのつもり。ボクの口から言わないとわからなかった?」


「……生意気を」


 ならばこそ。

 改めて殺してやろうと、ピエトロは今一度「瓦礫の鎧」を纏う。

 相手が死にかけだからと、ここで油断する様な男ではない。


(もしテテフが生きてるなら、また俺の死角から狙って来る可能性もある。素直にやられてやるつもりはねぇが……警戒したまま戦うのも面倒だ。ここは力でゴリ押す!!)


 ピエトロが狙ったのは“短期決戦”。

 瓦礫に乗って一気にドラノアへと近づき、巨大な瓦礫の拳を叩き込む!!


 それを迎え撃つは、“蜷局を巻いた”黒ヘビの一撃。


(――この程度なら、勝てる!!)


 瓦礫の巨腕が、グッと黒ヘビに食い込む。

 質量の差は歴然。

 こちらがパワーで押し勝った証拠だと、ピエトロがそう確信した直後。



「“黒蛇クロノ蜷局拳バネッサ”」



 急激に黒ヘビが“押し返し”、瓦礫の巨腕が弾き飛ぶ!!


「なッ!?」


 まさかの事態に目を見開くピエトロ。

 その間も止まらぬ黒ヘビの一撃が、ピエトロが纏っていた瓦礫の巨体を吹き飛ばす!!


(くそがッ、さっきまでの比じゃねぇぞ!! 何だこの威力は!?)


 宙を飛ばされながら、ピエトロは焦っていた。

 決して油断していた訳ではない。

 しっかりと「勝ち」にいった筈の一撃がはじき返され、逆に自分が吹き飛ばされたのだ。 


 纏った瓦礫の鎧が1つ2つと建物を突き抜け、3つ目の建物にぶつかり、その身体を構成していた瓦礫の半分を失ったところで、ピエトロはようやく止まる。


 崩れた建物の瓦礫がガラガラと降りかかるも、彼はその瓦礫を“纏い直す”。

 再生能力を持った生き物の様に、再び瓦礫の巨体を創り上げた。

 制御しきれなかった瓦礫により多少の傷は受けたものの、ピエトロの思考・身体能力に何ら問題は無い。


 あえて、見せつけるようにゆっくりと立ち上がった彼の前に、黒い煙を立ち昇らせる小さな少年が立ち塞がる。

 ギロリと、ピエトロは少年を――ドラノアを睨む。


「死に体のくせにやってくれるじゃねぇか。腹の穴を塞いだからといって、重傷なのは変わらねぇだろ。血も流し過ぎている筈だ。立つのもやっとの状態なんだろう?」


「うん、そうだね。だからさっさと終わらせたいんだ」


 身を屈め、ドラノアが殴りに来る!!

 “蜷局とぐろを巻いた”黒ヘビの右腕で。


「ガキが調子に乗るな!!」


 反撃とばかりに、再び瓦礫の巨碗で殴り返すピエトロ。

 その感覚では確かに“押し勝った”筈なのに、しかしその後に押し返されて、結局――宙を舞ったのは彼の方だった。


 ギリリと、ピエトロは歯を食いしばる。


(――“バネ”か!! あのチビガキ、黒ヘビを蜷局とぐろの形状にして、それで得たバネの力で瞬間的なパワーを跳ね上げてやがる!! ……だがッ、それにしても俺の方が吹き飛ぶのは納得いかねぇ!!)


 重さ、質量の差は歴然の筈。

 いくら黒ヘビがバネの力を手に入れても、瓦礫を幾重にも纏うピエトロの方が質量的には重い。

 その二つがぶつかれば、普通に考えて少年の方が大きく吹き飛ぶ筈なのに、しかし現実はそうなっていない。


 不可解だ。

 複数の建物を破壊し、瓦礫の鎧も失ってようやく止まったピエトロは、フラフラと立ち上がりながら悔し気にドラノアを見据える。


(……認めたくねぇが、このまま接近戦を続けるのは不利だ。一旦そらに逃げて、奴の体力切れを待つのが得策か)


 ピエトロは強欲だが、その考えは柔軟だ。

 一番勝率の高い“待ち”の作戦に切り替え、彼は再び瓦礫の鎧を纏う。

 そして幾つかの瓦礫と一緒に空中へ浮遊した。


(この高さなら黒ヘビのリーチ外。俺に手の出しようも……ん?)


 そこでピエトロは気づく。

 彼の黒ヘビが“ナイフを咥えている”ことを。



「“黒蛇クロノ鎌鼬カマイタチ”」



 リーチのある特大の一振り!!

 その一振りで生まれた巨大な斬撃が、ピエトロ目掛けて一直線に迫る!!


「“瓦礫壁ルヴァント”」


 ここに来てもピエトロは冷静。

 自身の浮遊と一緒に浮かせていた瓦礫を前後に並べ、咄嗟に幾重もの壁を作った――筈だった。



 斬!!!!



 特大の斬撃が、瓦礫の壁を切断

 そのまま、ピエトロが纏っていた瓦礫の鎧も切断される!!


「ぐッ!?」


 身体を大きく斬られ、鮮血が激しく噴き出す。

 即死に至るダメージではなかったものの、これでは“待ち”の作戦がどちらに転ぶか怪しくなった。


「このチビガキがァァアア!! その腹にもう一度風穴を開けてやる!!」



 “瓦礫筍槍バンブルピア”――地面から突き出る瓦礫の槍!!



 身を翻し、それを避けるドラノア。

 彼は再び黒ヘビで蜷局とぐろを巻き、それを地面目掛けて放ち、“跳躍”。


(バネの反動でジャンプを? だが、この高さには届かねぇ!!)


 常人の跳躍力を遥かに超えた、10メートル近いジャンプを見せるドラノア。

 “魂乃炎アトリビュート”の炎も見えないのに、少年の動きは次から次へと予想の斜め上を行く。


 だが、ピエトロはそれ以上の高さにいる。

 気を付けるべきは先程の巨大な斬撃のみだと、この時はまだそう思っていた。


 少年の左手に握られたナイフ。

 その先端から爆炎が放たれ、“空中で加速する”までは。


「なッ!?(あの死に体の何処に、そんな体力が……ッ!?)」


「逃がさない」


「ッ~~それはこちらの台詞だ!!」


 強烈な黒ヘビの一撃!!

 それを“敢えて許し”、ピエトロも瓦礫で応戦!!


 次々と生まれる爆炎の煙と瓦礫の塵。

 視界が徐々に悪化する中、空中で激しい攻防が繰り広げられる。


 ピエトロにとって防御の要となる鎧。

 それを構成する瓦礫が黒ヘビによって徐々に剥がれ、逆にドラノアの身体には秒毎に生傷が増えていく。


 互いに譲らぬ激しい消耗戦。

 疲労困憊の身体にそれでも鞭を打ち、お互いが死に物狂いで攻撃を止めない。

 見るのも耐え難い激しい消耗、それ故に――「終わり」はそう遠くなかった。


「うッ!?」


 ドラノアの腹、そこから血が噴き出す。

 応急処置的に体内から黒ヘビで塞いでいたものの、それで耐えるのも限界を迎えたのだ。


 激痛に彼が顔を歪ませたその隙に、ドラノアの背中に瓦礫が直撃!!


 体勢を整える事も出来ず、少年は地面に墜落。

 それでも尚立ち上がろうとする彼を、ピエトロは笑う。


「ハッ、死にかけの癖に無茶し過ぎだ!! 限界を超えたその身体で、一体あと何秒持つんだ!?」


「――お前に、勝つまで」


「ほざけッ、そらで俺に勝てると思うな!! ……はぁ、はぁ、これで終わりだ!!」


 瓦礫の鎧を“全て切り離し”、身軽になったピエトロは更に上空へと浮上。

 墜落して疲労困憊のドラノアがここまで昇って来ることは出来ず、仮に特大の斬撃を撃たれたとしても、この距離なら見てからの回避も間に合う。


 ここがピエトロの“安全圏”。

 今や「神の視点」となった彼が両腕を振り上げると、『ハッピータウン』の中央にある火口湖から“大量の瓦礫が浮かび上がる”。


「コレはッ……何で湖にこんな量の瓦礫が!?」


「気にするな、どうせテメェはすぐに死ぬ。この“終わりがない攻撃”でなッ!!」


 僅か数秒。

 ドラノアが呆気に取られる数秒で、彼は「瓦礫の竜巻」を創り上げ――解き放つ。



「“瓦礫流竜巻ル・ダストロン”」



――――――――――――――――

*あとがき

次話、ピエトロ戦の決着となります。

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