56話:『ハッピータウン』の襲撃

 獣人族の少女:テテフと知り合いで、今はゴミ町で暮らす元パン屋のおじさん。

 彼がピエトロの“魂乃炎アトリビュート”:“瓦礫操ルブルーム”の情報を教えてくれた。


 テテフの話から推察出来た通り、基本は周囲にある瓦礫を操ることが出来る能力で、その規模はかなりの範囲に及ぶ。

 更にピエトロは能力を磨き上げ、自立して動く瓦礫の怪物――つまりは廃棄怪物ダスティードを作り上げたとのことだった。

 瓦礫に一定のルールを付与することで、自分の居ない場所でも廃棄怪物ダスティードが勝手に動くらしい。


「でも、どうしてピエトロはそんな事を? アレでゴミ山の人々を襲わせたり、わざわざ上の『ハッピータウン』に出す意味がわからないんだけど」


「コレは推測だが、恐らくは自分を信頼させる為だろう。トマスさんが亡くなったからと言って、その秘書をやっていた人物が次の領主になるルールは無い。領主になる為には町の皆から認められる必要がある」


「つまりは“自作自演”って訳か。わざと廃棄怪物ダスティードに『ハッピータウン』を襲わせて、自らそれを倒すことで町の人達の信頼を得たってことだね」


「あぁ、私も最近この話を知ったばかりでね。正直半信半疑だったけれど、キミ達の話を合わせて考えればそれが真実。ゴミ山を襲わせているのも、能力が鈍らないように“練習”していたのだろう」


「練習……人の命を一体何だと思って――ん?」


 ここでようやく気付いた。

 おじさんの背後、日没の黄昏に染まる螺旋山らせんやまの街道に、四角く切り取られたいくつもの窓明かりが見える。

 要するに列車が走っている訳で、このゴミ山では日常の光景ではあるものの、しかし“ボクが持っている情報”と違う。


 それにおじさんも気づいたのか、彼が「むっ」と眉根を寄せた。


「妙だね、この時間帯に列車が街道を登るなんて……。車掌は時間に五月蠅うるさい男だから、定刻からズレることは滅多に無いんだが」


「列車の故障で遅れたとか?」


 テテフがごく自然な意見を述べる。

 答えとしては無難なところで、“滅多に無いこと”が今日たまたま起きている可能性は十二分にあるだろう。

 ただ、町の運命が大きく変わる今日/明日で、この状況をスルーするべきかは判断が難しい。


「あの列車、さっきの無法集団アウトライブが乗って来たやつ?」


「いや、奴等はゴミ山を越えて徒歩でここまで来た。多くの者が目撃しているから間違いない」


「ってことは、あの列車に乗ってるのは一般客か?」


 それなら何も問題は無いが、確証が無い以上は断言出来ない。

 そして、このタイミングで“小さな事件”が起きた。


「貴様、何をコソコソしてる!?」

「くそッ、離せ!!」

「コイツを取り押さろ!!」


(ん?)


 広場の隅っこが騒がしい。

 どうやら一人の男性を大人数人で押さえつけているが……。


「ねぇ、どうしたの?」


「怪しい奴がいたんだ。この男が物陰に隠れて、さっき無線機でブツブツ喋ってた。見慣れない顔だし、無法集団アウトライブの残党かもしれん」


「無線機? ちょっと貸して」


 何だか嫌な胸騒ぎがする。

 男性から無線機を受け取り耳に当てるも、ザザッというノイズ音がするだけ。


 そもそもボクは無線機の使い方がよくわかっていないので、ボタンをアレコレ弄る代わりに、一旦無線機を地面に置く。

 その後、押さえつけられた男性の首にナイフを添えた。


「誰と喋ってたの?」


「へへッ、さぁ誰だろうな? テメェみたいなチビには教えねぇよ。それも片腕で、くすんだ金髪野郎にはな」


「………………(コイツ、無線機に向かってボクの情報を伝えた? ってことは、この無線機まだ繋がってるのか?)」


 だとすれば、ボクが取るべき行動は1つ。

 下手にボタンを弄らず、このまま無線機に向かって話しかけること。


「ねぇ、ボクの声が聞こえてるんでしょ? アンタ何者?」



『……ブブンカを殺した少年ですね?』



「ッ!!」


 やはり、まだ無線機は生きていた。

 それに“この声”は聞き覚えがある。


(無線機の相手は「列車の車掌」か。屋敷でピエトロと話してた奴の仲間……名前は確か「ディグリード」だっけ?)


 まぁ名前はこの際どうでもいいが、ゴミ町の状況が相手に伝わっているのは問題。

 それも、耳を澄ますと「ガタンッ、ゴトンッ」という列車の振動が聞こえている。


「アンタ今、列車で螺旋山らせんやまを登ってる?」


『さぁどうでしょうねぇ。それがどうかしましたか?』


「列車に乗ってるのは誰? 一般の客?」


『さぁどうでしょうねぇ。「はい、そうです」って答えればいいですか?』


 真面目に答える気は無いらしい。

 だから次の質問も期待はしていなかったが、結果的には収穫があった。

 それは必ずしも、望んだ収穫ではなかったけれど。


「もう1つ聞きたいんだけどさ、ブブンカに伝えていた情報は全て本当のこと? それとも、ブブンカが殺されて“作戦変更”したとか?」


『………………。……なるほど、1億の賞金首は伊達ではないらしい』


「ッ~!!」


 無線機を手に、ボクは全速力で駈け出した。

 コレはもう“確定”でいい。


「テテフッ、ボクは先に山頂へ戻る!!」


「何だ? どうした急に?」


「あの列車に増援の無法集団アウトライブが乗ってる!! 『ハッピータウン』の襲撃は明日の朝じゃないッ――“今夜”だ!!」



 ■



 ~ 日の落ちた螺旋街道らせんかいどうにて ~


 正直、油断していたと言わざるを得ない。

 女頭目:ブブンカを倒して、ピエトロの出鼻を完全に挫いた気でいた。


(相手の情報を一方的に握っていると、そう勘違いしてた。ゴミ町に内通者を送り込んで、こっちの状況も把握されていたとは……ッ)


 久々に長時間の全力疾走。

 今にも足が千切れそうだが、止まっている場合ではない。

 上を見上げても列車の姿は見えず、既に街へと着いたのか、それともまだ登っている最中かは不明。


(このままじゃあ追いつけないッ、崖を駆け上ろう!!)


 力を出し惜しみしている場合ではない。

 黒ヘビの右腕を伸ばして崖を掴み、引っ込める力を利用して崖を駆け上る。

 小柄な身体だからこそ出来る機敏な動きで、今のボクに出来る最速で夜を迎えた螺旋山らせんやまを駆け登った。


 そして――。



「遅かったか……」



 駅前広場に辿り着いた時点で、既に『ハッピータウン』のアチコチから土煙と火の手が上がっていた。

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