55話:私達は間違っていなかった

 無法集団アウトライブの親玉、女頭目:ブブンカから色々と情報を聞き出した。

 “ここから逃がす”ことを条件に、知っている情報を洗いざらい吐かせたのだ。


 ――結果。

 ボク等が睨んでいた通り、彼女達の目的は山頂の街『ハッピータウン』の襲撃。


 決行予定は明朝。

 実行犯は女頭目:ブブンカ率いる無法集団アウトライブと、更に明日、増援でやって来る別の無法集団アウトライブがいるらしい。

 町の警備兵では太刀打ち出来ない数の暴力で全財産を奪い去り、それをピエトロと「山分け」する算段だった。


 この話を近くで聞いていたゴミ町の住人は、流石に動揺を隠せない。


「おいおいマジか、ピエトロがそんな奴だったとは……。俺がまだ街にいた時は、真面目そうな秘書だと思ってたんだがな」

「今の話が本当だとすれば、2カ月前にピエトロの言っていたことは嘘か? トマスさんが“街の金を使い込んでトンズラした”って話は?」

「俺もそう聞いたぞ。家族を連れて一緒に逃げって。街の連中が屋敷に押しかけた時には、既に夫人も娘も居なかったって話だったが……」


 2カ月前の悲劇――“前領主:トマスと、その婦人:エクドレアの死”。

 トンズラなどという「嘘」を吹聴されていた民衆はその事実を知らず、ピエトロの言葉を鵜呑みにしてトマス夫妻を恨んでいたようだ。


 既に、その2人が死んでいることを彼等は知らない。

 2人の尊厳の為にも教えようかと思ったが、そうなると今度は、隣で唇を噛み締めているテテフのことも話さなければいけなくなる。


(それは面倒だな……)と諦めたボクに、小声が届く。


「(おい小僧、早くこのロープを解け。情報はくれてやっただろう?)」


 小声の主は言わずもがな、女頭目:ブブンカ。

「早くしろ」と言わんばかりの目線をボクに向けているが、“そんなこと”よりも。

 結局、ボク等以外に誰も真相を知らないトマス夫妻の話は、何だか有耶無耶のままに終わった。


 すると、先ほど妻を辱められる寸前だった男性が前に出る。

 待ちきれないと言った様子で、改めてその銃口を女頭目:ブブンカに向けた。


「少年、もういいだろう?」


「うん、もういいよ。その人は用済みだから」


 ――途端。

 女頭目:ブブンカが、焦った顔で吠える。


「おいッ、話が違うぞチビガキ!! 情報と引き換えに、ここから私を逃がす約束だっただろ!?」


「そうだっけ? 最近、物忘れが酷くって……これでも長く生きてるからかな?」


「テメェッ、私を嵌めやがったな!? ふざけんじゃねぇぞ!!」


「ふざけてるのはアンタの生き方でしょ?」


「ッ~~!! この糞ガキが――」



 銃声パンッ



 放たれたのは、たったの一発の弾丸。

 値段にして、恐らく「200G」もしない一撃。

 たったそれだけで、「3000万」の賞金首は物言わぬ肉塊となり果てた。


 これにてゴミ町を襲っていた無法集団アウトライブは全滅。

 一件落着、かと思いきや。



「ありゃ? よく見たらお前さん……もしかしてテテフちゃんかい?」



「「ッ!?」」


 想定外の事態に驚愕。

 テテフがボクの背中に隠れるも、タイミング的には遅かったと言う他ない。


 一体誰が気づいたのか……。

 振り返ると、先程ボク等を心配してくれたおじさんがニコニコと笑っていた。

 ギュッと、テテフが不安げにボクのパーカーを握り締めると、おじさんは立ち止まって両手を上げる。


「大丈夫だよ、警戒しなくていい。私を覚えてないかい? この2ヶ月、テテフちゃんの噂を聞く度にまた会えるんじゃないかと思っていたんだ」


「……知らない。アタシはテテフじゃない」


「ハハハッ、嘘吐きは昔から変わらないねぇ。かく言う私は、たった2ヶ月で随分痩せちまったからわからないかもしれないけど……ほら、このツルピカ頭に覚えはないかい?」


「ツル、ピカ……?」


 何か思うところがあったらしい。

 テテフが恐る恐る顔を出し、ボロボロの帽子を取ったおじさん――そこにある髪の毛一本無い頭を見て、ハッと顔を上げた。


「パン屋の“ピカじい”!?」


「当たりだ。テテフちゃんに『占い屋』として宣伝された時は、本当に困ったよ」


「ピカじい!!」


 隠れていたテテフが飛び出し、おじさんに飛びついた。

 どうやら知り合いのおじさんだったらしく、それだけを見れば懐かしの再開に微笑むべきところだろう。


 しかし、2カ月前は街にいた人物が何故ゴミ町にいるのか……当然ながらテテフもそれを気にする。


「お店はどうしたの? 何でピカじいがゴミ町に?」


「ハハハッ、街の皆に追い出されちまってね」


「追い出されって……どうして? ピカじいは皆に好かれてたのに」


「それは……まぁ単純な理由さ。“キミのお義父さんを信じたから”だよ」


「ッ――」


 テテフの表情が固まった。

 その固まったままの顔を、その頭を、おじさんはフード越しに撫でる。

 緊張をほぐす様に、深く皺の刻まれた手で、優しく。


「2カ月前の“あの日”、ピエトロはでっち上げたトマスさんの悪行を皆に吹聴した。私はそんな訳が無いと反論したが、列車の車掌がピエトロを援護してね。結局、街の大半はピエトロの話を信じた。そして私は裏切り者だと街を追放されたのさ」


「そんな、ピカじいは何も悪くないのに……」


「おや、嬉しいねぇ。この老いぼれには今の言葉だけで十分だよ。――テテフちゃん、私はね、トマスさんが皆を裏切るような人じゃないと信じていた。そしてさっきの話を聞いて、やはり私は……私達は間違っていなかったと確信したよ」


「私、達……?」


「あぁ、トマスさんを最後まで信じて、街を追い出された者は他にもいる。嘘を吐けば街に残れたかも知れないけど、心に嘘を吐きたくなかった者は他にもいるんだ。それが大勢だったとは決して言えないけれど……でも、私は信じていたよ、キミのお父さんをね。あの人は本当に街の為に、皆の為に動いていた。それを裏切るような真似は私達には出来なかった」


 それからおじさんは、真っ直ぐにボクの目を見つめる。


「キミがこの子と一緒にいる。それはつまり、トマスさんとエクドレア婦人は、既にもう……」


「うん。ピエトロに殺された」


 ざわざわざわ。

 ゴミ町が一段とざわつく。


 先程「黙っていよう」と決めた直後だけど、この人に嘘を吐くことははばかられた。

 元々テテフを知らない人はともかく、この場にいる何人かはテテフのことを覚えていたみたいだし、今更隠しようもないと判断した為だ。


 そして、皆がざわつく中。

 おじさんはギュッと唇を紡ぎ、それから改めて真っ直ぐな瞳をボクに向ける。


「ピエトロを倒すつもりかい?」


「うん、テテフと約束したからね」


「それなら、私にも応援させてくれ。トマスさんを貶めたピエトロに一泡吹かせてやりたいんだ。老いぼれの私に戦う力は無いが、きっと手助けできることはある筈。何か知りたいことはないかい? こんな掃き溜めみたいな場所だからこそ、人知れず出回っている情報だってある。それがキミ達の力になるかもしれない」


「う~ん、その気持ちはありがたいけど……」


 ピエトロの計画は把握済みで、待機していた無法集団アウトライブも既に全滅。

 増援の無法集団アウトライブが来る明日の朝までは時間があるし、これから街に戻ってピエトロの首を狩ること、それこそ寝首を掻くことも可能だろう


 残す作業はボクがピエトロに勝つだけ。

 このおじさんの手を借りる必要は――無くもないか。


「そう言えば、ピエトロの“魂乃炎アトリビュート”って何かわかる? 瓦礫を操るってのは知ってるけど、出来れば能力の詳細を知りたくて……」


「あぁ、“瓦礫操ルブルーム”のことだね」


「……るぶるーむ?」

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