53話:墓前の誓い
『決行は明日。夜明けの便で到着次第、“街を蹂躙せよ”』
そこに書かれていた内容を受けてボク等の意見は別れた。
「今すぐピエトロを殺せば終わる」
獣人族の少女:テテフはそう言い張るけれど、ボクにはそうも思えない。
「例えピエトロを殺しても奴等の作戦は止まらない。ゴミ山で待機してる奴等がいるなら、まずはそいつ等を止めないと駄目だよ。放置してたら街が滅茶苦茶になる」
「街の奴等がどうなろうと、アタシは別にどうでもいい。パパとママを信じなかった奴等なんか知らない」
似つかわしくない氷の表情で、冷たいセリフを吐く少女。
いくらピエトロが「元凶」とはいえ、現実として、テテフは街の人達から逃げるように屋敷を出て、
そんな“罪深い”街の人達がどうなろうと、彼女の知った話ではないだろう。
ただ、それでも、という話だ。
「“複製ページ”を諦めたピエトロは、奪えるだけ奪って街を出るつもりだよ。キミの気持ちは否定しないけど、ここでボク等が止めないと相当な犠牲が出る。街にはお肉屋さんやご飯屋さんもあるのに、全部滅茶苦茶にされていいの?」
「なら、ピエトロを殺した後にそいつらを殺せばいい。街に来たところを返り討ちだ。それで肉屋も守れる」
「うん、それも悪くない案だね」
移動による体力の疲弊、時間的なロスも最小限で済む。
ボクが彼女ならそうしていただろう。
「だけど、その場合はゴミ山の人達が大変な目に遭う。ピエトロの仲間が一晩ゴミ山で過ごすんだから、そこに居る人達に危害を加えない訳が無い」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「悪い事する連中ってのは、何処に行っても悪い事をするからだよ。明日悪い事をするからと言って、今日悪い事をしないとは限らない」
奴等は息をするように悪事を働く。
一晩放置するだけでも危険だし、ゴミ山に来るとわかっている以上、こちらから出向いて叩き潰した方がいい。
恐らく、ピエトロは明日まで動かないだろうし、これが最善手だと考える。
ただ、そんなボクの考えをテテフが理解してくれるかどうかは別問題。
彼女の表情がムスッとしたモノに切り替わる。
「お前は、アタシの復讐を手伝うんじゃないのか? 街だけじゃなくて、ゴミ山の連中まで守る気か?」
「いや、“守る”って程の大そうな考えじゃないよ。単純に、悪いことする連中を片っ端から潰したいだけ。この世界の全部とは言わないけど、せめてこの手の届く範囲くらいは――ね」
「……欲張りな奴だ」
「テテフの“お肉欲”ほどじゃないよ」
「……ふんッ」
不承不承といった感じは否めない物の。
それでも彼女は最終的に、ボクの「下山」を了承してくれた。
――――――――
“普通の下山”では時間が掛かり過ぎる。
テテフにしがみついて貰い、ボク等は黒ヘビをクッションに滑る勢いで崖を降りた。
そして順当に山の麓へ――ゴミで埋め尽くされたゴミ山へと辿り着く。
(うッ、相変わらず酷い臭いだ。変なガスとか溜まってなきゃいいけど……)
ゴミ山に降りたとはいえ、人々が暮らす“ゴミ町”まではしばらく歩く必要があるらしい。
ピエトロの仲間もその近くに、もしくは駅のホームに待機していると踏んで歩き出したボクの脚に――しかし、付いてくる足音が無い。
振り返ると、テテフが立ち止まったままジッと近くのゴミ山を見つめていた。
「どうしたの? そこに何かあるの?」
その“何か”があった。
ガラクタで埋め尽くされたゴミの上に、恐らくは螺旋山の土で盛られただろう“二つの小さな山”が。
「これ、パパとママのお墓。アタシが作った」
「……そう。立派なお墓だね」
「うん、頑張った。野良犬に掘り返されない様に、アタシはいつもこの辺にいた。この2ヶ月、ここがアタシの家だった」
「そう、なんだ……」
お墓の近くに、ボロボロのシートで覆われた小さな隙間がある。
ガラクタの鉄骨を柱にして、そこにシートを被せただけの簡易すぎる空間。
人の寄り付かない辺鄙な場所の、犬小屋の方がまだマシなのではないかと思える小さな空間。
そこが、彼女の「家」。
「………………」
胸が締め付けられ、言葉が出ない。
それ以上の表現がわからないこの現象は、テテフの話で何度目のことだろうか?
(まだ年端もいかぬ幼い子が、どうしてこんな目に……いや、“どうして”なのかはもうわかってる。ボクにとってのジャックが、彼女にとってのピエトロなんだ)
ギュッと唇を噛み締め、テテフの頭に左手を乗せる。
フード越しでもわかる小さな頭の、ペタンコになった獣耳を撫でつつ、告げる。
「安心して。ピエトロは、ちゃんとボクが殺すから」
■
墓前で決意を新たにして、ボク等は再び歩き出した。
転んで怪我をしないように気を張りつつ、だけど自然と早足でゴミ山を進むと――
「あれ? “ゴミ町”がボロボロだ……」
町が見えたはいいものの、テテフが呆気に取られるのも仕方がない。
朽ちた廃材や鉄くず、錆びたトタン、その他汚れたシート等で作られた複数のオンボロ小屋が“壊されていた”。
先ほど彼女が「ゴミ町」と言った通り、ここがゴミ山の住人が多数暮らす町なのだろうけれど、そのゴミ町が想像以上に荒れている。
まぁ元から綺麗な場所ではないだろうけれど、それ以上に人が住んでいるとは到底思えない有り様だ。
(遅かったか……既に“到着”していたみたいだね)
荒れ果てたゴミ町の広場に大勢の人間が集まっていた。
いや、「集められている」と言った方が正しいか。
ボロボロの汚れた服を着た数百名の住人を、これまた屈強そうな数十名の男達が取り囲んでいる。
ただし、その中心人物は男ではなく“女”だ。
「おいッ、貧乏でも酒くらい持ってんだろ!? それを出せつってんだよ!!」
周囲の男達よりもガタイが良く、一番偉そうに座っている大柄な女。
恐らくは40代だろう短髪の中年女性が怒鳴り声を上げる。
その迫力は大人でも泣き出すほどで、集められた住人達は震え上がり声を出すことすら出来ていない。
(あの大きな女が親玉っぽいな。珍しいけど、手加減する理由には――)
「お前さん達、あまり前に行くと目をつけられるぞ」
「「ッ!?」」
物陰から状況を伺っていたボク等に、近くのオンボロ小屋から小声が届く。
隣のテテフもビクッと震え、二人同時に振り向いた先にいたのは、これまたボロボロの帽子を被った酷く痩せたおじさんがいた。
「下手な真似は止しなさい。奴等が去るまで大人しくしてるんだ」
「おじさん、あの怖そうな人達の知り合い?」
「何を言っている、そんな訳ないだろう。
「
おじさんがぶっきらぼうに教えてくれたその言葉には心当たりがある。
『Trash World (ゴミ世界)』に初めて来た時、街が空襲でも受けたかの様に破壊されていたが、あの破壊が
あの時は残党を1人見ただけだけど、今回は数十人規模でゴミ山に出向いて来たらしい。
「奪うモノなんか何も無いのに、どうして
おじさんは心底やつれた顔でため息を吐き、隣のテテフはグイッとボクの袖を引っ張る。
「おい、もしかして
「うん。多分アイツ等のことだね」
車掌:ディグリードが
ここで連中を待機させて、明日には街を襲撃させる算段か。
(“複製ページ”の為にテテフの父親を殺し、それが見つからずに用済みとなったら街を略奪……ピエトロ、何処までも汚い男だ)
奴の思い通りにさせない為にも、ここで出て行かない選択肢は無い。
その為にここへ来たのだからと興奮気味に前へ出るボクの肩を、今度はグイッとおじさんが掴んだ。
「馬鹿な真似は止しなさい。あの女頭目は“賞金首”だよ」
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