48話:テテフの過去②

 ~ 領主:トマス(テテフの父)の死から30分後 ~


 領主の屋敷にある一室、今は亡き「トマスの書斎」にて。

 母:エクドレアは動揺を隠し切れないまま、最愛の娘:テテフに真顔で聞き返す。


「秘書のピエトロが、パパを殺した……?」


「ひっく、えっぐ……うん」


「……そう」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃなテテフの顔をエクドレアは静かに抱き締め、そのままギュッと唇を噛み締める。


(ピエトロ……何か腹に抱えているとは思っていたけれど、まさかこんな手段に出るなんて……ッ)


 怒りと悲しみがエクドレアの心で渦巻くも、こんな時に「弱い母」の姿は見せられない。

 彼女は表情を引き締め、グイっとテテフの肩を掴む。


「街を出ましょう、今すぐに」


「どうして!? アイツを捕まえてよ!! パパを殺したんだよ!?」


「無理よ、私達にそんな力は無いわ」


「だったら街の人達に話して――」


「それも無理よ、嘘付きだったアナタの話は誰も信じてくれない」


「ッ!?」


 ハッと目を見開き、直後に「うわぁぁああああん」と号泣するテテフ。

 その痛々しい姿を今一度抱き締め、エクドレアは震える声で呟く。


「勿論、私は知ってるわ。アナタは可愛い嘘しか吐けない、とてもとても優しい子。だから私は絶対にアナタを疑わない。――だけど、街の人達は違う。真実を告げたところで、あの人が殺された怒りと悲しみを、私達がピエトロに向けていると思うだけ。悲しいけれど、アナタの言葉とピエトロの言葉では街の人達に対する“重み”が違うの」


「………………」


 母の言葉に意気消沈するテテフを抱え、エクドレアは窓のカーテンを僅かに開ける。

 そして眼下に映ったのは、“大勢の市民が屋敷の正門に詰めかけている光景”だった。


(コレは……ピエトロが皆に何か吹き込んだわね。トマスと私を悪者に仕立て上げて、自分が『正義』になるつもり?)


 エクドレアはさとい女性だ。

 街の人達が押し寄せている状況から、ピエトロが仕組んだであろう大まかな状況を察した。


 すぐさま書斎の壁に掛けられていた絵画を外し、裏に隠されていたレバーを引く。

 すると部屋の本棚が横にスライドし、本棚の後ろに隠されていた“地下へと続く『秘密の道』”があらわとなる。


 彼女は絵画を元に戻し、テテフを連れて躊躇うことなく足を踏み入れた。

 通路の壁にも設置されていたレバーを引き、本棚が元の位置に戻れば、これで当分は『秘密の道』に気付く者はいない――筈だった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 数時間後 ~


 一旦、どれ程の階段を降りただろうか?

 最後の一段を降り、僅かな隙間から光の差し込む出口から出ると、そこは「螺旋山らせんやまの中腹」。

 エクドレアは腕時計を見て、「ふぅ~」と安堵の息を吐く。


「時間的に、しばらくは列車も通らないわね。テテフ、このまま下山するわよ」



「残念ですが、それは不可能です」



「ッ!?」


 まさかの声に、エクドレアが振り向き、目を見開く。

 可能な限り最速で逃げ出した筈なのに、そこには「秘書:ピエトロ」が待ち構えていた。


「どうしてッ……『秘密の道』は貴方も知らない筈!!」


「婦人がそう思っていただけで、私は前々から知っていましたよ? 何せ私は領主様の秘書――あぁ、正しくは“元:領主様”ですかね。この度は誠にお悔やみ申し上げます」


「ふざけないでッ、貴方がトマスを殺したのでしょう!? 一体どうして!? 何が目的!?」


「おやおや、アナタは本当にさとい方だ。しかし、少々察しが良過ぎますね……この状況を把握する時間は無かったと思いますが」



「黙れ人殺し!! よくもパパを……ッ!!」



 母の背に隠れつつ、犬歯を向き出して叫んだテテフの言葉だけでピエトロには十分。

 やれやれと、彼は落胆したように肩を竦める。


「なるほど、列車の扉が開いていたのは“そういうこと”でしたか。獣人族の身体能力を舐めていたようですね」


 言いつつ、懐に手を伸ばす彼の仕草をエクドレアは見逃さない。

 テテフを抱え彼女はすぐさま走り出したが、そんな彼女の前に「怪物」が立ち塞がる!!


「ッ――瓦礫の化け物!?」


「“廃棄怪物ダスティード”です。私の可愛いペットですよ」


 余裕の表情で答えたピエトロの胸には、“魂乃炎アトリビュート”がメラメラと燃えていた。

 この場に相応しくない笑みを浮かべる男を前に、エクドレアは苦々しく歯を食いしばる。


「まさか貴方が、“魂乃炎アトリビュート”所持者だったとは……私達をどうするつもり?」


「正直に言いましょう、私の目的は『マゼラン日誌の複製ページ』です。未だ見つからない『Z World (終焉世界)』唯一の手掛かり……トマスが隠し持っていた筈ですよ。素直に教えてくれれば命までは取りません」


「そんな言葉を信じるとでも? そもそも“複製ページ”なんて噂にしか聞いたこと無いわ。私は何も知らない」


「そうですか。まぁこちらもそんな言葉を信じる訳にはいかないので、後で身体にでも聞きましょう。――あ、そうだ。せっかく未亡人になったのですから、私の妻になりませんか?」


 飄々ひょうひょうとした態度でピエトロは提案するが、そんな提案を飲むエクドレアではない。

 彼の足元に「ぺっ」と唾を吐き返し、彼女は再びピエトロを睨む。


「お断りよ。私はトマスの妻で、テテフの母。それ以外になるつもりはないの」


「それは残念です。割と本気だったのですが……なら、そのガキに聞いてみるか」


「ッ!!」


 今の言葉が決定打。

 娘を守る母として、エクドレアはすぐさま“賭け”に出た。

 まともに戦っても勝てる未来は無く、選択肢は「逃げ」の一手のみ。


 テテフを抱えて再び走り出したエクドレア――そんな彼女を見据え、ピエトロは「ふんッ」と鼻を鳴らす。


「逃げ切れると思ってるのか? どのみち情報を吐いたところで、“俺”を知ってる奴を生かしてはおく気は無い。――殺せ」


 顔つきと声色を変えたピエトロが、廃棄怪物ダスティードに無慈悲な指示を与える。


 直後、エクドレアの頭上から瓦礫の一撃!!

 無骨な腕が二人を襲うも、地面に破壊的な衝撃が走った時、エクドレアは衝撃の中心から三歩先に進んでいた。

 ピエトロが「ほう?」と意外そうな声を上げる。


「思ったよりも動けるな。だが、廃棄怪物ダスティードが一体だけだと言った覚えはない」


「なッ!?」


 攻撃を先読みし、懸命に先の一撃を避けたエクドレアだったが、彼女の逃走劇もここまで。

 奥に隠れていた“別の廃棄怪物ダスティード”、その一振りを避ける術は持ち合わせていなかった。


(コレはッ――)


 エクドレアは聡い女性だ。

 都合の良い奇跡を願うことなく、彼女は「死」を覚悟し、最期の言葉を娘に送る。


「テテフ、愛してる」



 ゴンッ!!



 己が身を盾に。

 テテフを庇う様に巨腕を受けたエクドレア。

 この時の衝撃で彼女は絶命したが、それでも愛する娘を離すことはせず、二人一緒に“螺旋街道から弾き飛ばされる”!!


「ママ!? ママ!? お願いッ、目を覚まして!! ママッ!!!!」


 快晴の空に響く、幼い獣人族の悲痛な叫び声。

 ピクニックに出掛けたくなる雲一つ無い青空の下、螺旋街道らせんかいどうで生まれる複雑な気流に乗って、母娘二人が大空を落ちる。


「全く、無駄に手こずらせやがって。――結局、複製ページの在り処は聞き出せなかったが……まぁいい。屋敷が手に入れば探す時間はいくらでもある。しばらくは“領主ごっこ”にいそしむとしよう」


 つまらなそうに鼻を鳴らすピエトロの姿を、気絶した母:エクドレアがその瞳に捉えることは無い。

 しかし娘は目を開き、頭から血を流す母の姿越しに、泣き叫びながらも瞳に刻み続けていた。


(許さない……ッ、許さない……!! 絶対にアイツを許さない!! いつか必ずッ、アタシが殺してやる!!!!)


 全ての元凶を睨みつけながら。

 大好きな父を殺し、大好きな母を殺した男の姿を睨みつけながら、テテフは遥かなる大空を落下した。


 ――――――――――――――――

*テテフの過去回はここまで。

 次話から元の時間軸に戻ります。

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