47話:テテフの過去①

*まえがき

 今回はテテフの過去回です。


 ――――――――――――――――


 ~ 2カ月前:ハッピータウン ~


 父の名は「トマス」。

 母の名は「エクドレア」。


 数年前に「二人の養子」として迎えられたテテフは、ゴミの降らない山頂の街で何一つ不自由の無い暮らしを送っていた。

 父も母も優しい人柄で、彼女は2人のことが大好きだったが、だからと言って必ずしも毎日がご機嫌という訳ではないらしい。


「テテフ、昨日はまた嘘を吐いて街の人を困らせたって?」


 父:トマスの書斎にて。

 その責める様な声に、テテフは「ぷく~」と頬を膨らませる。


「別に困らせてないもん。パン屋の“ピカじい”が占いを始めたって、街の皆に宣伝してあげただけ」


「それを嘘って言うんだよ。占い目当ての客が来て困るって、パン屋のおじさんから“秘書のピエトロ”に苦情が来たんだ。彼もようやく仕事に慣れて来たところなのに、無駄な仕事を増やさないでおくれ」


「嘘じゃないもん。ピカじいが占いを始めれば、アタシが言ったことも本当になるし」


「全くもう、この子ときたら……」


「はぁ~」と隠さぬ溜息を見せ、トマスは呆れた表情のままクローゼットからスーツを取り出した。

 途端、テテフの顔が一瞬にして曇る。


「パパ、出かけるの?」


「あぁ、ちょっと急用でね。ピエトロに呼ばれたんだ」


「えぇ~!? 今日はパパと遊ぶって決めたもんッ、約束もしてた!!」


「本当にゴメンな。また今度遊ぶから」


「やだやだやだ!! 今日遊ぶって約束したもん!! パパの嘘吐き!!」


 大好きな父に裏切られた。

 幼いテテフは彼のスーツにすがりつき、着替えを邪魔しようとするが、それをなだめるのは母:エクドレアの仕事。


「テテフ、我がままを言っては駄目ですよ。パパは“街のお偉いさん”だから忙しいの」


「むぅ~~……」


 一応は大人しくなるテテフだが、大人の事情で子供が納得出来る訳もない。


「もういい、一人で遊ぶんもん」と両親に“嘘を吐き”。

 大人しく引き下がったと思わせた後、彼女はお気に入りの鞄を引っ提げて、家を出た父:トマスを“尾行”する。


 ただし、トマスの尾行は簡単ではない。

 彼は空を飛べる“魂乃炎アトリビュート”の所持者であり、屋敷を出てすぐに飛び立ったトマスの身体はあっという間に小さくなる。

 その小さくなる姿を見失わぬ様、幼いテテフは獣人族の身体能力を活かし、賢明に彼の後を追う。 


 そして辿り着いた先は「駅」。

 2両編成の臨時列車に秘書:ピエトロと乗り込む父に倣い、テテフも人目を避けてコッソリと乗車する。


(今日は探偵ごっこだ。約束破ったパパが悪いんだもん)


 内心でそんな思惑を抱きつつ。

 車両後方のデッキから扉の窓にへばりついて、そーっと客車を覗き込むテテフ。

 小さな彼女がうかがう限り、座席の上から頭が見えるのは、父:トマスと彼の秘書:ピエトロの二人だけ。


(こんなに人が居ない列車は初めて。何でだろう? ……まぁいっか)


 深く考えるのは苦手。

 思考を軽々と放り投げ、彼女は音を立てないよう扉に身体を預けて聞き耳を立てる。

 間もなくそこから血の惨劇が聞こえて来るとも知らずに――。



 ■



 ~ 尾行の為、テテフが列車へ乗り込んでいたその頃 ~


 娘に尾行されているとはつゆ知らず。

 テテフの父であり、街の領主:トマスは列車の窓から望む「下の景色」に目を向けていた。

 “魂乃炎アトリビュート”の使用で少々疲れているが、彼の瞳が憂いを帯びているのは疲れのせいではなく、螺旋街道の下に見える果てしないゴミ山のせいだ。


(相変わらず酷い景色だ。どうやったらゴミ山の人達がまともな生活を送れるようになるのだろうか? やはり街の人々を説得して――いや、今はそれを考える時間ではないな)


 フルフルと頭を振り、トマスは隣に座る秘書:ピエトロに神妙な顔を向ける。


「それで、今すぐ話さなければならない“大事な話”とは何だ? わざわざこんな場所で話す程のことか?」


「えぇ。貴方が所持している“『マゼラン日誌』の複製ページ”について」


「ッ――」


 トマスの顔が強張る。

 すぐさま彼は席を立とうとしたが、予め心構えのあったピエトロに軍配が上がる。



 “銃声ドンッ”。



 ピエトロが懐から銃を取り出し、トマスの額に銃弾をブチ込んだのだ。


 結果、声を上げる暇も無くトマスは絶命。

 銃弾で割れた窓ガラスが外へ飛び散り、螺旋街道をキラキラといろどかたわら、トマスの瞳からは光彩が失われる。

 それを見下すピエトロの瞳は先程までとは別人で、まるでゴミでも見る様な様相だった。


「今の反応、やはり“複製ページ”を所持していると見て間違いないな」


 言って、ごく自然にトマスの身体を足蹴にし。

 その後にピエトロは、割れた列車の窓からトマスの死体を投げ捨てた。

 物言わぬ死体は実に呆気なく遥か下のゴミ山へと落ちてゆき、それを見届ける彼に背後から声がかかる。



「いやはや、相変わらず仕事が速いですね」



「……ディグリードか」


 声を掛けて来たのは『列車の車掌:ディグリード』。

 真っ赤な血だまりが出来た床を見て、彼は今一度ピエトロに視線を送る。


「ところで、“複製ページ”の在り処は聞き出せたんですか?」


「いいや。だが、あの反応は所持していると見て間違いない」


「ふむ、解せませんね。せめて殺す前に“隠し場所”を聞き出せばいいものを」


「お前はトマスを甘く見過ぎだ。奴は元々、殺伐としていた『ハッピータウン』に“武力で平和をもたらした”男だぞ? 下手に時間を使えば反撃されるのがオチだ。強者は早めに排除して、残った“弱者”を脅すのが合理的だろう」


「なるほど。これは失礼」

 

 うやうやしく、仰々しく、芝居がかった動作で頭を下げる車掌:ディグリード。

 彼は続けて、こんな質問をピエトロに向ける。


「それでは、早速街へ戻りますか? これから市民にトマスの悪行を広めるのでしょう?」


「あぁ。トマスの死を市民に伝えるのと同時に、“でっち上げた悪行”で奴の評判を地に落とす。これでエクドレア婦人は完全に居場所を失い、その状態で娘を人質にすれば“複製ページ”の在り処を――」



 ゴトッ。



「「ッ!?」」


 予期せぬ“物音”に二人は素早く反応。

 ピエトロと車掌:ディグリードの視線が、同時に車両後方へと向く。


「おい、デッキに誰か居るのか?」


 ピエトロが問いかけるも反応は無い。


「落石ですかね? 私が用意した臨時列車ですし、誰も居ない筈ですが……」


 そんな言葉だけで不安が拭える筈も無く。

 二人は視線を合わせて頷き、静かに歩いてデッキの扉を開け――そこで初めて気づいた。

 誰も居ない筈のデッキにある、“乗車用の扉が開いている”ことに。


 ――――――――――――――――

*まえがき

 テテフの過去回は次話で終わります。

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