46話:肉とシャワーと抱き枕

 盗みを働き、街の人に捕まった獣人族の少女:テテフ。

 彼女をお金で解放すると、無視出来ない台詞を口にした。


「“アイツ”がここに来たらマズい」と。


「アイツ? さっきテテフを捕まえたおじさん?」


「違う、あんな奴はどうでもいい。ヤバいのは“ピエトロ”だ。アイツに見つかりたくない」


「ピエトロ? もしかしてテテフが復讐したい相手って、領主:ピエトロだったの?」


「そうだ。……詳しく知りたいか?」


「うん。ボクもピエトロには用事があってね」


 そう前のめりで口を滑らせたのが失敗か。

 こちらの反応を見るなり、彼女はギラリと瞳を輝かせる。


「なら、まずアタシに『肉』を食わせろ。話はそれからだ」


 ――生意気が過ぎる。

 子供じゃなかったらここで見捨てていたかも知れないが、彼女の小さなお腹が「ギュルルルルッ」と空腹を訴えかけて来たら、諦めて溜息を吐くしかない。


「はぁ~、わかったよ。ご飯くらいは驕ってあげる。でも、その前に――」



 ■



 ~ ボクが泊る宿屋にて ~


 飲食店へ入るのに、ゴミ山で汚れたテテフの恰好はよろしくない。

 そこで一度服屋に寄り、シャツと短いパンツを買って、それからボクが泊る宿で彼女にシャワーを浴びさせることにした。


 が、それを「良し」としないのが宿屋の主人。

 お世辞にも綺麗とは言えないテテフを見るなり「うへぇ~」と顔をしかめる。


「おいおい、まさかとは思うが、その“汚いの”を部屋に入れる気か?」


「うん、ちょっとシャワーを浴びさせようと思って。新しい服は買ってきたし、お金も追加で払うよ」


「それならまぁいいが……おい、さっさと部屋に連れて行け。ここに臭いが残ったら困る」


 シッシッと、追い払う仕草を見せた宿屋主人に見送られ。

 早々に部屋へと戻ったボクは、すぐさまテテフと浴室に入る――その前に。


「鞄の中、何が入ってるの?」


「アタシの宝物だ。お前には教えない」


「別に教えて貰わなくていいけど、これから洗うから一旦部屋に出してきて」


「……盗むなよ?」


「盗まないよ」


 キミじゃあるまいし、という台詞は口に出さないでおくとして。

 ボクに遅れて浴室に入って来た彼女へ、遠慮なく暖かいシャワーを浴びせると「キョトン」とした顔を向けてきた。


「おい、服ごと洗うのか?」


「処分する前に多少は臭いを落とさないとね。宿屋の主人に悪いし」


「でもアイツ、アタシを“汚いの”って言ったぞ。嫌な奴だ」


「部屋に入れてくれただけマシでしょ。服屋じゃ入店も断られたんだから」


 理由は言わずもがな。

 仕方なくボク一人で服屋に入り、独断と偏見で彼女の服を買って来た次第となる。


「そう言えば、お前の黒ヘビは何だ? アレは“魂乃炎アトリビュート”じゃないのか?」


 もぞもぞと勝手に服を脱ぎ。

 裸になって身体を洗い始めたテテフが思い出したように質問して来る。 

 ボクは脱ぎ捨てられた服と鞄を洗いつつ、どう答えたものかと悩んだものの、結局は隠さず答えた。


「アレはバグっていう生き物らしいけど、それ以上のことはボクにもわかんない。一応はボクの意思で操れているけどね」


「ふ~ん? 変な奴だな。――おい、早くアタシの髪を洗え」


「えぇ~、それくらい自分で洗ってよ」


「嫌だ、洗わないとピエトロの話をしないぞ。あと尻尾もな」


(全く、どこまで我が儘なんだか……)


 まだまだテテフは子供だからと、気にせず一緒に浴室へ入ったのが失敗。

 浴室の鏡に映るのは、彼女の尻尾を熱心に洗う「召使い」の様な自分の姿だ。

「こんな事しに来たんじゃないのに……」と落胆するが、それでも黒ヘビまで使って彼女を洗った甲斐はあった。


「お前、洗うの下手だな。でも頑張っていたから、アタシは褒めてやる」


「そりゃどうも……」


 滅茶苦茶生意気だけど。

 それでも、汚れが落ちて満足げなテテフの顔に免じて、今回は文句を言わないでおこう。



 ――――――――


 

 シャワーを終え、ボク等は街に繰り出した。

 テテフの要望通り近くの屋台で「肉料理」を食べるも、無心で食べて腹が膨れた彼女は早々にウトウトと舟を漕ぎ出す。


(あらら、ピエトロの話もまだなのに……まぁ無理もないか)


 列車に忍び込んで街に入り、武器を盗んで逃げ回り、捕まって、銃器販売店ガンショップの男性にぶたれた頬は、僅かに晴れて赤味も残っている。

 精神的にも肉体的にも、今日一日だけでも相当な疲労が溜まっていたのだろう。


 一向に起きる気配のない彼女を仕方なく背負い(こっそり黒ヘビも使って)、ボクは支払いを済ませて早々に宿屋へ戻った。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ その日の夜 ~


(う~ん……何だか寝苦しいな)


 身体に違和感を覚え、夜中に目が覚めた。

 既に暗闇に慣れた視界で自分の身体を確認すると、ボクの左腕に獣人族の幼子がギュッとしがみ付いている。


(寝苦しさの原因はテテフか……)


 ベッドが1つなので仕方ないけど、ボクの左腕は抱き枕じゃない。

 振り解こうともぞもぞ動くと、彼女がギュッとしがみ付き、「寝言」を一つ。


「ママ……」


「………………」


 何も珍しい話ではない。

 世界で、特にこの『Trash World (ゴミ世界)』で、親と別れた子供は珍しくも何ともない。

 ただ、珍しい話ではないからと言って、本人が辛くない訳ではないだろう。


(ボクがテテフくらいの頃は、もう『メリーフィールド孤児院』に引き取られていたっけ……)


 決して裕福な暮らしではなかったし、学園では12年間もしいたげたられたけれど。

 それでも、最低限の「食べ物」と「寝る場所」が確保されている「安心感」はあった。


 でも、この子はそうじゃない。

「食べ物」も「寝る場所」も、何一つ保証されていない中で彼女は生きている。



『俺達はなぁ、コイツの親に恨みがあるんだよ……ッ!!』



 昼間、テテフに銃を盗まれた銃器販売店ガンショップの男性がそう声を荒げていた。

 そして彼女が復讐を望む相手を踏まえれば――“過程”はさておき、“結末”を想像することはそう難しい話ではない。



 ■



 ~ 翌朝 ~


「テテフの親は、ピエトロに殺されたの?」


 寝起き早々、ボクは遠慮なく核心に迫った。

 するとベッドの上で半開きだった彼女の瞳が、徐々に大きく見開かれる。


「お前……どうしてそれを知ってる? 誰から聞いた?」


「聞いた訳じゃないよ、状況的にそれしかないかなと思っただけ。――話してくれるよね?」


 テテフのこと、そして領主:ピエトロのこと。

 とくに後者が無視出来ない為、ボクは彼女の我儘に付き合ったのだ。

 廃棄怪物ダスティードを一瞬で崩壊させた力の正体を知らぬまま、下手にピエトロと争う展開になることだけは避けたい。


 そんなボクの気持ちを汲んだ訳でもないだろうが、一宿一飯の恩義くらいは感じてくれたらしい。

 

「……わかった。お前には話してやる」


 憮然な顔で偉そうにベッドの上に立ち、そしてテテフは語った。

 僅か2か月前の出来事を――その身に起きた「惨劇」を。


 ――――――――――――――――

*あとがき

 次話はテテフの過去回です。

 次々話と合わせて「2話」で終わりますので、お時間ある時にまとめて読んで貰えると幸いです。

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