45話:領主:ピエトロ

 山頂の街に現れた瓦礫の化け物:廃棄怪物ダスティードが、呆気なくガラガラと崩壊。

 その崩壊を起こしたのは、背の高い「スーツ姿」の男性だった。


(何だあの男、一体何をした? 一瞬だけ“魂乃炎アトリビュート”の炎が見えたけど……)


 身長2メートル強で、『秘密結社:朝霧あさぎり』の先輩(自称):イヴァンと同程度。

 年齢は恐らく40代で“魂乃炎アトリビュート”所持者なのは間違いないが、具体的な能力まではわからない。

 ただ、そんなボクにも彼がこの街の英雄であることはわかる。


「ありがとうピエトロさん!!」

「おかげで助かったわ!!」

「流石“領主様”だぜ!! アンタのおかげで安心して商売が出来る!!」


「……気にするな。失礼する」


 民衆が「わぁああッ」と盛り上がる中、仏頂面で屋敷の方へと歩いて行く男性。

 随分とクールな性格らしいが、この街を廃棄怪物ダスティードから守る実力者なのは間違いない。


 そして――


(領主:ピエトロ……アイツが『マゼラン日誌:複製ページ』の所有者か。まさかあんな実力者だったとは……)


 ピエトロが領主であることは事前に聞いていたけれど、“魂乃炎アトリビュート”所持者だとは知らなかった。

 複製ページの「盗み」で下手を打てば、彼と戦う展開になり兼ねない。


 勿論、負けるつもりは更々無いけど、避けられる戦いを積極的に行う必要も無いだろう。

 複製ページの場所さえわかれば、力づくで奪って逃げるだけなんだけど……って、この考えも堂々巡りか。


「とりあえず、ご飯を食べて英気を養おう。考えるのはその後だ」


 思考を回すにも糖分が足りていない。

 残念ながら先のお店は壁が壊れてしまった為、駅前広場の外れにあるちょっと年季の入った喫茶店で腹を満たすことに決めた。



 ■



 ~ 1時間後 ~


「ふぅ~、もう食べれないかも」


 場所は駅前広場の外れだったが、入った喫茶店は中々の「当たり」。


 ココア5杯、カフェラテ5杯。

 ハニートースト5枚に、名前を忘れた蜂蜜味のピザが5枚。

 デザートにミニケーキの3種セットを5回注文し、約2万Gのお会計。


 少々散財してしまった感は否めない物の、おかげでボクの幸福度はうなぎ上り。

 螺旋街道らせんかいどうの入口で始末した警備兵からの臨時収入もあって、まだ手持ちは「60万G」以上もある。

 活動資金としては十分過ぎる程だ。


 こうして満たされた気持ちのまま喫茶店を出たはいいものの、すぐに喧騒の声が耳に入った。

 何か揉め事でもあったのか、路地の一角に野次馬達が集まっているが……。


「何かあったの?」


「あぁ、何でも廃棄怪物ダスティードが暴れている間に、銃器販売店ガンショップから銃を盗もうとした奴が居たらしい。それも列車に紛れて街に侵入したゴミ山の輩みたいで、ずっと逃げ回っていたがようやく捕まえたところだとさ」


「あらら、無賃乗車に盗みまで……それは良くないね」


 自分の事は棚に上げて。

 教えてくれた男性の話に「うんうん」と頷くと、野次馬の中から甲高い声が響く。


「離せ!! アタシに触るな!!」


(ん? この声は……)


 聞き覚えがある。

 まさかと思って野次馬の中に割り込むと、二人の男性に押さえつけられる幼い少女の姿が――それも“獣の耳と尻尾を生やした”少女の姿があった。

 ボロボロの鞄を抱えてうずくまる彼女は、昨夜ゴミ山でボクのお金を盗もうとした獣人族の少女だ。


(テテフ? どうしてこんな場所に)


 いや、理由は先の人が話してくれた通りで、昨夜に彼女自身も言っていた。


『“殺したい奴”がいる。そいつを殺す為に武器が欲しい』


 その為に、彼女は街まで武器を盗みに来たのだ。

 螺旋街道らせんかいどうの警備兵はボクが始末していたし、幼いながらも彼女は獣人族で、高い身体能力を活かせば列車に忍び込むことも容易。


 そんな彼女を取り押さえた男性二人は称賛に値するものの、テテフ目線で言えば絶望的な状況であることは間違いない。


「ねぇおじさん、あの子どうなるの?」


「ん~、普通は不法侵入と窃盗で牢屋にブチ込まれる。その後は領主様の判断で罰を与えられるが……“あの子”はどうかねぇ。とっくに死んでたと思ってたし、親がこの街で悪事を働いていたからなぁ」


「え? それってどういう――」



「ぎゃッ!?」



 痛々しい悲鳴。

 すぐさま振り返ると、テテフの左頬が赤く染まっていた。

 彼女を押さえつける男性が拳を振り上げており、それが再び振り下ろされる事実を見逃すことは流石に出来ない。


「ちょっとやり過ぎだよ」


 スッと、拳を振り上げる男性の前にナイフを添える。

 すると拳がピタリと止まり、拳を振り上げたまま男性がギロリとボクを睨む。


「……何のつもりだ?」


「聞こえたなかった? 耳掃除した方がいいんじゃない?」


「うるせぇ、部外者は黙ってろ。俺達はなぁ、コイツの親に恨みがあるんだよ……ッ!!」


「だったらこの子じゃなくて親を殴れば? もしかして馬鹿なの?」


「テメェ……ッ、あんま舐めた口をきくと――」


「いくら?」


「――あ?」


「この子を解放するのにいくら必要?」


 唐突な問いで、血が上った男性の頭も多少は冷えたのだろう。

 僅かに間を置いた後、訝し気な視線をこちらに向ける。


「何だチビ、テメェがコイツを買うってのか?」


「うん。お金が解決出来るならそれでもいいよ」


「ハッ、上等だ。だったらそうだな……コイツがウチの店から盗もうとしたのは10万のマグナム銃だが、5倍の金を払うなら見逃してやる。さぁどうだ、50万G払えるのか? まぁ無理だよなぁ。テメェみたいなチビガキに払える金額じゃあ――」


「じゃあ、コレで」


 バサッと、ポケットに突っ込んでいた札束を地面に落とす。

 ゴム紐で括っていた一束ちょうど50万を前に、男性は「………………」と沈黙。


「どうしたの? 50万G欲しいんでしょ?」


「………………。……ふんッ。これに懲りたら二度とこの街に来ないことだ」


 金と小さなプライドを天秤にかけ、天秤は金に傾いた。

 札束を奪う様に拾い、男は捨て台詞を吐いてこの場を去っていった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 集まっていた野次馬は散り散りとなった。

 この場に残った獣人族の少女:テテフが、訝しげな瞳をボクに向ける。


「……お前、どうしてアタシを助けた?」


「いや、流石に見逃すのはどうかと思って。そんな大そうな理由は無いよ」


 本当に、ただ可哀想だったから介入した。それだけの話だ。

 これ以上彼女に関わるつもりも無かったが、それはボクの考えであって彼女の考えではない。


「お前、アタシを買った」


「ん?」


「アタシを買ったお前には、アタシに飯を食わせる“ギニュ”がある」


「ギニュ? ギニュって何?」


「何だお前、知らないのか。ギニュは責任があるってことだ」


「あぁ、義務のことね」


「そうとも言う」


(そうとしか言わないけど……まぁいいや)


 言葉の定義でテテフと揉めてもしょうがない。

 それよりも問題は、彼女がボクにご飯を強請ねだっていること――ではなく、早急にこの場を離れたがっていること。

 チラチラと周囲を気にしつつ、グイグイとボクの背中を押して来る。


「おい、早く行くぞ。“アイツ”がここに来たらマズい」

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