43話:久しぶりのゴミ掃除

 どんな世界でも先立つモノは「金」だ。

 螺旋街道らせんかいどう入口にいた警備兵に、“袖の下(賄賂わいろ)”として「1万G」の紙幣を渡すも、彼は「ふんッ」と鼻で笑う。


「足りねーな。相場はその5倍だぜ?」


「……わかった。じゃあその額で」


 完全に相手の言い値だが、下手に機嫌を損ねたくない。

 今の手持ち(44万9千G)と天秤にかけて、ボクは「5万G」を――獣人族の少女:テテフに渡したお金の「50倍」もの金額を支払う。


 “必要経費”と“ほどこし”は別だと、自分にそう言い聞かせ。

 改めて螺旋街道らせんかいどうに足を踏み入れるが、先の警備兵が何故かボクの前に立ち塞がる。


「チビ助、よく見りゃ可愛いつらしてるな。女みてーな顔だ」


「……それが何?」


「ちょっとこっちに来な。俺が“気持ちいいこと”教えてやる」


「いや、遠慮しとくよ」


「そう遠慮するなよ」


 ガシッと、逃がさんとばかりにボクの肩を力強く掴む警備兵。

 内心「やれやれ」と辟易へきえきしつつ、今ここで騒ぎを起こすのも面倒だ。

 言われた通り彼について歩くと、先を行く警備兵に他の警備兵から声がかかる。


「おい、後で俺にも“使わせろ”よ?」


「ハハッ、勿論だ。俺の“使用済み”でよければな」


 そんな会話を繰り広げた警備兵と共に、ボクは螺旋街道らせんかいどうの脇に建てられていた小屋へと入る。

 すぐさま彼は扉に鍵をかけ、カチャカチャとベルトを緩めてズボンを脱ぎ始めた。


「安心しろチビ助、すぐに終わる。お前が大人しくしていれば、の話だがな」


(う~ん、やっぱりそう来たか……)


 予想通り過ぎて欠伸が出る。

 出来ればもうちょっと“捻り”が欲しかったところだけど、下半身でモノを考えるやからにそれを期待するだけ無駄だろう。


 問題は、この警備兵への対処。

 ズボンを脱ぎ捨てた彼が、続けて臭そうなパンツにも手をかけたところで、ボクは「ねぇ」と声を掛ける。


「おじさん、“こういう事”はよくやってるの?」


「あぁ、ゴミ山のガキでたまにな。アイツ等は教養が無いから、金と食い物ですぐに釣れる。全く、無知ってのは罪だぜ」


「なるほど、それを警備兵の皆で楽しむって訳だね。一応聞くけど、罪悪感とか覚えないの?」


「ハハッ、ガキが大人に説教か? 罪悪感なんてある訳ねーだろ。所詮ゴミ山の連中なんざ、生きてても死んでても変わらねぇゴミばっかだ。そのゴミを俺達が有効活用してやってんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだぜ」


「そっか……なら、おじさんの身体も有効活用させて貰うね」


「ん? 何を言って――」



 斬ッ!!



 パンツから解放された警備兵の“局部”を、斬撃で切断。

 堪らず「ぎゃああああ!?」と悲鳴を上げたその口に、彼が脱ぎ捨てたズボンを突っ込む!!


「むぐぅっ!?」


「耳障りだから、あまり騒がないで貰える? あと、もう“無くしちゃった”からボクは用済みだよね――って、まぁそれどころじゃないか」


 床に倒れ、口にズボンを咥えたまま。

 ドクドクと血を流す股間を抑え、声ならぬ声でうめく警備兵。

 このまま生き恥を晒し続けさせてもいいけど、観客がボクだけでは歓声も起こらない。


「ちょっと絵面が最悪だし、死んで貰うね」


 ――弱者を。

 社会的な弱者を、ゴミの様に扱うこの男に生きている価値なんて無い。

 この男こそ本物のゴミで、ゴミは掃除しなくちゃいけない。


 ぬるりと、ボクは右肩から黒ヘビを出す。



『俺達の仲間になるなら無用な殺しは控えろ』



 数日前だったか、組織の先輩:イヴァンに言われた言葉が頭に蘇る。

 が、ボクは頭の中で反論する。


(これは無用な殺しじゃない。生きる資格の無い人間は、死んだ方がいい人間は、確実にこの世界にいるんだ。悪を許す道理は無い)


 だから殺す。

 悪を滅する。

 正義の力で、とは言わない。

 既にボクは、自分の手が汚れていることを自覚している。


 それでも、それを自覚した上で。

 自覚していることを免罪符にして。

 ボクは、目の前の悪を滅することに躊躇ためらわない。


「んん~~ッ!!??」


 黒ヘビを見て、恐れおののく警備兵。

 その顔を目掛け――



 “黒蛇クロノアギト



 ガブリッ!!

 頭を噛み砕き、警備兵は絶命。

 露出するモノを失くした下半身を晒したまま、上からも下からも血を流し、彼は物言わぬ肉塊となった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 1時間後 ~


 結局、あの後に「4人」の警備兵を追加で始末した。

 螺旋街道らせんかいどう入り口付近にいた彼等を一人ずつ小屋に呼び出した結果、残念ながら全員が生きる価値の無いゴミクズだった為だ。


 悲しいことだけど、本当に悲しいかと問われればどちらでもなく……。

 

 ともあれ、これでボクの登山を邪魔する者は一人も居なくなった。

 今は鉄道のレールに沿って、心置きなく螺旋街道らせんかいどうを登っている次第となる。


(ま、おかげでお金も取り戻せたし、何なら彼等の財布から“補充”も出来たからね。結果オーライってことで)


 ついでに言えば、警備兵が持っていた「無線機」も破壊済み。

 恐らく山頂にも警備兵はいるだろうけど、連絡が取れない以上は直接状況を確認する他なく、列車が運休している現状ではその確認にも時間が掛かる。

 ボクとしては、それまでの時間で『マゼラン日誌の複製ページ』を手に入れたいところだ。


「ふぅ~、結構走ったね……もう半分以上は登って来たかな?」


 少々肌寒く、空気も薄くなってきた螺旋山らせんやまの中腹で、ボクは久方振りにその脚を止めた。

 平面を走るのとは違って、流石に坂道を休憩無しで走り続けるのは骨が折れる。


 ゴロンと街道に寝ころび、「ふぅ~」と大きく深呼吸。

 いつの間にか見上げる空の半分は雲に覆われているが、まぁ身体を休めるだけなので景色なんてどうでもいい。


 しばらく休憩の後、ボクは疲労の抜けきれぬ身体を再び起こす。


「さてと、先を急がないと――ん?」


 上にばっかり目が行って気づかなかったけれど、ボクが寝ころんでいたすぐ近くに“それ”はあった。

 「扉」だ。

 岩壁の中にひっそりと佇む、昼間でも目立たない明らかに場違いな「扉」。


(何だこの扉……洞窟の入口? それとも、こんな場所に誰か住んでるのか?)


 だとしたら相当な変人だが、扉の周辺は砂埃を被っている。

 長らく使用された形跡は見当たらず、だとしたら鉄道の建設時に使われた資材置き場だろうかと、そんな思考を始めたところで――気付く。


「あれ、この“音”は……」


 扉よりもよっぽと興味深い。

 耳を澄ますと「ガタンッ、ゴトンッ」という音が聞こえる。

 すぐさま下を覗くと、2段下の螺旋街道らせんかいどうを力強く登ってくる「列車」の姿が確認出来た。


「あらま、もう復旧したのか。昨日降ったゴミが線路に積もってた筈だけど……誰か片付けたのかな?」


 真相は知る由も無いけれど、列車が動いているなら話は早い。

 この機を逃すまいと、ボクはすぐさま“崖から飛び出し”、滑る様に崖を降りる。

 右肩から出した黒ヘビをクッションに一段下の街道へと降り立ち、そこから更に崖を滑って――列車の屋根にスタンッと着地した。

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