39話:『Trash World (ゴミ世界)』

 天気は「晴れ」ながら、少々荒れた船出となった。

 『T』の世界:『Trash World (ゴミ世界)』に渡航したはいいものの、出現した場所が「上空」だったのだ。


(“出現先がランダム”だと、こういう可能性もあるのか。これじゃあ25万Gでも高い気がするけど……)


 既に数百メートルを落下した今、文句を言っても仕方がない。

 地上まで残りは500メートルを切り、落下の時間に比例して地面の解像度も徐々に上がっている。


 このまま墜落死する前に、ボクへ与えられた任務を今一度振り返っておこう。



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 ~ 昨日:『蜘蛛の家スパイダーズハウス』の古びたロビーにて ~


 組織の長:グラハム(火の玉姿)は語った。


「以前も言ったが、ワシ等の第一目標は『Z World (終焉世界)』への到達。その手掛かりは『マゼラン日誌』だけじゃが、今現在は『世界管理局』の本部が厳重に保管しておる」


「え、じゃあ手が出せないじゃん。いきなり話が詰んでるんだけど?」


「そう慌てるでない。その厳重に保管されておる『マゼラン日誌』が、かつて一度だけ完璧に「複製」され、“複製ページ”が世界中にバラ撒かれる事件があってな」


 ――グラハム曰く。

 今や『五芒星ビッグファイブ』を始めとする世界中の大物が、そのバラバラになった“複製ページ”を所有しているらしい。

 中にはまだ見つかっていない複製ページもあるとの噂だが、手掛かりが無いモノは手の出しようもなく、所有者から奪うのが一番手っ取り早いとのこと。


 この話を聞き、組織の先輩:イヴァンは「ふぁ~」とつまらなそうに欠伸をする。


「要するに、俺等に“盗み”を働けってことだろ?」


「あぁ。イヴァンは『Robot World (機械世界)』で、ドラノアは『Trash World (ゴミ世界)』にて“複製ページ”を手に入れて来い」



 ―

 ――

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 ――――――――



 という流れを経て、ボクとイヴァンはそれぞれ別世界に渡航した次第。

 結果としてボクは空に出現してしまったけれど、まぁ周辺を確認するという意味では空から見るのが一番手っ取り早いし、悪い結果ではないと捉えることも出来る。


 墜落まで残り200メートル。

 眼下には「街」が見えるものの、ワクワクするかと言えばそうでもない。


(街の様子も気になるけど、とりあえず「着地」で死なないようにしないとね)


 全ては命あっての物種。

 墜落に備え、ボクは右肩から出した黒ヘビで蜷局とぐろを巻いた。


 そして、墜落の寸前。

 蜷局を巻いた黒ヘビを地面に叩きつけ、バネの反動で大きく跳ねる!!


「わっ!?」


 思ったよりも跳ねた。

 20メートル程浮き上がるものの、今の衝撃で死ななければ成功したも同然。

 そのまま先と同じ要領で2回ほど跳ね、最後は自分の脚で地面に降り立った。


「さてと、これは一体どういう状況だ……?」


 街中に着地したはいいものの。

 目の前に広がるのは、どこもかしこも“ボロボロに荒廃した街”の風景。

 見える限りの建物ほぼ全ての窓ガラスが割れ、半数近い建物の壁は崩壊し、その内のいくつかは天井も崩落している。

 街の規模に比べて見える人影が明らかに少なく、アチコチから立ち昇る今にも消えそうな煙の心細い軌跡が、既にこの街が終焉を迎えた事を教えてくれていた。


 この街で唯一元気なのは、「カーッ、カーッ」と響き渡るカラスの鳴き声だけ。

 それも数羽のカラスが群がり、“地面に横たわる何か”を突いてる姿が確認出来る。


(アレは……人間の死体か)


 これも自然循環の一部だと、そう言い切っていいのかは疑問が残る。

 ただ、疑問が残ろうと残るまいと、背後から聞こえて来た「野太い悲鳴」を無視する訳にもいかない。


 何事かと足を引き返し、瓦礫となった建物を曲がると――いた。

 地面に這いつくばる初老の男性と、その背中に脚を乗せ、銃を手にする無精ひげの男が。


「ねぇ、何してるの?」


「あぁ? 何だチビガキ、テメェも殺されてぇのか?」


 無精ひげの男性が気だるげにこちらを向き、その下で這いつくばる初老の男性が唐突に叫ぶ。


「た、助けてくれ!!」


「おいおい、こんなチビに助けを求めて何になる?」


「頼むッ、こんな理不尽な死に方はしたくねぇ!!」


「ギャハハッ、知らないのかよジジイ。死ってのはなぁ、いつでも理不尽なもんなんだぜ?」


(ふむ……事情はよくわからないけど、まぁとりあえず助けるか)


 無精ひげの男性は如何にも悪そうな顔立ちで、実際に銃を手にして悪そうなことをしているっぽいので、多分悪者だろう。

 悪者だったら殺しても構わない。

 ボクは腰のナイフを構え、ほんの一瞬、止まる。



『俺達の仲間になるなら無用な殺しは控えろ』



 何処かの先輩が言った言葉。

 それがふと頭を過り――


「ぎゃぁぁああああ!?」


 ――無精ひげの男をナイフで斬りつけるも、命までは奪わない。

 今回は“左耳1つ”で勘弁しておこう。


「糞っ、このチビガキがぁああ!!」


 血を流す左耳を抑え、無精ひげの男性が銃を構えるも、遅い。

 斬撃でその銃を弾き飛ばし、それを拾おうと右手を伸ばしたところで、追撃。

 右腕からブシュっと血を流し、再び悲鳴を上げた無精ひげの男性は踵を返して逃げて行った。



 ――――――――



「助かったぜ坊主、ありがとうよ」


 先程まで這い蹲っていた初老の男性。

 彼がヨロヨロと立ち上がり礼を述べるも、ボクが欲しいのはお礼ではなく情報だ。


「街が随分とボロボロだけど、コレはさっきの人のせい?」


「さっきの奴というか、アイツを含めた野盗共に襲われたんだよ。2日前にこの街に来たかと思ったら、街を破壊して何もかも奪って行っちまった」


「なるほど、それでこんな有様に……。そう言えば管理者はどうしたの? この規模の街なら駐在してると思うけど」


「奴等なら真っ先に逃げたよ。普段は偉そうにして税金もたんまり取りやがる癖に、いざという時は役に立たねぇ。ったく、お陰で街は終わりだ」


 深く「はぁ~」とため息を吐いた初老の男性は、虚ろな瞳で空を見上げる。

 ここまで街が荒廃してしまえば、最早まともな経済活動は成り立たないだろう。


(街の人達は可哀想だけど、だからってボクに出来ることも無いや)


 現在、ボクの手持ちは渡航で余った25万Gと、活動資金として最初に貰っていた20万Gの、合わせて計45万G。

 仮に45万Gで街が復興するなら全額寄付することもやぶさかではないけれど、流石にこの金額では焼け石に水も良いところだ。


「ところでおじさん、『ハッピータウン』って街を探してるんだけど知らない? まさかこの街じゃないよね」


「ハッピータウン? それなら列車で行けるが、生憎とこの状況だからな。鉄道が復旧するにしてもいつになることやら……」


「そっか、じゃあ歩いて行くよ」


「正気か? 線路沿いに歩いても最低5日はかかるぞ。それに最後の方はまともに歩けたもんじゃねぇ」


「何それ、足場が悪いの?」


 だとしても。

 線路が敷いてあるなら歩けないことはないだろうと、そう高を括っていたボクに初老の男性は告げる。


「いいや、“とんでもなく臭い”のさ」


「……はい?」

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