38話:『セーフティネット』

「いってらっしゃいませ御主人様マスター。道中、どうかお気を付けて」


 鬱血した肌の様な黒紫の空の下。

 ギュッと握られたボクの左手――ダークエルフの少女:ロロによる“見送り”が行われたのは、『暗黒街:ロンダリング』から1キロほど離れた場所。

 崖の谷間に腰を下ろした『蜘蛛の家スパイダーズハウス』の正面玄関の扉を開け、先輩(自称)に続いて地面に伸びる階段を下りる。



 『Trash World (ゴミ世界)』へ渡航し、『Z World (終焉世界)』への手掛かりを“奪って”来てもらう。



 コレが昨日、グラハムからボクに与えられた任務。

 その為に、今から殺風景な大地を進んで「街の灯り」を目指す訳だが……。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 『暗黒街:ロンダリング』 ~


 今まで見た中で一番大きな『暗黒街』であり、それ故に人通りは相当なもの。

 当然ながらボクが来たのは初めてだけど、先輩(自称):イヴァンは何度か足を運んでいるらしい。

 

 スタスタと歩いてゆく彼の背中を追いかけること数分。


 辿り着いたのは、裏路地にある5階建ての建物。

 1階には酒場が、2階にはパブらしきお店が入っているが、3階より上はネオンの看板が無い。


「ここは?」


「数多の闇組織が共同管理・運営する施設『セーフティネット』だ。今日は“ここから渡航する”」


「え、ってことは、このビルの中に『世界扉ポータル』があるの?」


「まぁ完璧とは言えない違法の代物だがな。とりあえず金さえ払えば指定した世界への渡航は出来る。――行くぞ」


 ビル前での長居を避けたかったのか、イヴァンが早々に建物へ入り、狭い階段を上がって4階へ。

 何も書かれていない扉を「コンコン」とノック。

 そのまま数秒待つと、内側から扉が「ガチャリ」と開いた。


 出迎えたのは、秋の実りの様に丸々と肥えた女性。

 彼女はボク等を一瞥した後、無言のまま踵を返して廊下を歩いてゆく。


 その大きな背中に続いたイヴァンの後を追い、そして奥の扉を進んだ先には「巨大な鏡」。


(『世界扉ポータル』……こんな所に本当にあった)


 地獄で見た7メートル級の『世界扉ポータル』よりは小さいものの、それでも4メートルはあるだろうか?

 見上げる程に大きな鏡が部屋の中央に鎮座し、その周囲には不思議な模様の石が6つ浮いている。


 そうやって『世界扉ポータル』を見上げている間に、ボク等を案内した女性は、壁際のカウンター裏へ移動。

 テーブルに置かれた古びた紙を「ほいよ」と差し出してきた。


「ウチで渡航出来るのは、そこに書いてある6世界のみだよ。知ってると思うけど、料金は一人頭50万Gだ」


「わかってる。それで問題無い」


 イヴァンが即答し、受け取った紙に目を通すことなくそのままボクへ。

 彼にとっては既知の事実なのか、その紙には下記の旨が記されていた。


 ――――――――

 ~ 渡航可能な世界 ~


・『Adam World (黎明世界)』

・『Beast World (猛獣世界)』

・『Fantasy World (幻想世界)』

・『Trash World (ゴミ世界)』▲

・『Ocean World (海洋世界)』

・『Robot World (機械世界)』

 ――――――――


「……全部の世界に渡航出来る訳じゃないんだ?」


「ハハッ、そんな欲張りセットの『世界扉ポータル』持ってるのは管理局くらいなもんさ」


 カウンターの女性が笑う――その目の前に“札束ドンッ”。

 乱雑に置かれたのは、イヴァンが懐から取り出した札束。

 女性は当然の様にそれを手に取り、ペラペラと枚数を確認する。


「……オーケー、50万G丁度だね。いいよ、アンタは好きな世界に渡航しな。そっちの坊やはどうするんだい?」


(坊やじゃないけど……まぁいいや)


 訂正したところで得るモノも無い。

 ボクも懐から札束を取り出し、それをカウンターに置く。

 

 ちなみにお金の出所は、今や蜂蜜となった家出少女:パルフェ。

 彼女を人間に戻す治療費として、パルフェがリュックの中に詰め込んで来た“有り金全部”を『秘密結社:朝霧あさぎり』が徴収したらしい。

 これまた中々に酷い話だけど、「私は安全な場所でのんびり出来ればそれでいいよー」とパルフェも言っていたし、あまり気にしてもしょうがない。


 かくして渡した札束を女性が数えていると、視界に青い光が届く。


「先に行くぞ」


 振り向いた時、イヴァンの身体は『世界扉ポータル』から放たれる青い光に包まれていた。

 既に渡航先を決定したらしく、今更後戻りは出来ない。


「イヴァン、ボクが居なくても泣かないでね」


「おいおい、俺より弱い奴が戯言を――」


 最後まで言葉をつづることなく、彼の姿は青い光の中へ。

 その渡航を見届けた後、カウンターの女性へと視線を向ける。


「ボクは『Trash World (ゴミ世界)』で」


「え、そこでいいのかい? だったら料金の半分を返さなきゃだね」


「何で?」


「ほらここ、『Trash World (ゴミ世界)』の横に“▲”があるだろ? これは『世界扉ポータル』の接続が不安定なのさ。普通は別世界の『セーフティネット』にある『世界扉ポータル』から出てくるが、▲印がある世界は何処に渡航するかわからない。出現先がランダムで安全の保証が出来ない分、値段は半額の25万Gだよ」


「う~ん、なるほど……」


 安全の保障が無いのは困るが、文句を言ったところで解決する話でもない。

 単純に「行く」か「行かない」かだけの問題で、ここまで来た以上「行かない」という選択肢は無いだろう。


 覚悟は決まった(というか悩むだけ時間の無駄)。

 恰幅の良い女性から25万Gを返却して貰い、ボクは左手で『世界扉ポータル』に触れる。

 そして浮かび上がる6つのアルファベット『A』、『B』、『F』、『T』、『O』、『R』の中から『T』を選択。


 ここから更にもう一度、渡航先の『世界扉ポータル』を選ぶのが通常の流れだが、今回はこれで終わり。

 すぐに『世界扉ポータル』から青い光が放たれ、その光に包まれたボクの身体は――『Darkness World (暗黒世界)』から消失した。



 ■



 『T』の世界:『Trash World (ゴミ世界)』。

 あらゆる世界のゴミが捨てられる、その名の通りゴミだらけの世界。

 新世界『AtoA』の中で最も治安の悪い世界が『Darkness World (暗黒世界)』なら、ここ『Trash World (ゴミ世界)』は最も汚い世界と言える。


 そして“今”。

 久しぶりに見る明るい太陽に照らされる世界で、現在ボクは「空」にいた。

 より具体的に言えば“空を落下している真っ最中”だ。


「ふむ……渡航先がランダムって、地上だけの話じゃないのか。まさか空に出るとは……」


 渡航後、既に数百メートルを落下。

 墜落まで、残り500メートル――。

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