37話:「1日召使い」と「2つの世界」

 ~ 『格付け戦』の翌日 ~

 

 『蜘蛛の家スパイダーズハウス』のロビーにある古びたソファーにて。

 ローテーブルを挟んでボクの前に座る先輩:イヴァンが、脚を組んでクイッと顎で奥を示す。


「おい後輩、茶を煎れて来い」


「………………」


「おいおい、聞こえてねぇのか? 俺に負けたら何でも言うこと聞くんだろ? お前は今日一日、俺の召使いだ。早く茶を煎れて来い」


「……ったくせに」


「あぁ? 何だって?」


「“一歩も動かない”って言ったくせに」


 コレだ。

 ボクが渋々な態度を取る理由がコレ。


 イヴァンは「一歩も動ない」って言っていたのに、結局はボクに負けそうになったところで動いた。

 結果的にもう1つの約束だった「さん付け」の強要は無くなったけど、あっさりと前提を覆したのはちょっと納得がいかない。


「何だその不満そうな顔は? 俺はな、自分が勝つ為なら後輩との約束も破るタイプの先輩なんだよ」


「さいてー」


「うるせぇ、いいから茶を煎れて来い。俺に負けたのは事実なんだからな。ちなみに俺はジンジャーエールしか飲まねぇぞ。大き目のコップで冷たいやつな」


 注文が細かい。

 けど、ここで約束を遂行しないのは流石にカッコ悪過ぎる。

 仕方なくボクが席を立つと、隣でオロオロしていたダークエルフの少女:ロロが立ち上がった。


御主人様マスターは座ってて下さい。飲み物なら私が用意しますから」


「いいよ、ボクがやらなきゃ意味が無いし」


「そうだそうだ。メイド長は下がってな」とイヴァンが合いの手(?)。

「しかし……」と食い下がるロロをソファーに座らせ、ボクは奥のキッチンへと向かった。



 ~ 数分後 ~


蜘蛛の家スパイダーズハウス』のロビーにある古びたソファーにて。


「ブホッ!?」


 先輩:イヴァンが激しく咳き込んだ。

 大きめのコップを片手に「ゲホッ、ゴホッ」と悶えた後、半分涙目でボクを睨む。


「テメェッ、やってくれやがったな!? 一体何だコレは!!」


「何って、ちゃんとジンジャーエールでしょ? ロロが作った残りがまだあったし、全員に同じの用意したよ」


「違う!! 俺が聞いてるのは、“何でジンジャーエールにココアを混ぜたのか”ってことだよ!! 負けた腹いせかッ!?」


「え、だって甘い方が美味しいでしょ?」


「馬鹿野郎ッ、こんな糞マズいモン飲ませるんじゃねーよ!!」


 大声で怒鳴り、奥のキッチンへと消えてゆくイヴァン。

 一体何が気に入らなかったのか……。


「全く、コレの何が不満なんだろう? こんなに美味しいのに」


 ズズッと一口。

 うん、中々イケる。

 改めて自分の分を飲んでみたけど、素直に「美味しい」という感想しかない。


「ロロ、コレ美味しいよね? 隠し味にミルクも入れてみたんだけど」


「え? えぇ~っと……どうでしょう? 私も飲んでみないことには……」


 ゴクリと、喉を鳴らして自分のコップを手に取るロロ。

 爆弾を持つような「恐る恐る」といった感じで口に近づけ――ゴクリ。

 直後、無言のまま「ダダダダッ」と奥のキッチンへ駆けて行った。



 ~ 数分後 ~


蜘蛛の家スパイダーズハウス』のロビーにある古びたソファーにて。


「くそっ、酷い目にあったぜ……後輩、茶はもういい。飯を作れ」


「了解」


 ボクも随分と丸くなったもんだ。

 先の「料理」での“創意工夫”が少し楽しかったので、飯を作れと言われてもあまり嫌な気がしない。


 かくしてキッチンへと赴き、やがて出来上がったのは――


「……後輩、コレは何だ」


「パスタだよ」


「何故、パスタが黒いんだ……? 初めて見るが、イカ墨ってやつか?」


「違うよ、焦がしココア味だよ。砂糖も沢山入れたし美味しそうでしょ?」


「………………」


 結局、焦がしココアパスタはボク一人で食べた。



 ~ 数分後 ~


蜘蛛の家スパイダーズハウス』のロビーにある古びたソファーにて。


「後輩、もう何も作らなくていい。肩を揉め。そのくらいなら出来るだろ」


「了解」


 こう見えても肩揉みは結構得意だ。

 故郷:スエズ村で暮らしていた頃、絵本を読んで貰う為に祖父の肩揉みをしていたのが懐かしい。

 生身の左手は当然、黒ヘビの右腕でも“甘噛み”すればいい感じに肩揉み出来る。


「おぉ、悪くないぞ後輩。やれば出来るじゃねーか」とイヴァンにも好評。


 彼の肩揉み役というのが気に食わないけれど、それでもこうして人の肩を揉んでいると昔の記憶が蘇ってくる。

 昔の記憶――スエズ村が壊滅したあの日を。


 目の前で、祖父が喰われた光景を。


(アイツさえ……『五芒星ビッグファイブ』:暴食のグラトニーさえ来なければ……ッ!!)


「痛ぇぇぇぇええええ~~ッ!?」

 

「あ、ゴメン」

 

 思わず力が入り、イヴァンの肩に黒ヘビの牙が喰い込んだ。



 ~ 1時間後 ~


蜘蛛の家スパイダーズハウス』のロビーにある古びたソファーにて。


「もういいッ、テメェはクビだ!!」


 気合の入ったイヴァンの宣言で、ボクの一日召使いはお役御免となった。

 ようやくやる気も出て来たところなのに、一体何が気に食わなかったのだろう?


「お前、マジで何も出来ねーな!? 飯が作れないどころか、掃除も洗濯も全部駄目じゃねーか!! ってか、何で掃除する前より散らかるんだよ!? 俺の服もボロボロにしやがって!!」


「えぇ~、結構頑張った方だと思うけど……」


「頑張るだけなら誰でも出来るんだよ!! お前はもう何もするな!!」


 最後に今日一の怒鳴り声を上げ、イヴァンがドスッと乱暴にソファーへと座る。

 どうやら短気な性格らしく、ちょっとのミスで怒る典型的な駄目な先輩らしい。


 そして後ろを振り返れば。

 ダークエルフの少女:ロロが、散らかったロビーの掃除している姿があった。


「ロロ、ゴメンね。掃除手伝うよ」


「いえ、御主人様マスターはソファーでゆっくりしていて下さい。もうすぐグラハムさんも来られる筈ですし」


「でも、ボクが散らかした訳だし……」


「いいから、御主人様マスターは座ってて下さい」


 ボクの肩をグイっと掴み、ロロが力づくでソファーに押し戻す。

 頭2つ分高い彼女の力に負けるボクでもないけど、彼女の顔には有無を言わさぬ何かがあった。


「それから今後、御主人様マスターは炊事・洗濯・掃除等、一切合切の家事全般禁止です」


「え、それじゃあボクはどうやって生活すれば……」


「この隠れ家アジトにいる限り、御主人様マスターの身の回りは全て私が世話します。24時間私が管理致しますので、御主人様マスターは何もせずにどっしりと構えていて下さい」


 これまたグイっと肩を押され、立ち上がろうとしてもロロが許さない。

 仕方なく諦めて「ふぁ~」と欠伸が出たところで、螺旋階段からフワフワと真っ白い火の玉が降りて来る。


「全く、何を遊んでおる。間もなく“目的地”に到着じゃぞ」


「おっ、もう『ロンダリング』に着くのか。意外と早かったな」


 座ったばかりのソファーから立ち上がり、先程まで怒っていたイヴァンが両手を伸ばして背伸び。

 ちなみに『ロンダリング』とは『暗黒街』の1つで、この『蜘蛛の家スパイダーズハウス』はそこを目指して進んでいた次第となる。

 それから事前に聞いた通り、彼は自分の行き先を――「渡航先」を再確認。


「ジジイ、俺は『Robot World (機械世界)』でいいんだな?」


「あぁ、それで問題無い。それからドラノアは――」


「『Trash World (ゴミ世界)』でしょ?」


 ボクが先んじて答えを返すと、グラハムが「コクリ」と頷いた、かどうかは火の玉なのでわからないけれど。

 ともあれ行き先に間違いはない。


「お主には、これから『Trash World (ゴミ世界)』へ渡航し、『Z World (終焉世界)』への手掛かりを“奪って”来てもらう」



 ――――――――――――――――

*あとがき

 更新はゆっくりペースとなりますので、本作を「フォロー」してお待ち頂けると嬉しいです。

 合わせて『★★★』の評価等もお待ちしております(何かしら反応を頂けると執筆速度にバフがかかりますので^^)。

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