33話:「グラハム」

 湖から現れた8本足の家:『蜘蛛の家スパイダーズハウス』。

 何とも珍妙で奇妙な見た目だが、これが『秘密結社:朝霧アサギリ』の隠れ家アジトらしい。


 その隠れ家アジトが昆虫の様な真っ黒い脚を折り曲げ、「玄関」に続く階段を地面に付けたら、それが何を意味しているのかはボクにもわかる。


「安心しろ。いきなり襲い掛かってきたりしねーよ」


 躊躇うことなく階段を上る先輩(自称):イヴァンが軽い口調で告げ、木製の古びた扉を開ける。

 ここで尻込みしても意味は無く、行くしかないのであれば悩むだけ時間の無駄か。


 右腕の黒ヘビで壺(パルフェ入り)を持ち、ダークエルフ少女:ロロの手を左手で引いて。

 ボクが『蜘蛛の家スパイダーズハウス』の玄関を潜ると、まずは広いロビーがお出迎え。


(う~ん、これまた随分とボロいな……)


 正直に言おう、第一印象は「ガッカリするレベルでボロボロの家」だ。

 天井は吹き抜けで開放感はあるものの、床板と壁は今にも朽ちそうだし、アチコチに蜘蛛の巣が張られている。

 照明も心許ない薄暗さで、空間の不気味さに拍車を掛けているのは間違いない。


 壺から顔(?)を覗かせるパルフェは「えぇ~、何この幽霊屋敷……私、もう帰りたいんだけど」と正直な感想を隠さない。

 背後にピッタリ位置どるロロも「これはまた……中々に年季の入った家ですね」と困惑を隠せない様子。


「イヴァン、これが隠れ家アジトって本当なの?」


「残念ながらな。まぁ見た目ほど住み心地は悪くねーし、すぐ慣れるだろ。ここまで来たら諦めろ」


 諦めろ――その言葉が出ている時点で、彼もこの環境が最高だとは思っていないのだろう。

 ただ、これ以上イヴァンに文句を言ったところで、ボロボロの隠れ家アジトが新築のホテルになる訳でもない。

 隠れ家アジトの内観に関しては一旦思考から外し、仕方なしに話を本題へと戻す。


「それで、グラハムは何処?」


「ジジイなら2階一番奥の部屋だ。扉開けてもビビるなよ?」


「別にビビらないよ。一回見てるし」


「だといいがな」


(ん?)


 白髭の老人:グラハムの姿は地獄で何度か目にしている。

 既に面識のある相手にビビるも何も無い気がするけど……ともあれ。


 奥の螺旋階段から2階へと上り、廊下を進んで一番奥の部屋へと移動。

 扉には複数の錠前が取り付けてあったが、鍵は全て開錠されていた。


「ジジイ、入るぞ?」


「あぁ、構わん」


 イヴァンがノックし、扉の向こうから聞こえて来たのは懐かしい声。

 特別親しい仲でもないが、脱獄の恩人であるグラハムの声が久しぶりに聞けたのは感慨深い。


 それから「入れ」とイヴァンに急かされ、ボクは左手で扉を開けた。

 そして、すぐさまフリーズする。


(え……何アレ……?)


 まず目に飛び込んで来たのは、部屋の中央にある「椅子」。

 玉座にも見えるその大きな椅子に“白い火の玉”が浮いている。


「ひぃ~ッ、まさかの幽霊!?」


 壺のパルフェが驚き、背後のロロは痛いくらいの力でボクの肩をギュッと握る。 

 てっきり白髭の老人が出迎えてくれるものだとばかり思っていたけど……いや、まさかアレがそうなのか?

 よくよく見ると「人の顔」にも見えなくない火の玉だけど……。


「もしかしてだけど、グラハムなの?」


「あぁ、久しぶりじゃなドラノア。よくぞここまで来た」


 火の玉から返って来たのは、先程も聞こえた懐かしい声。

 やはり、アレががグラハム本人に間違いないみたいだけど……いやはや、何がどうなってこうなったのか。

 ボクが知っているグラハムという人物は、ボクよりも背が小さな“長い白髭の老人”だった筈だが。


「一体何があったの? ボクが見ない間に随分と様変わりしてるけど……」


「ホッホッホッ、それはそもそもの認識がズレておるな。お主と会う前からワシは元々この姿じゃ。『ヨルムンガンド』に身体を喰われたせいで、今は魂だけの姿になっておる」


「『ヨルムンガンド』……?」


 その名には憶えがある。

 他でもない、ボクの右腕を喰らった張本人だ。

 確か自分で“神”とか名乗っていて、奴のせいでボクは右腕を失い、だけどその後に、右腕の黒ヘビを手に入れる結果となったけれど……。


「グラハムが言ってる『ヨルムンガンド』って、黒くて大きな蛇のこと?」


「あぁ、お主の右腕を喰らった“いにしえの蛇神”のことじゃ。詳しくはまた後で話すが……ともあれ“この姿”では、人前へ出るのに何かと不便でな。そこで外出する時は“仮の身体”を使って人前に出る様にしておる。ほれ、そこにストックが置いてあるじゃろ」


「ストック? ……って、わッ!?」


 流石に声も出る。

 壁際に「同じ顔を持つ老人の身体」が3体並んでいたのだ。


 ボクが地獄で見たグラハムの姿――小柄な長い白髭の老人でありながら、しかしそこには一切の生気が感じられない。

 精巧に造られたマネキンの様な印象で、女性陣二人も相変わらず驚いているが、彼女達の驚きに付き合っていたら話が進まないので置いておくとして。


「聞きたいことが多過ぎて、何から聞けばいいのかわからなくなっちゃったよ。少し整理する時間を貰える?」


「まぁ待て。聞きたいのは何もお主ばかりではない。その手に持った壺と、後ろのダークエルフについて説明して貰おうか」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 かくかくしかじか。

 パルフェとロロ、二人との出逢いをボクが説明した後、グラハムは顔に見えなくもない身体(?)をもぞもぞと動かす。


「ふむ。むやみやたらに組織の仲間を増やす気は無かったが……まぁ連れて来たものは仕方がない。ダークエルフの娘っ子よ、家事は得意か?」


「え? あ、はい。人並みには出来るつもりですけど……」


「であれば、お主は今日から『メイド長』じゃ。隠れ家アジトの掃除や家事全般を任せる」


「わかりました」


「え、そんなあっさり……」というのがボクの素直な感想。

 グラハムの提案をすんなり受け入れたロロに驚きを隠せない。

「本当にいいの?」と念押しすると、彼女は柔和な笑みを見せる。


「大丈夫です。私、お掃除とか好きですし。恩人であるドラノアさんには、もっと綺麗な場所で過ごして貰いたいですから」


「ロロ……(良い子だなぁ)」


「それに『メイド長』って響き、何だか素敵じゃないですか? 出来る女子みたいでカッコいいです」


「そ、そうかな……(やっぱ変な子かも?)」


 ボクにはよくわからない感性の持ち主だけど、まぁ本人が納得してるなら構わない。


「ねーねー、私は? 元の身体に戻りたいんだけど」


 続けてパルフェが己の処遇を尋ねる。

 先の説明で「彼女の身体を元に戻す方法を知りたい」という旨も伝えてあるけど、流石にそれはグラハムに求め過ぎだった。


「残念ながら、娘っ子の“蜂蜜化”に関してはワシにもサッパリじゃ。まぁ『ヨルムンガンド』に身体を喰われた訳でもないし、何かしら元に戻る方法はあるじゃろう。一度“クオリア”に診て貰うといい」


「くおりあ?」


「仲間の『医者』で、一階の医務室におる。メイド長、運んでやれ」


「わかりました」


 間を置かずに返事を返したロロ。

 早くも「メイド長」呼びに順応したらしく、ボクから壺を受け取って颯爽と部屋を出て行く。

(大丈夫かな……)と内心不安を覚えるも、だからと言って出来ることもない。


 ボクよりも頭2つ分高い背中を無言で見送り、ロロが扉を閉めたところで。

 魂の姿であるグラハムが大きな椅子からフワフワと動き、ボクの前に来た。

 

「単刀直入に言おう。ワシの目的は“奪われた全てを取り戻す”こと。その為に――『いにしえの蛇神:ヨルムンガンド』を討伐する」


「ッ!!」


 ――――――――

*あとがき

 次話、2章最終話です。

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