32話:『蜘蛛の家《スパイダーズハウス》』

 奴隷オークションでのごたごたを終えて。

 組織の先輩:イヴァンが、慌ててやって来た島の警備隊に「あの鬼族が犯人だ」と告げた後、ボク等はそそくさと会場を後にした。


 大きな湖の孤島にある闇の遊園地:『闇の遊園地ベックスハイランド』。

 これ以上この場所に長居する理由も無いが、かと言って次の列車が来るまではまだ時間がある。

 しばらくはゆっくり出来るかなと思ったのも束の間、イヴァンが柵を越えて駅のホーム内へと立ち入る。


「お前等も来い、鉄橋を渡るぞ」


「あれ、次の列車を待たないの?」


「列車を使う程の距離でもない。島が混乱してる今の内に脱出する」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「へぇ~、なるほどねぇ。私が寝てる間にそんな事があったんだ?」


 相変わらず薄暗い『Darkness World (暗黒世界)』の空の下。

 線路の敷かれた鉄橋の上で呑気な感想を述べたのは、ボクが運ぶ壺の中にいる「蜂蜜状態の少女:パルフェ」だ。


 奴隷オークションの一件ですっかり存在を忘れていた彼女だけど、イヴァンが客席の下に壺を置いていたので何とか戦火を免れた形となる。

 無事だったのは何よりだけど、あの騒動の中でもずっと眠っていたのは、「大物」なのか「馬鹿者」なのか判断に困るところ。


 まぁでも、本当に困っているのはボクの隣を歩くダークエルフの少女か。

 オークションの際にも紹介されていたが、彼女の名前は『ロロ』。

 ボクよりも頭二つ分背が高く、普通に喋る蜂蜜状態のパルフェ(壺からドロッとした顔(?)を出している)に目を丸くしている。


「その不可思議な方もお仲間なんですか?」


「うん、色々あって今はこの状態だけどね。元はちゃんとした人間だよ」


「そうなの、私パルフェ。ロロちゃんよろしくねー」


「あ、よろしくお願いします」


 立ち止まり、壺に向かってペコリとお辞儀するロロ。

 礼儀正しい子だなぁと思いつつ、ボクは先を歩く「先輩」に声を掛ける。


「ねぇイヴァン、『朝霧アサギリ』の隠れ家アジトってここから遠いの?」


「イヴァン“さん”な? それと、隠れ家アジトは今“近くにいる”」


「ん? 近くにいるって……どういうこと?」


「すぐにわかる。ここら辺から降りるぞ」


「降りるって、下はまだ湖だよ? 対岸まで50メートルはあるし」


「問題無い」


 自信満々に答え、ここで胸に炎を灯したイヴァン。

 彼が鉄橋に触れると、“魂乃炎アトリビュート磨球スフィア”の能力で鉄材がバラバラと剥がれる。

 それから剥がれた鉄材が合体して「空中に浮かぶ大きな丸い鉄球」となった。


 その鉄球にイヴァンが飛び移り、「お前等も早く来い」とジェスチャーで指示。

 彼のやろうとしていることがわかり、ボク等も鉄球に飛び乗る。


「わわっ、バランスが……ッ」


 形状が球体故に、体積の割には足場の面積が狭い。

 3人+1壺が密着する形となり、何とか落ちずに済んだところで――「発進」。

 思いがけず空中浮遊を体験する羽目となり、ボクは感嘆の声を上げる。


「へぇ~、移動にも使えるんだ? 便利な“魂乃炎アトリビュート”だけど、最初から使わなかったのは何で?」


「ったく、相変わらず可愛げのない後輩だな。素直に礼を言えばいいものを……理由はテメェで考えろ」


「えぇ~? 勿体ぶらずに教えてくれればいいのに」


 唇を尖らせてのブーイングも、イヴァンはすまし顔でスルー。

 改めて近くで彼を見ても、やはり中々に整った顔立ちをしているなーと思いつつ。

 先の話で“考えられる理由”はそう多くない。


「『闇の遊園地ベックスハイランド』の駅だと人目があるし、“魂乃炎アトリビュート”にだって限界はあるもんね。となると、さっきの場所から対岸までが“魂乃炎アトリビュート”で操れる距離の限界ってところ?」


「さぁ、どうだかな」


「有効範囲はだいたい50メートルくらい? 物質を操作するタイプとしては結構広いけど、限界はもっと上だったりするの?」


「さぁ、どうだかな」


 詳細を教えてくれる気は毛頭ないらしい。

 前者の理由:「人目がある」は恐らく正解だろうけど、後者の「距離限界論」については怪しいところ。

 まぁ出逢って間もないボクに能力の「限界」を見せてくれるとは思えないし、イヴァンの限界を勝手に決めつけてもボクにメリットは無い。


 とか何とか考えている間に「対岸の岩場」へ到着。


 不安定な鉄球から全員降りると、イヴァンがその球体をバラバラの鉄骨に戻した。

 それら鉄骨が湖の空へと――闇の空へと消えて行ったのは、元あった場所に“返却”したのだろう。


「俺に付いて来い。隠れ家アジトはこの近くだ」


「付いて来いって、そっちに道は無いよ?」


「当たり前だ。“隠れてる”のに道があったら困るだろ。いいから黙って付いて来な」


 問答無用で先を進み始めた彼の後を追って、湖岸の岩場を徒歩で移動。

 道なき道をそれでも進み、『闇の遊園地ベックスハイランド』の光も見えない「湖の入り江」に入ったところでイヴァンが脚を止める。


隠れ家アジトはここだ」


「へ? ここって……何も無いよ? 殺風景なただの入り江だし」


 ボクの目がおかしいのだろうか?

 周囲に建物らしいモノはなく、壺から顔(?)を出すパルフェも、ダークエルフの少女:ロロも「はて?」と首を傾げている。


 自分だけ見えてない、という訳ではなさそうだが……はてさて、コレは何事か。 

 イヴァンに聞き返そうとして、ここで気づいた。


 湖面にブクブクと上って来る“気泡”に。


 そして気泡に気づいてから間もなく。

 近くの湖面が急に盛り上がり、水中から姿を現したのは――



「家!?」



 これまた驚いた。

 盛大な水飛沫と共に、水中から「木造二階建ての家」が飛び出してきたのだ。

 しかもその家には“昆虫みたいな真っ黒い8本の脚”があり、その脚を器用に動かしてバシャバシャとボク等の前に歩いて来る。


「ぎゃーッ、何このキモい家!?」

「な、何ですかコレ!?」


 驚く女性陣二人と、「まさか……」と不安になるボクに向け、イヴァンは「してやったりの顔」。


「これが『秘密結社:朝霧アサギリ』の隠れ家アジト――『蜘蛛の家スパイダーズハウス』だ」

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