31話:ダークエルフの少女
自らの“
最早「虫の息」となった彼の首を刎ねる寸前、ボクのナイフは止められる。
正確を期すと、ナイフを振るうボクの左腕を、端正な顔つきの先輩:イヴァンがガッチリと掴んでいた。
「……何で止めるの?」
「もう決着は付いただろ。今すぐ手当すれば一命は取り留める筈だ。何も殺すことはない」
「駄目だよ、悪は叩き潰さないと。ここで見逃したらきっと後々面倒になる」
「後の面倒よりも、目の前の殺人を止める方が大事だ」
「そういうイヴァンだって、客の殺し合いは見逃してたのに。何でサンディゴは例外なの?」
「こいつの
ここまでの会話の間、ナイフを握るボクの左腕はピクリとも動かない。
単純な力比べはイヴァンの勝ちだけど、そんな彼の言い分には反論もある。
「噂で悪を見逃すの? そんなこと言い出したらキリが無いよ」
「キリが無くても、俺達の仲間になるなら無用な殺しは控えろ。殺すことでしか解決出来ない“無能”は、『
「別に、ボクが仲間になりたいって言った訳でもないし……」
「不満があるなら俺じゃなくてジジイに言え。話はそれからだ」
「……わかったよ」
不承不承。
納得した訳ではないけれど、それでも地獄からボクを助けた白髭の老人:グラハムの意向は無視出来ない。
あの人の機嫌を損ねて地獄に送り返されても困るし、この場では従っておくのが無難か。
「それで、この惨状はどうするの? イヴァンが全部片づけてくれるとか?」
「馬鹿言うな、俺がそこまでする理由もねぇ。島に医療施設くらいあるだろうし、後始末はそこの連中に任せる。解放した奴隷は――」
「それは私に任せて貰えるかな?」
(――
彼女の顔を見るのもこれで何度目か。
『闇砂漠商会』の少女:鬼姫が、いつの間にか客席に座っていた。
血塗られた惨状を気に留めることもなく、偉そうに脚を組んでボクとイヴァンを見据えているが……その口元に付着した黒い液体(?)は何だろうか。
「鬼姫、どうしてここ居るの?」
「どうしても何も、私は元々奴隷オークションを見に来たんだよ。ただ、どうしても外せない急用があってね。ちょっと席を外していたら、いつの間にか面白いことになっていたという訳さ」
「ふ~ん? ちなみにその急用っていうのは、売店で売ってた“ダークベリーシェイク”を飲むこと?」
「その質問への回答は拒否する。ただ……そうだね、黒い悪魔の誘惑に負けた――とだけ言っておこうか」
それはもう、ほとんど認めているも同義では?
という気持ちの視線を送ると、鬼姫は口元を拭ってから「オホンッ」と咳払い。
この一件を無理やり終わらせて、会話のレールを自分の話に引き戻す。
「奴隷達の処遇についてだが、私に任せて貰ってもいいかな?」
「構わねぇぜ。お前に任せる」
ボクが答える前に、イヴァンが二つ返事で快諾。
あまりの即答にボクが「待った」をかける羽目となる。
「ちょっとイヴァン、それでいいの? 相手は『闇砂漠商会』だよ?」
「良いも悪いも、どうせ俺等じゃ面倒みきれねぇだろ。どのみち何の支援も無く奴隷達を放り出しても、ほとんどの奴は路頭に迷うだけ。弱い奴はまた捕まって、別の場所で売り飛ばされるのがオチだ」
「それはそうかもだけど……」
「なら、お前が奴隷全員の面倒を見るか? それをやる覚悟が無いなら口を挟む権利はねぇぞ。あと、イヴァン“さん”な」
「………………」
“さん”付けはともかくとして、それ以外はぐうの音も出ない。
ボクが行った「奴隷達の解放」は正しい行いだと思うし、間違ってもいないと思うけれど、その後のフォローを考えていなかったのは事実。
自分に出来ることが限られている以上、ここは鬼姫に任せる他ない。
スッと、ボクは視線を動かして鬼姫を見据える。
「信じていいんだよね?」
「それはキミが決めることだよ。自分の決断に対する責任は、他の誰でもない自分で持つべきだ。違うかい?」
「……わかった、鬼姫を信じるよ」
他の選択肢が無いこともわかった上で、その上でボクは彼女を信じてみよう。
仲間でも何でもない相手だけど、鬼姫はそんなに悪い人じゃないと思うし、何よりもそう思いたい。
「よし、交渉成立だ。――おい奴隷達ッ、こっちに来い!! お前達の身柄は『闇砂漠商会』が引き受ける!!」
パンパンッと両手を叩き。
どうしたものかと困惑していた奴隷達を呼び寄せる鬼姫。
その声に従い、とりあえず話だけでも聞こうと集まって来た奴隷達の中には、最初にボクが助けたダークエルフの少女も居る。
彼女の立場からしてみても、年の近い鬼姫が身柄を引き受けた方が安心だろう。
これで心置きなくこの場を後に出来る――そう考えていたボクの前に、ダークエルフの少女がトトトッとやって来た。
「ん? 呼んだのはボクじゃなくて鬼姫だよ。ほら、あっちにいる鬼族の少女」
「おいダークエルフ、その少年は私の仲間ではないぞ。早くこっちに来るんだ」
鬼姫も集合を急かすが、しかしダークエルフの少女は向かわない。
それどころかボクの背後に回り、ピタリと背中にくっついた結果、頭二つ分ほど彼女の身長が高いことが判明する。
(いいなぁ。エルフ族は身長が高くて羨ましい……じゃなくて)
無いものねだりをしても仕方がない。
それよりも問題は、彼女の真意がわからないこと。
「どうしたの? 鬼姫が怖いの?」
「あ、いえ、そういう訳ではないですが……」
予想は外れたが、どのみち当たったところで結果は変わる訳でもない。
以前としてボクの背後に寄りそう彼女に、鬼姫が呆れた様子で肩を竦める。
「ちょっぴり傷付いちゃうね。同性の私よりドラノア君を選ぶとは」
「何だよお前、そのチビが気に入ったのか?」
イヴァンが失礼な茶々を入れるも、彼女はフルフルと首を横に振る。
「そ、そういう訳ではないですが……助けて貰ったのに、お礼も何も出来ていないですし」
「気にしなくていいよ。ボクは好き勝手やっただけだから」
「マジでそれな。ここにジジイがいたらどやされてたぞ」
ボクの返事にもイヴァンが再び茶々を入れ、それから鬼姫が「はぁ~」とため息を吐く。
「しょーがない、そのダークエルフはドラノア君に任せるよ。美人だから支部の受付嬢として働いて貰おうかと思ってたんだけどね」
「それでいいの?」
「いいも何も、決めるのは彼女だよ。私は何かを強制するつもりは無い。他の奴隷達も、自分で逃げる奴は放っておく。それでまた捕まるなり野垂れ死ぬなりしても、それは自己責任で私の預かり知らぬことさ」
「……そっか」
彼女は割り切っている。
境目の無いグレーゾーンにそれでもボーダーラインを引いて、その範囲内で自分なりの答えを出している。
まだ若いのに、迷いなく動けるのはそのおかげだろう。
それが羨ましくもあり、軽い嫉妬も覚えつつ、ボクは背後に視線を戻す。
「それじゃあ、ボク等と一緒に来る?」
――――――――
*あとがき
2章もあと3話で終わりです。
引き続きよろしくお願い致します。
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