30話:灼熱のマグマから生まれし種族

 金持ち殺しの賞金首:サンディゴを「地獄の業火」で燃やした。

 これで勝敗は決した、と思ったのも束の間、燃えるサンディゴがボクの炎を「マジックショー」だと鼻で笑う。


「こんな弱弱しい炎で、俺を倒せるとでも思ったか?」


 全身を炎に包まれ、常人ならば悲鳴を上げて踊り狂う状況。

 それにも関わらず、サンディゴには焦りや恐怖の色が微塵も感じられない。


 更に彼は大きく息を吐き――


「スぅ~~~~ッ」


 ――大きく肺を膨らませ、身体に纏わりつく“炎を吸い込んだ”。


「………………」


 驚きを通り越して、最早呆れる。

 明らかに常人の域を逸脱しているが、だからと言って“魂乃炎アトリビュート”の仕業と決めつけるのは違う。


(奴の“魂乃炎アトリビュート”は闘技場コロッセオを創り出す力だ。炎が効かないことは無関係。となると、奴自身の身体に何かしらの仕掛けがあるか……もしくは“そういう種族”か)


 “そういう種族”。

「火に強い種族」というのは、新世界『AtoAアトア』に少なからず存在している。


 直近では『闇砂漠商会』の鬼姫おにひめが「その種族」であり、それを踏まえるとサンディゴの頭に巻かれた“バンダナ”の意味も予想がつく。

 ただのお洒落の一環だと、この状況でそう考える人間はこの世にいないだろう。


「アンタ、“地獄の鬼族”だったのか。そのバンダナは頭の角を隠す為?」


「ははっ、ようやく気付いたか」


 ここでサンディゴは頭に手を当て、バンダナをグイっと引っ張り脱ぎ捨てる。

 予想通り、その額には二本の角が生えていた。


 ギリリッと、ボクは歯を食いしばる。

 思い出されるのは、今は亡き祖父との思い出だ。


「幼い頃、おじいちゃんに絵本を読んでもらったよ。『ある日、地獄の鬼さんは灼熱のマグマから生まれました』ってね」


「へぇ~? 随分と懐かしい文章じゃねーか。地獄育ちでもないだろうに、その本を知ってるのか」


「うん。『グツグツ鬼さん』は家にあったからね。今でも内容は覚えてるよ」


「だったら理解出来ただろう? 俺達地獄の鬼族は“灼熱のマグマから生まれる種族”だ。生まれながらにして圧倒的な熱耐性を持っている俺に、テメェのチンケな炎が通用する道理は――無い!!」


 先手はサンディゴ。

 短刀による斬撃ッ、そこからの近接攻撃!!


 それら連撃を弾き、避けて、ボクも反撃のナイフと黒ヘビを繰り出す!!


 互いに相手の急所を狙い、互いにそれら攻撃を躱し。

 幾度も激しい攻防を繰り広げるも、決定打には至らない。


 正直、スピードはボクの方が優っている。

 しかし、それを補う相手の「技量」が、ボクの勝ち筋を打ち消している状態だ。


(この人、やっぱ相当戦い慣れてるな。今のところ致命傷は避けてるけど……このまま普通に戦っても、多分勝てない)


 先日、暴食のグラトニーにやられたこの身体。

 動けるとは言え「本調子」とは言い難く、長期戦は不利。

 仮に万全の体調だったとしても、持久戦なら身体能力に秀でた「地獄の鬼族」に軍配が上がるだろう。


 ならば、“様子見”はここまで。


 サンディゴは確かに手強い相手だ。

 油断できる相手じゃないけど、だからと言ってボクが負ける理由も見当たらない。

 どうやら懸賞金「1億3000万G」を、“少々高く見積もり過ぎていた”らしい。



「おーい後輩ッ、手伝うかー!?」



 ステージの奥から声を掛けて来た先輩:イヴァンは、胡坐をかいて座っている。

 言葉に反して手伝う気は無さそうだし、そもそも助力など必要無い。


「もう終わるからそこで見てて。邪魔だけはしないでね」


「おーおー、マジで尖ってんなテメェ。死んだら丸くして墓穴に埋めてやるよ」


「必要無いよ」


 丸くなりたくないし(物理的に)、元より死ぬ予定も無い。

 さっさと“次”で終わらせよう。


「小僧ッ、お喋りしてていいのか!?」


 サンディゴの蹴り!!

 身を捻ってその一撃を避け、体勢が崩れたところへ放たれた斬撃の連発は、避け切れない。


(痛~~ッ!?)


 相手もギアを上げて来たのか、今までよりも斬撃の速度が速い!!

 ボクの全身が斬り刻まれるも、致命傷は全て避けたと思った、その矢先。



 サンディゴが“口から炎を吐き出した”!!



(これは……ッ)


 咄嗟の出来事に回避が間に合わない。

 結果、ボクの身体が炎に包まれる事態となり、サンディゴが勝利を確信する。


「ははっ、油断したな小僧。地獄の鬼族は炎を無効化するだけじゃない。訓練を積んだ者は自在に炎を吐き出すことも出来るのさ」


「――うん、知ってるよ。でも“斬撃ほど警戒する必要も無い”かなって」


「馬鹿なッ、何故悲鳴一つ上げない!? まさか小僧ッ、お前も地獄の鬼族なのか!?」


 火達磨となったボクを見て。

 真っ赤に燃え上がり、黒い煙を立ち昇らせるボクを見て。

 それでも問題無く会話を続けるボクを見て、サンディゴが一歩後退。

 戸惑いの表情でボクの額を見るけど、当然ながらそこに「2本の角」は無い。


「言っとくけど、ボクは普通の人間だよ。でも、地獄で随分と過ごしたからかな? いつの間にか炎が効かなくなったんだ」


「そッ、そんな馬鹿な話があるか!! 何かの“魂乃炎アトリビュート”だろう!?」


「だとしたら良かったんだけどね。“魂乃炎アトリビュート”所持者が羨ましいよ」


「くそッ、ふざけやがって……ッ!!


 追撃の火炎!!

 その背後から、今日一のスピードで迫り来るサンディゴ。

 彼の両手には短刀が握られ、文字通り鬼の様な気迫が見て取れる。


「糞生意気な小僧にッ、俺が世間の荒波を教えてやる!!」


 先に放った火炎を、両手の短刀に「纏い」。

 “煉獄の刃”となった二振りが、ボクを焼き斬る――その前に。


 小さなナイフを前方へと突き出し、集中。

 この身体に纏わりつく炎をナイフの先端に移動させ、元々身体に溜めていた地獄の熱もそこに加える。


 ボクが先ほど放った“火葬地獄”は無効化された。

 燃やすだけでは地獄の鬼族を倒せない。


 ならばこそ、今回はその更に1つ上。

 地獄の熱をただの炎ではなく、爆発的なエネルギーとして解き放つ技。



 “爆炎地獄ばくえんじごく



 ドンッ!!!!



 ナイフの先端で爆炎がぜ、悲鳴も無くサンディゴの身体が吹き飛ぶ!!

 砲弾の様な速度で客席からステージを通り越し、壁に――彼の“魂乃炎アトリビュート”で創られた「壁」に激突!!


 その際、己の能力で生み出した「光の剣」により、彼の身体が串刺しとなる!!


「ガハッ……!!」


 背中から腹部を貫通。

 内臓をやられたのは間違いなく、口から血を吐き出すサンディゴ。

 歯を食いしばり、口から血を垂れ流しながらも「ギロリッ」とボクを睨む。


「糞っ、タレが……」


「それはお互い様でしょ?」


「……ゴフッ」


 ――まだ息はある。

 が、コレが彼と話した最後の会話となった。


 今一度口から血を吐き出し、サンディゴが白目を向く。

 その後、彼の身体が脱力すると共に“剣の壁が消滅”。


 奴の「気絶」により“魂乃炎アトリビュート”の効力が切れたのだ。

 コレでようやく外に出られると安堵するも、今更ながら周囲から聞こえていた“悲鳴”が収まっていることに気付く。


「……ふむ、まぁ“こう”なるよね」


 周囲を見た結果、一言で言って「惨劇」。

 アチコチで血を流す人が倒れ、誰が勝者で誰が敗者かわかったモノではない。

 ボクがもっと早くサンディゴを倒していれば結果は変わったかもしれないけど、今更考えても仕方がない。


 悪いのはサンディゴだ。

 この惨事を起こした張本人に止めを刺そうと、ボクは無言のまま倒れる血みどろの男にナイフを向ける。


(ボクはアンタにそこまでの恨みは無いし、見逃してあげてもいいんだけどね)


 でも、恨みを持たれたまま放置すると、後で厄介事になって返って来る。

 ボクは身をもってそれを知っている。


「だから、死んで貰うね」


 殺すのは簡単だ。

 逃げ場も、逃げる意識も無い彼の首をナイフで斬るだけ。


 確かこれで“15人目”か。

 一体ボクは、何人目まで覚えているのだろう?


 そんなことを考えつつ、うつ伏せで倒れる彼の前にしゃがみ。

 右から左に振ったナイフが――



「辞めておけ」



 ――ボクのナイフは“先輩”によって止められた。

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