29話:VS『サンディゴ』

 金持ち殺しの賞金首:サンディゴ。

 組織の先輩:イヴァンが見せてくれた手配書によると、彼の懸賞金は「1億3000万G」。

 その顔写真はステージ上にいる先ほど解放したバンダナの男に間違いなく、まさかの懸賞金額にボクは数回瞬きを繰り返す。


「1億越え……あの人、そんなに強いの?」


「まぁ金持ち殺しってのがミソだな。色んなお偉いさんの顔色を窺って『世界管理局』が高めの金額を設定したんだろう。ただ、腐っても1億越えの賞金首だ。下手に手を出すと火傷するぞ」


「う~ん、参ったね。あんまり強い人と戦いたい気分じゃないんだけど……脱出できるのは生き残った一人だけか。どうする? ボク等も殺し合いする?」


「馬鹿言うな。他にも方法があるだろ」


「だよねぇ」


 簡単な話だ。

 “魂乃炎アトリビュート”の効果で閉じ込められているなら、その使用者を倒せば“魂乃炎アトリビュート”の効果は消える。

 何もルールにのっとって馬鹿正直に殺し合いをする必要は無く、イヴァンがボクの首にグイっと腕を回す。


「新入りに億越えはキツイか? 必要なら手伝ってやってもいいぜ?」


「要らないよ。戦いの邪魔だからイヴァンは奴隷の皆をお願い。あと、無駄に争ってる客も可能な限り止めておいて。死んでもしょうがない人はともかく、中にはそこまで悪くない人もいると思うし」


「おーおー、先輩使いが荒いな。もっとうやまえよ。あと、イヴァン“さん”だって言ってんだろ? いい加減にブチ切れるぞ?」


「責任を押し付けないタイプの先輩なら、敬ってあげた上に“さん”付けしてあげてもいいよ」


「……ったく、マジで可愛げのねぇ後輩だなテメェは。死にそうになっても助けないからな」


 売り言葉に買い言葉。

 ボクの首に回した腕を外し、イヴァンはその手で客席に触れる。

 すると客席が球体に変化し、彼はその球体に乗ってステージまで降りてゆく。


 それを待ち構えるバンダナの男――賞金首:サンディゴが警備兵から奪った短刀を構えるも、イヴァンは「待った待った」と両手を上げた。


「お前と戦う気はねーよ。やるならアッチの小さい方とやってくれ」


「……あんなチビが、俺に勝てると思ってるのか?」


「さぁな、やってみればわかるだろ。俺は手を出さないから安心しろ」


「………………」


 そのままステージ裏へと抜けてゆくイヴァンを、サンディゴの視線が追ったものの結局はスルー。

 どのみちここから逃げ出すことは出来ないし、後で始末すればいいとでも思ったのだろう。

 すぐにクルリと振り返り、彼の視線がボクの右腕を射抜く。


「“その右腕”も、売れば大金に変わりそうだな。悪いが少しばかり大人しくしてもらうぞ」


「悪いと思ってるなら辞めればいいのに」


「言われて辞めるくらいなら最初からやってないさ。抵抗するつもりなら、少々痛い目を見ることになる!!」


 ここでサンディゴが動いた。

 その出鼻を挫く為に。



 “鎌鼬かまいたち



 ナイフを振るい、その軌道から生まれた斬撃!!


 その一撃を彼は“短刀で弾き”。

 返す刃で短刀を振るって――“斬撃”を繰り出す!!


「なッ!?」


 驚きつつもナイフで斬撃を弾き、ボクは一旦サンディゴから距離を取る。

 すると彼が「ははっ」と笑った。


「斬撃を繰り出せるのが自分だけだとでも思ったか? そんな奴、この世界にはごまんといる」


「………………」



 “鎌鼬かまいたち:群れ”



 問答無用で反った斬撃の連発!!

 対するサンディゴもまた、同じく斬撃の連発を放つ!!


 結果、相殺。

 互いの斬撃が互いを弾き、決定打にならない――そう見るや否や、サンディゴが駆ける!!


(速いな……ッ)


 油断していたら終わっていただろう。

 韋駄天の如く近づいて来たサンディゴの蹴り!!


 身を屈めてそれを避け。

 右腕の黒ヘビを繰り出すも“片腕で横から弾かれる”!!


「見た目でわかるぜッ、要は噛み付かれなきゃいいんだろ!?」


(ッ――この人、相当出来る)


 ならばと。

 直接ナイフで斬り込みに行くも、今度は“蹴りで弾かれた”!!


 続け様の斬撃も、再び相殺!!

 堪らずボクは距離を取り、息を整えつつ「ふぅ~」と息を吐く。


(厄介だな……全体的に身体能力が高いし、動きに隙らしい隙も無い)


 加えて、ボクのナイフを――その刃を脚で弾いた。

 鉄の身体でも持っているのかと思ったけれど、切れたズボンの隙間から金属製の脛当てレガース(*脚を保護するサポーター)が垣間見える。


 当たり前といえば当たり前で、1億越えの賞金首は伊達ではないらしい。

 『五芒星ビッグファイブ』:暴食のグラトニーを除くと、脱獄後に戦った中で一番強い相手なのは間違いない。


「おじさん、随分と戦い慣れてるね。戦闘に直接使える“魂乃炎アトリビュート”でもないのに」


「だからこそだ小僧。一定エリアにルールを付与する俺の“魂乃炎アトリビュート”は、我ながら有能ではあるが戦闘向きではない。だからこそ、俺は己を鍛えた。世間知らずの小僧に後れを取るほど柔な鍛え方はしてないぞ?」


「ボクの方こそ、お金大好きおじさんに後れを取るような、そんな柔な鍛え方をしたつもりはないよ」


「ふんッ、口先だけは一丁前だな。俺と遊んでる暇があるなら、屑共の殺し合いを止めに行ったらどうだ?」


「やだよ。この数をいちいち抑えに行ってたらキリが無いもん。アンタを倒すのが一番手っ取り早いし」


「ははっ、それが出来たらな!!」


 短刀を振るい、斬撃を放つサンディゴ。

 対するボクも、すぐさま斬撃を放つ。

 今までと同じなら互いに相殺して終わりだけど――“押し負ける”。


(今度はパワー負けか……ッ!!)


 止まらぬ斬撃がボクに迫り、身を捻ってギリギリで回避。

 そこに「追撃」の短刀が迫る!!


(いッ!?)


 斬撃ではない。

 短刀を“直接投げて来た”。

 ボクは黒ヘビを床に叩きつけ、その反動で回避を狙うも、避けきれない。


「痛ッ~~!?」


 左頬を短刀が襲い、久方ぶりに「肌が裂ける」痛みを思い出す。

 そのまま客席にドスンッと尻餅をつき、顔を上げた時にはサンディゴの脚が目の前に迫る!!


「遊びは終わりだ!!」


(――うん。ボクも同感)


 そう、これで終わりだ。

 サンディゴの蹴り、その軌道上に左手のナイフを構えた。

 燻る黒煙を立ち昇らせる“地獄の熱”を込めたナイフを、迫るサンディゴの脚に、その脚を保護する脛当てレガースに突き刺す!!


「ぐッ!!」


 蹴りの威力が半端じゃない。

 ボクの身体が呆気なく吹き飛ばされるも、その脚に突き刺さったナイフが戦いを終わらせる。



 “火葬地獄かそうじごく



「ッ!?」


 ボクを蹴り飛ばしたサンディゴが驚愕に目を見開くも、今更遅い。

 既に彼の身体は「地獄の業火」に包まれており、その身を燃やし尽くすまで火葬が終わることは無い。


 これで勝負は決まった――筈だったが……おかしい。

 “悲鳴が聞こえない”。

 炎に包まれたサンディゴの悲鳴が、断末魔が全く聞こえないのだ。


 それどころか、炎に包まれたまま彼は「ははっ」と笑う。


「コレは中々に興味深い“マジックショー”だ。バグ使いはこんな真似も出来るのか」


「嘘ッ、地獄の炎が……効いてないッ!?」

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